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受験成功談 続編



どーもこんにちは。弟です。

テーマに行く前に1つ。

普段生活しており、他人に対して
自分の焦っている姿はこれからの人生において
見せたくないものですよね?

例えば、3年に1度くらいで訪れるこの状況。

初めての病院を予約する時とかに多いですかね?

自分の名前(私ならゆうすけ。)の漢字を
言葉で伝えなければいけない。

皆様も一度は経験があると思います。

ここを誰にでも分かりやすく
スマートに説明出来たらかっこいいですよね?

しかしながら、おおよそ3年に1度くらいしか
起きない事象であるが故に

どうしても毎回
突如訪れるこの状況に
私は「えーっと。えーっと。」と
口ごもってしまいます。
これではスマートさの欠片もありません。

しかし、ゆうすけの漢字の説明が至って困難。

だからこそ、この文章をもって
ゆうすけの説明を皆様のお力添えも借りて確定させようと思っています。

まずは、
私がいつもしてしまう説明で
皆さんに伝わるか、考えてみて下さい。

相手「お名前の漢字を教えていただいてもよろしいでしょうか」

私「えーっと。えーっと。下心のついているゆうに、普通のすけです。」

ナンセンスの塊である。

自分の名前の説明に、下心がある。という表現
はいかがなものなのか。

すけ。に関しては言うに事欠いて
普通のすけです。である。
どれだけ、普通のすけがありふれていると
思っているのだ!と自分を殴りたくなります。

輔、助、亮←ぜーんぶ普通のすけである。

答え皆さん分かりましたかね?
「悠介」でございます。

ただ!!上記の説明で伝わることが結構多いです。
しかし、これでは納得いきません。
スマートさを求めているのです。


友達に聞いても特に良い案は出てきません。

「悠久の悠とかでええんちゃう?」とか言われます。

相手に説明する時の必要事項として
最も忘れてはいけないことを友達は忘れています。

相手が猿であっても
伝わるようにしなくてはならない。ということ

言葉で(ゆうきゅう)のゆうに
なんていってしまった際には。

有にされてしまいかねません。

この案は却下!!!


すけも大して良い案が出ません。

介護のかいという漢字です。とか。。
なーんかピンとこないというか。

もうどうせならスマートな回答がないのなら

スマートさのカケラもないが。
こいつなんか明るいなーと
思わす作戦に切り替えてみる。

こんなのはどうでしょうか?

「ユーモアのゆうに、普通のすけです。」

もー1人で考えていても、埒があきません。

状況は悪くなる一方です。

悠介をスマートに伝える方法が
思いついた方はどうかコメントにて
ご教授頂けると幸いでございます。

ではテーマ「受験」の続編へ


まだ読んでいない人は「受験成功談」を
読んでみて下さい。

中学受験の過程を前回は綴りまして。

まー行きましょう。

皆さんお待ちかね!
結果発表!!!

「不合格」

そりゃそうだよ。
私が小5から受験勉強を始めて
私が身につけたのは、超小学校級のカンニング術のみ
でございます。(試験会場にあんな見張りの人立ってるとか聞いてへんし)

まー読者の皆様も
私のような完璧な人間から「不合格」という
言葉を求めていたのは重々わかっております。
(正月のテレビ番組格付けチェックで、どこかGacktが今回こそ失敗するんじゃない?とワクワク番組を観てしまう心理と同じです)


結果発表の日は母親が既に前日から
予約をしていた焼肉屋に家族で行きました。

幼き2年という青春を受験勉強に
父親からの暴力に耐えながら頑張ってきた
訳ですから

本当に、受験の2.3ヶ月前には
学校を休んで家で勉強しなさい!と言われて
休んでいたこともありました。

結果はどうであれ!
お疲れ様でした。の焼肉!!!
と思っていました。

しかし、
父は私に対して不合格であったことを
真剣に怒っていました。

「あんなに勉強する時間あって落ちたってことは、
本間にお前にR中学は無理ってことやったんやろな!」と

泣きながら焼肉を食べました。

母は受験者数の50%が合格していたことから「ここで50%引けへんとかめっちゃついてへんやん」と泣いていました。
どこまでもパチンコ算を駆使してきます。

医師免許合格率が90%超えていることから
いつ受けても90%の確率で合格することが出来るというおめでたい考え方である。 (死線を潜り抜けてきた猛者達の中だけでの90% という考えはございません。)

で、私は公立の中学に通うのです。

R中学は高校も大学もある学校であったため

志望校にR高校をおき
中学受験の流れのまま進学塾に通い勉強を
はじめることとなる。

流石に両親ともに、高校受験の範囲となると
「こんなこと、俺たち(私たち)の時代には
教えてもらっていない」と言い放ち

子供の前なのだからであろう。
勉学を怠っていたのではなく、こんな学問なかったのだ!のスタンスをとったのである。

私の勉学の監視は無くなっていた。

するとどうだろう!
私の成績はグングンと伸び続けた。
(心のどこがて、親の監視下から離れて今、成績が落ちたら何かヤバい予感がする。と感じていたのかもしれない。)

そうすることで無事、高校受験は
合格することが出来たのである。

今はなき、お爺ちゃんが
誰か知り合いと会う度に孫がR高校に入ったと
嬉しそうに自慢していたという話を聞いた時には

なんか、嬉しかったです。

おわり。


次回の兄へのテーマ
「4月」について書いてもらおう。

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