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「物語の中のことば」暗やみに能面ひっそり

生活と文化の研究誌『報徳』に連載している「物語の中のことば」。
ふだん児童文学にかかわりのない読者層の月刊誌ですが、大人が読んでも子どもが読んでも面白い児童文学を紹介し、ご自身だけでなく、お子さんやお孫さんに手渡してもらえたら……。
そんな願いを込めてお届けします。

2024(令和6)年10月号
「物語の中のことば」

「なにそれーっ。四十五年もやってきて、今やっと楽しいの?」

『暗やみに能面ひっそり』より

 小四の宗太は、母が出張のあいだ、父方の祖父母のもとに預けられます。
 小さい頃に一度会ったきりの祖父は能面師。宗太は、祖父に能面の感想を問われ、「ぶきみな感じもするし、やさしそうでもある。でも怖くないよ。ただのお面でしょ?」と答えます。好
奇心旺盛で負けず嫌いの宗太は、行きがかり上、夜一人で能面の部屋に行くことになるのです。大人の私の方がドキドキする展開です!
 夜、暗やみの中にひっそりと浮かび上がる能面。生成、般若、真蛇……、昼とは違う表情に気づいた宗太は、祖父の仕事に興味を持ち、面打ちの手ほどきを受けます。木を打つ音だけが響
く中、宗太は離婚した両親への気持ちに整理をつけていきます。
 冒頭の言葉は、仕事について聞かれた祖父が「二十代、三十代は手応えがなく、四十代もまだまだ、五十代でやっと自信がついて、六十代でようやく面を打つ何たるかを悟り、今はひたすら楽しい」を受けての宗太の言葉です。

 四十五年やってきて今はひたすら楽しい―― 。なんと重みのある言葉でしょう。私は児童文学を読みながら、あるいは書きながらいつも思うのですが、子どもは経験値や語彙が少ないだ
けで、心の奥底では大人と同じように感じているはずだと。
 この『暗やみに能面ひっそり』は文化芸術の豊潤な世界が描かれます。子どもたちはちゃんとわかるのです。だから読書を通じて様々な世界に触れてほしい。素敵な本に出会うたび、子ど
もたちが本に触れる機会を少しでも増やしてあげたいと、思うのです。

小川雅子(児童文学作家)

【紹介した本】
『暗やみに能面ひっそり』佐藤まどか著(BL出版・2023年刊)

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