1日1000字チャレンジ#21

「鉄火巻き」
太巻きとも違い、真ん中にマグロをいれた巻きである。
それが、目の前に少なくとも10皿以上並ぶという光景はあまり見たことはないだろう。
「なんでこうなったん」
対面に座る人をじっと見つめれば、そこにいる人物は何食わぬ顔で1皿目に手を付けている。
こく、と白い喉が上下して鉄火巻きが胃の中に落ちていった。
「おいしいよ?」
首をかしげてみせて、次の皿に手を伸ばしていく。その動きに迷う調子はなくまた、別のネタを注文する気もないのだろう。
休日の回転寿司のチェーン店は、飯時もあり家族連れで賑わっている。好きなネタを頼んでいるのだろう。あちこちから、子供のきゃらきゃらと喜ぶ声が聞こえている。
それにも関わらずこちらといえば、どちらも無言であり、一人はもくもくと箸を勧めている。
机が皿で埋まっていることもあり、追加して頼むこともできずぼう、と相手を眺めていると先ほどから結構な勢いで鉄火巻きが一つ、また一つと消えていく。
口に入ったと思えば喉がすぐに飲み込む動きを見せている。
「ちゃんと噛んでいるか?」
こく、と頷きだけが返ってくる。
その間も、口はもぐもぐと咀嚼する動きを見せながらまた新しい巻きを口に入れていく。
気が付いたころには机の上に、空になった皿が積まれつつある。
そのはずなのに、机の皿は減って見えない。どういうことだろうかと見ていると、箸を使う手とは別の手を使って注文用のパネルを操作するのが見えた。
追加注文までしてすべて鉄火巻きのみを頼み続けるその執念は何だろう。
単価がそれほど高いものではないにしろこう何皿も積みあがっていくのを眺めていると手元の金額で足りるのかが気になってくるが、そもそも支払いをどちらがするのかについては打ち合わせをしていないため相手が支払う可能性もあるのだが。
ちらり、と相手をみるとだらしがない服装、枝毛まみれの髪を見るに経済力があるような気はしない。箸の使い方もへたくそで、姿勢をかなり猫背にしており皿に口を近づけすぐに鉄火巻きを箸で口に突っ込んでいく。
大丈夫だろうか。
最初は相手の食べようを心配していたのだが、今となっては懐事情が気になってくる。会計の時に冷や汗をかかなくて済むように財布を開き確認しているが、いざとなったらクレジットや電子マネーを使おうときめてゆったりと座りなおした。
「ごちそうさまでした」
と声がしてそちらを見ると相手はすでに立ち上がっており、会計に向かっていた。慌てて後について歩く。
席を離れる前に机を振り返ると、空になった皿の上に醤油でハートマークが書いてあった。
どうやらお気に召したようだと思いながらすでに出口へ向かう後ろ姿に追いつくために急ぎ足で歩いて行った。


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