1日1000字チャレンジ#7

「かに」
年末である、カニ鍋である。
北海道から取り寄せたカニが冷凍庫にある。ぎりぎりまで仕事を頑張った自分へのご褒美として買った。食料品にここまでお金をかけたのは初めてだった。家庭用というよりも贈答用として販売されていたものだった。
最初は、お歳暮として贈るつもりでカタログを見ていたのだが、見ているうちに自分にも何かあってもいいのではないかと思って量だとか値段だとかよく吟味して購入したのだ。
宅配便で冷凍用と書かれて届いたときには思わず玄関で小躍りしてしまった。
そもそも、カニを食べることがあまりなかった。一人暮らしであればたいていカニカマで十分であったし、殻を捨てるのが面倒というのもあって買わないように、とまでしてきたのだ。
では、いざ、と冷凍庫を開き、すぐに閉じた。
何もなかったのである。
あわてて、再度開くが、数日前までそこに鎮座していたはずの高級な真っ赤の甲羅をつけた甲殻類の御仁の姿が、ない。
「はぁ?」
元から、残ったご飯や改めて切り分けた食材を入れるだけだった冷凍庫の中は整っていて何かに隠れているという事は考えられない。
「っどこ」
奮発して買ったのだ。貯金用にと、給料からやりくりしてためていた分から今回は特別にと自分にいい聞かせて、それでも購入を決めるには何日も要して決めたというのに。
届いた日には、一時間ごとに冷凍庫を開けて夢じゃないことを確認して年末の休みをずっと待っていたというのに。
ぱたん、と虚しい音をたてて冷凍庫の扉を閉めて視界に冷蔵庫自体の色ではない色が目に入ってくる。白と、黒。
よく見れば、そこにはカニイタダキマスと汚い字で書かれている。
つい、先日両親が年末のあいさつと称して会いに来たことを思い出す。その時はまだ仕事納めになっておらず、適当に相槌を打っていた。
やけにあっさり、と帰っていったな。と思っていたのだが、まさか、カニを持っていかれたとは。
急いで、実家に電話すると
「あぁ、だってお歳暮って書いてあったから」
とあっさりと言われてしまった。
とはいえ、実家にはなにも贈っていないし、なんなら準備すらしていなかった。やたらと上機嫌な母と、兄弟たちの喜ぶ声を聴きながら、
「そう、贈ろうと思ってたんだ」と返すので精一杯だった。
電話をきり、また冷凍庫を開ける。そこには昨日入れたばかりの冷凍の白米が規則正しく並んでいるばかりだった。
ぜいたく品を独り占めしようとしたのが悪かったのか。財布を手に取り近くのスーパーを目指して自転車をこぎ始めた。
カニカマを買うために。



////感想////
1000字とにかく何でも書くことを信条に頑張りたいです……

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