インボイス制度導入に伴う同人誌委託書店の対応について
この原稿は、2023年会計アドベントカレンダー8日目(#ACC_AC)のために書いたものですが、会計人側の方だけではなく、同人サークル側の方が読むことも想定しています。そのため、会計人側からみるとやや説明が冗長に感じたり、逆に説明を省いていると感じられるところがあるかと思いますがご容赦ください。
https://adventar.org/calendars/9013
1 前提
こんにちは。いきなりですが、みなさんは同人誌を手にされたことがあるでしょうか。ない方でも、「そういうものがある」くらいはご存知ではないかと思います。
同人誌とは、同じ趣味・志を持っている個人またはサークル・団体が、自ら資金を出して作成する同人雑誌の略語です。
※この項では二次創作物の著作権などの話は収拾つかないので対象外です。
※DLSiteなどの電子データダウンロード販売の話は収拾つかないので補遺にまとめました(近日公開)。この項は物体として存在する同人誌の話です。
サークルは原稿を作成し、自分でコピーして冊子にしたり、あるいは印刷会社に依頼して印刷物を作成して同人誌を作成します。
作成した同人誌について(サークル参加者同士で同人誌を交換するのではなく)読み手の手元に渡すには
(1)コミックマーケット、コミティア、COMIC CITYなどの同人誌即売会に参加し、直接対面で頒布(はんぷ)する。
(2)通販する。
の大きく2つの方法があります。
さらに、通販の方法には大きく分けて2種類あります。
(1)自家通販
(2)書店委託
今回のお話はこのうち(2)書店委託 の一部受託会社(書店)において、インボイス制度導入にあたって取扱が明確になっているな〜というお話です。
2 市場規模
といっても、まったく同人誌流通に触れたことのない方には、市場規模などがイメージしにくいと思います。
2022年推計の同人誌市場規模は、矢野経済研究所推計で880億円規模(小売価格ベース)です。
このうち、①即売会②委託販売③ダウンロード販売の3セグメントがありますが、委託販売はおおむね200〜300億円規模で推移しています。
参考:https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/3121
同人誌委託書店業界大手1位の株式会社虎の穴の流通量(小売販売額の合計)は、164億円(2022年6月期)です。
※2023年6月期は通販事業単体の流通量は未公表
「思ったよりあるな」と思われた方も多いのではないでしょうか。小売書店業界5位の文教堂GHDの売上高が154億円(2023年8月期)ですから、同人誌通販市場もそれなりにインパクトがあるわけです(なお、書籍・雑誌合計の推定流通量は1兆1,292億円(2022年))。
3 同人誌通販の種類
同人誌書店通販の話の前に、同人誌の通販方法について少しご説明します。同人誌の通販についても、通常の商取引と同じく
①受注 ②決済 ③発送
の3プロセスがあるわけですが、このうち①〜③をどこまでサークル側が行うか?によって名称が変わってきます。
(1)自家通販
サークルが、直接読み手の住所に発送を行うこと。上記で言うと③をサークルが自ら行うこと。
①〜③のすべてサークルが行うパターン
大昔は「通販希望を募る→通販希望者は希望冊数と定額小為替、切手貼付返信用封筒をサークルの住所に送る→サークルが直接希望者の住所に郵送する」という、受注・決済・発送がサークルー読み手の2者間(正確には郵便局も)で完結する取引が主流だったというかそれ以外にやりようがなかったのですが、この方法は当然問題が多すぎるので今では行っているサークルはいないでしょう。もともとの友人・知人(SNSのフォロワーなども)間で直接住所に送って代金を振込するくらいではないかと思います。
①〜②はプラットフォームサービスを利用するパターン
受注・決済について、サークル側がbooth(ピクシブ)などの通販用プラットフォームサービスを使うパターンです。
1.サークル:プラットフォームに同人誌データを登録(在庫数・価格など)
2.読み手 :フォームから購入申込
3.読み手 :フォームから対価の決済(クレジットカード、コンビニ払など)
※金銭は一旦プラットフォームサービス会社が預り金として受け取る
4.サークル:決済されたことを確認して、読み手に発送する
(発送元・先の住所がわかる発送方法を使う方法と、匿名発送サービスを使う方法の2種類があります。後者は、「あんしんboothパック」などの名称で、プラットフォームサービス会社と配送業者が提携して提供されています)
5.プラットフォームサービス提供会社:預り金からプラットフォームサービス利用手数料を差し引いた金額をサークルに振り込む
という形です。
ここでプラットフォームサービス提供会社がサークルに提供しているのは、あくまでプラットフォーム及び決済代行サービスですので、「サービス手数料」が売上となります。
※(参考)boothのサービス手数料は、(商品価格+送料)×5.6%+22円です。
つまり、
1冊あたり印刷代550円(税込)の同人誌を660円(税込)でboothを利用して自家通販(送付方法はあんしんboothパック(ネコポス)370円)したとすると、
サークル
売上 :660円(税込)
売上原価(印刷代のみ):550円(税込)
販売手数料 :(660+370)×5.6%+22=79円(税込)
となります。ここでサービス手数料の大元になっているのが「印刷代」ではなく「商品価格」なのに気づかず値付けを失敗している初心者サークルさんをよく見かけるので気をつけよう(突然の自我)。
(2)書店委託
書店委託とは、①受注②決済③発送のすべてを書店等の会社に委託する方式です。
外形的には、
・サークルは会社の倉庫へ同人誌を送る
・会社は同人誌の通販申込を受け付ける
・読み手は申込と決済を会社に対して行う
・会社は倉庫から同人誌を発送する
・会社は「手数料を引いた金額を」サークルへ送金する
という形です。
大きく、
①倉庫サービス利用方式(サークルは倉庫利用手数料・発送手数料を会社に払う形)
②委託販売方式(同人誌委託書店を受託販売者、サークルを委託販売者とする委託販売方式)
③買切方式(同人誌委託書店がサークルから商品を仕入れ・販売する方式)
の3種類があります。
(2)-① 倉庫サービス利用方式(boothなど)
boothでは、明確に「発送代行サービス」であることが謳われています。
したがって、事前の内容審査などはありません(これは扱ってはいけない等の規約はあり、それに沿っている旨の同意は必要)。
Step1.サークル :booth(プラットフォーム)に同人誌データを登録(在庫数・価格など)
Step2.サークル :「倉庫サービス」を申し込んだ上で、「商品保管申込書」を記載し、booth倉庫に発送
Step3.買い手 :フォームから購入申込
Step4.買い手 :フォームから対価の決済(クレジットカード、コンビニ払など)
Step5.booth倉庫:決済されたことを確認して、読み手に発送する
Step6.booth倉庫:預り金からプラットフォームサービス利用手数料を差し引いた金額をサークルに振り込む
在庫に関しては下記の取り扱いとなっています。
・預かり期間は最終出荷日の月末締めから6ヶ月間
・預かり期間を過ぎた商品は、オーナー情報に登録されている住所へ着払い返送
・1ヶ月の販売率が一定額を下回る場合、保管手数料1,000円(税込)/月
※参考までにboothのサービス手数料は、(商品価格+送料)×5.6%+22円の手数料+26円の倉庫サービス使用手数料です。
(2)ー②、③ 委託販売方式/買切方式
最大手の株式会社虎の穴の約款を見てみます。
2023年9月までの株式会社虎の穴の個人通販事業の約款は下記の通りです。
(a)委託販売
サークルは虎の穴に同人誌の販売を委託する。
在庫リスクを持つ側 サークル
掛け率:30% (販売額(税抜)×(1−30%)=卸値(税抜))
専売の場合6ヶ月、併売(の場合3ヶ月が経過すると、虎の穴側が一方的に通知した上で返本等が可能となります。
※実際にはこの期間より長くおいてもらえることもありますが、委託者(サークル)側が委託の延長を申し出ることはできません。
(b)買切取引
サークルは虎の穴へ同人誌を販売する。虎の穴は仕入れた同人誌を販売する。
在庫リスクを持つ側 虎の穴
掛け率:40% (販売額(税抜)×(1−40%)=卸値(税抜))
※在庫リスクを持つとは、(すごくラフにいうと)在庫の保管コストや、売れなかった場合の価値の低下をひきうけることです。サークル側が持つ場合は、売れなかった場合の在庫ぶんの原価(印刷代)はそのままサークルの損になりますし、虎の穴が持つ場合は、売れなかったぶんの在庫の原価(仕入代)は虎の穴の損になります。
虎の穴の掛け率は基本、卸値(税抜)に対して委託30%、買切40%です。
(発行した同人誌がキャンペーン対象になると2%程度下がります。あと、担当さんがつくような超大手サークルさんや、法人間だと掛け率が下がることがあるらしいですが、その場合の掛け率は非公開)
納品の手順は委託・買切ともに同じです。
Step1 サークル:【発注交渉】
・新刊登録を行う。(審査用サンプル、成人向けか否か等の内容に関することに加え、委託・買切、併売・専売等の取引条件も含む)
・卸値(委託の場合、2023年10月から「支払単価」)を入力する。
掛け率により自動的に虎の穴での販売価格が決定する。
・納品希望数をとらのあなに通知する。(a)
Step2 とらのあな:【発注交渉&審査】
・内容審査を行う。規約に定める委託禁止作品に反していないか等です。
・審査通過後、納品希望数をサークルに通知する。(b=基本的にaと同じ数※余談参考)
Step3 サークル:【納品確定・納品日通知】
・とらのあなからの納品希望数に問題なければOK連絡をする。問題あるときは交渉する。
・納品日を通知する。
Step4 とらのあな:【発注取引確定】
・納品数・卸値・販売価格・納品日を記載した発注取引確定通知を発行する。
・同人誌の通信販売ページを作成し、公開する。予約受付可設定の場合は、予約受付を開始する。
(入庫までに予約を受け付ける場合は、万一検品時に不適なものがあった場合にそなえて、納入予定数×90%程度の冊数が予約可能数となっている)
Step5 サークル: 【納品】
・納品日までに同人誌をとらのあな倉庫へ発送する。
Step6 とらのあな:【検品・入庫処理】
・発送された同人誌を検品・袋詰めし、倉庫に入庫した後在庫数に反映する。
通販の手順は下記の通りです。
買い手 :通信販売ページから発注し、決済する。
とらのあな:決済確認後、倉庫から商品を発送する。
とらのあな:発送後、サークルに支払いを行う(月締め翌月末払)。
(委託の場合)卸値(税込)×当月販売数(発送数)
(買切の場合)卸値(税込)×当月納品数
余談
1 納品数について
登録→予約即完売、の状況が続く、ジャンルが沸騰している、過去の販売実績に比較して少ないなどの場合、こちらの納品希望数を超えてとらのあな側から「もっと納品数を増やしませんか?」というオファーが来ることがありますが、納品数を増やすか増やさないかの決定権はサークル側です。
2 委託販売の場合:
数ヶ月経過した在庫にたいして、虎の穴側から「値引きしませんか?」というオファーがサークル側に来ることがありますが、値引きするかどうかの決定権はサークル側にあります。
3 買切販売の場合:
虎の穴側が自由に値引きを行うことができます。「知らんうちに虎に値引きされてました〜よろしく〜」というサークルさんは、(それがほんとであれば)買切なわけですね。
4 通販取扱会社(booth,虎の穴)の会計処理及び消費税申告処理
1 自家通販の場合
boothを利用した場合で考えます。
1冊あたり印刷代550円(税込)の同人誌を660円(税込)で自家通販(送付方法はあんしんboothパック370円)し、100部販売したとします。
(1)会計処理
サークル
売上:660円(税込)×100=66,000円
仕入:550円(税込)×100=55,000円
販売手数料:((660+370)×5.6%+22)×100=7,968円(税込)
差引:3,032円
サービス提供会社
サービス手数料収入 7,968円(税込)
仕入 0円
(当然プラットフォーム運営費用や広告宣伝費、運送事業者との取引などが発生していますが、会社-サークル取引に限定するので無視します)
(2)消費税処理
サービス提供会社
サービス手数料収入が課税売上となります。
課税売上 7,968円×100/110=7,244円
↑にかかる消費税 7,244×10% =724円
課税仕入 なし
↑にかかる消費税 なし
(この場合の取引のみに限って、他の条件を全部無視すると)納税額が724円となります。
この納税額は、インボイス制度導入後であっても、サークル側が免税事業者かどうかによって変わりません。取引の整理上「サークル側からの商品仕入」はなく、サービス手数料を受け取っているだけだからです。
2 書店委託の場合
2−1 倉庫サービス利用方式(booth)
1冊あたり印刷代550円(税込)の同人誌を660円(税込)でbooth倉庫を利用して通販(送付方法はあんしんboothパック370円)し、100部販売したとします。
(1)会計処理
サークル
売上:660円(税込)×100=66,000円
仕入:550円(税込)×100=55,000円
販売手数料:((660+370)×5.6%+22+26)×100=10,568円(税込)
差引:116円
サービス提供会社
サービス手数料収入 10,568円(税込)
仕入 0円
(当然プラットフォーム運営費用や広告宣伝費、運送事業者との取引などが発生していますが、会社-サークル取引に限定するので無視します)
(2)消費税処理
サービス提供会社
サービス手数料収入が課税売上となります。
課税標準 10,568円×100/110=9,607円
↑にかかる消費税 9,607×10% =967円
課税仕入 なし
↑にかかる消費税 なし
(この場合の取引のみに限って、他の条件を全部無視すると)納税額が967円となります。実際には物流会社からの仕入などもあり、納税額はもっと少なくなります。
こちらについても、インボイス制度導入後であっても、サークル側が免税事業者かどうかによって納税額は変わりません。取引の整理上「サークル側からの商品仕入」はなく、サービス手数料を受け取っているだけだからです。
2−2 買切方式(虎の穴を想定)
印刷費を卸値とすることにします。
印刷費=卸値=550円(税込)とします。
在庫リスクを虎の穴が負う取引です。掛け率は税抜で計算されます。
とらのあなへの卸値(税抜)500円の場合、
とらのあな上での販売額(税抜)500/(1-40%)=833円
とらのあな上での販売額(税込)833円+83円=916円 ※消費税率10%
1ヶ月に200冊納品し、そのうち当月販売数が100冊だとします。
(1)会計処理
サークル
売上 550×200=110,000円(税込)
卸値 550×200=110,000円(税込)
差引 0円
虎の穴
売上 916×100=91,600円(税込)
仕入 550×100=55,000円(税込)
在庫 550×(200-100)=55,000円(税込)
です。
(2)消費税処理
①2023年9月まで
サークルが「免税事業者」か「適格請求書発行事業者(インボイス発行事業者)」かによって変わりません。(他の条件は全部無視したとします)
課税標準額 91,600×100/110=83,273円
↑にかかる消費税額 83,273円×10%=8,327円
課税仕入高 55,000円
↑にかかる消費税額 55,000円×10/110=5,000円 ← 「仕入税額控除」
差引 8,327円-5,000円=3,327円
他の費用などを全部無視すると、この取引に限ると納付額は3,327円です。
(もちろんプラットフォーム運営手数料・物流会社との費用があり実際にはもっと少なくなります)
②2023年10月以降
サークルが「免税事業者」か「適格請求書発行事業者(インボイス発行事業者)」かによって変わります。(他の条件は全部無視)
仕入側(今回は、虎の穴側)がインボイスを入手できるかどうかによって、「申告の時に差引できる消費税の額(仕入税額控除)」が変わるからです。
サークルが適格請求書発行事業者で、虎の穴がインボイスを入手できる場合
課税標準額 91,600×100/110=83,273円
↑にかかる消費税額 83,273円×10%=8,327円
課税仕入高 55,000円
↑にかかる消費税額 55,000円×10/110=5,000円
↑に係る消費税のうち差引できる額 5,000円(仕入税額控除)
差引 8,327円-5,000円=3,327円
9月までと虎の穴の納税額は変わりません。
サークルが免税事業者で、インボイスが入手できない場合
課税標準額 91,600×100/110=83,273円
↑にかかる消費税額 83,273円×10%=8,327円
課税仕入高 55,000円
↑にかかる消費税額 55,000円×10/110=5,000円
↑に係る消費税のうち差引できる額 下記の通り(仕入税額控除)
①2023年10月〜2026年9月 5,000円×80%=4,000円
②2026年10月〜2029年9月 5,000円×50%=2,500円
③それ以降 0円
差引(≒虎の穴の納税額)
①2023年10月〜2026年9月 8,327-4,000=4,327円
②2026年10月〜2029年9月 8,327-2,500=5,827円
③それ以降 8,327-0 =8,327円
(2023年9月時点と比べて、3,327円→4,327円→5,827円→8,327円と虎の穴の納税額が大きくなっていきます)
買切販売でサークル側がインボイス発行事業者でない場合、9月までと虎の穴側の納税額が変わります(虎の穴の負担が増えます)。期間によって差があるのは、インボイス制度導入に伴い経過措置(大きな制度変更の際に少しずつ調整を入れること)があるためです。
2−3 委託販売方式
印刷費を卸値(支払単価)とすることにします。
印刷費=卸値=550円(税込)とします。
在庫リスクをサークルが負う取引です。掛け率は税抜で計算されます。
とらのあなへの卸値(税抜)500円の場合、
とらのあな上での販売額(税抜)500/(1-30%)=714円
とらのあな上での販売額(税込)714円+71円=785円 ※消費税率10%
1ヶ月に200冊納品し、そのうち当月販売数が100冊だとします。
(1)会計処理
サークル(委託社側)
売上 550×100=55,000円(税込)
卸値 550×100=55,000円(税込)
差引 0円
虎の穴側(受託者側)
総額法か純額法かによって異なります。
総額法:
売上 785×100=78,500円
仕入 550×100=55,000円
差引 23,500円
純額法:
売上 (785-550)×100=23,500円
仕入 0円
差引 23,500円
総額法か純額法かはどのように決まるのでしょうか。
①「収益認識基準」適用前
総額法か純額法に関して明確な基準はありませんでした。
②「収益認識基準」適用後【2021年4月から開始する決算期から】
大きく言って、
本人取引ならば 総額法
代理人取引ならば 純額法 です。
本人取引と代理人取引については、①購入者の申込に対して同人誌の提供を行う責任をもつのはどちらか②在庫リスクをもつのはどちらか③価格の決定において裁量権を有しているのはどちらか(価格の設定や値引きの設定)などから総合的に判断します。
では、虎の穴では、委託販売については総額法と純額法のどちらが適用されているのでしょうか。虎の穴側から公表はされていませんが、規約や実際の取引を考えると、
1.在庫リスクはサークル側がもつ。
2.価格決定権や値引きの設定はサークル側にある。
3.購入確定は「納品処理」後に行われる。
ため、委託販売の場合虎の穴は代理人にあたり、純額法が適当なように見えます。
虎の穴の財務諸表は公開されていませんが、プレスリリース等によると、
①2022年6月期のプレスリリース
通信販売事業 : 流通総額 164億円と表示されています。
②2022年6月期上半期のプレスリリース
通信販売事業 : 売上高 187億円(見込)と表示されています。
https://www.toranoana.jp/company/ir202206.html
ここから、
2021年6月期(収益認識基準適用前)までは財務諸表上買切・委託ともに総額法
財務諸表上の売上高=総額販売高 140億円
2022年6月期(収益認識基準適用後)以降は財務諸表上の取扱混在
財務諸表上の売上高
=①買切分の総額販売高+②委託分の純額販売高(委託手数料)
→過年度比較が困難なため、「流通総額」として表示している
のではないか?と推測もできます。(実際はどうかはわかりません)
(2)消費税処理
純額法が原則、総額法が例外とされています(消基通10-1-12)
①2023年9月まで
(純額法)委託手数料分のみ
課税標準額 23,500×100/110=21,363円
↑にかかる消費税額 21,363円×10%=2,136円
課税仕入高 0円
↑にかかる消費税額 0円
差引 2,136円-0円=2,136円
(総額法)販売額から仕入額を差引
課税標準額 78,500×100/110=71,363円
↑にかかる消費税額 71,363円×10%=7,136円
課税仕入高 55,000円
↑にかかる消費税額 55,000×10/110=5,000円
差引 7,136円-5,000円=2,136円
他の条件を全部無視すると、虎の穴が納める消費税の納税額に差はありません。
②2023年10月から
繰り返すと、サークル側が免税事業者の場合、2023年10月以降は、インボイスを入手することができません。
そのため、総額法の場合、課税仕入に係るインボイスが入手できません。
処理によって消費税額の納税額が異なることになるのでしょうか?
それに対しては総額法(例外処理)の場合も純額法(原則処理)と同じ取扱になるよう、総額法の場合でもインボイスの保存は不要の旨のFAQが発出されています。
そのため、委託販売取引の場合、2023年9月までと同様、委託者が免税事業者か適格請求書発行事業者かは消費税の納税額には影響しません。
つまり、
(総額法)販売額から仕入額を差引
課税標準額 78,500×100/110=71,363円
↑にかかる消費税額 71,363円×10%=7,136円
課税仕入高 55,000円
↑にかかる消費税額 55,000×10/110=5,000円←ここインボイス不要
差引 7,136円-5,000円=2,136円
となり、2023年9月までと同じく、サークル側がインボイス発行事業者であってもそうでなくても消費税の納税額は変わりません。
③通販形態によるインボイス前後導入前後の処理の変更まとめ
まとめると下記の通りです。
インボイス制度導入前後を比較して、書店側の消費税納付額は、
(a)倉庫利用サービス(booth等)の場合
2023年9月までと変わらない(サークル側がインボイス発行事業者であってもなくても同じ)
(b)買切(虎の穴等)の場合
2023年10月以降はサークルがインボイス発行事業者かそうでないかで書店(虎の穴)側の消費税納付額が変わる
(サークルがインボイス発行事業者でない場合、書店側の負担が増える)
(c)委託(虎の穴等)の場合
2023年9月までと変わらない(サークル側がインボイス発行事業者であってもなくても同じ)
(販売額比はともかく)サークル数比率でいえば、大半のサークルはインボイス発行事業者ではありません。
法人化されている大手さん、すでに個人事業者で登録されているアニメーターさんなどはともかくそれ以外の無数の個人サークルが、同人誌通販のためだけに適格請求書発行事業者の登録を行うとは考えにくいです。
委託販売の場合は良いけれど、買切の場合はどうなるんでしょう?
5 虎の穴からサークルへの通知(2023.10-11)
と考えていると、10〜11月に、サークル側にとらのあなから2本の通知が来ました。
なるほど????
ついでに約款も改訂されています。
6 虎の穴における10月1日付約款及び書類等用語変更理由の推測
まとめると、虎の穴の方針としては、
①買切 適格事業者(インボイス発行事業者)番号登録は任意。
②委託 適格事業者(インボイス発行事業者)番号登録は不要。
・掛け率変更はなし。
・サークルへの送金額連絡方法の名称が変更になる。
ということになっています。
①買切の場合
買切の場合のインボイス事業者登録は「任意」ですから、仮に免税事業者から買切による仕入が発生した場合、仕入税額控除ができない部分はとらのあな側が全額負担するという扱いになるでしょう。(前項をご参照ください)
買切の利用は流通量が少ないか、あるいは利用は既に課税事業者である方中心なため大勢に影響はないと判断したのかもしれません。ただ、これは現在経過措置が適用されていることによるもので、今後は徐々に登録が必須となるか、「登録した場合には掛け率を割引」などの方針になる可能性も否定できません(この段落の記述は全て筆者による推測です)。
②委託の場合
先ほど記載のとおり、委託販売において、委託者のインボイス番号の有無は受託者(書店側)の消費税納税額に影響しません。そのため、「インボイス番号は不要」とのアナウンスを改めて行ったものと思われます。
ただし、倉庫保存期間を経過した在庫について、サークル側には「10円買取」という選択肢があります。つまり、「保存期間経過後の在庫を虎の穴に単価10円で販売する」という取引です。この場合は、サークルが適格請求書発行事業者か免税事業者かによって虎の穴側の仕入税額控除の金額が変わってきますが、単価10円ということもあり、それによる影響額よりもサークル側の利便をとったということでしょう。
③約款及び仕切計算書上の用語の変更
会計上及び消費税法上の処理は2023年10月前後で変更はありませんが、委託販売であることをより明確にするために行われたのではないでしょうか。
2023年9月までは、委託販売の場合も買切の場合と同じく、サークルは「卸値」を登録、「売上連絡状」によって通知、などの用語を用いており、外形上通常の仕入ー売上取引と誤認される可能性があります。
この誤認を避けるため、委託販売に係る用語の整理を行ったのではないでしょうか。具体的には、
「卸値」 →支払単価の名称に変更
「売上連絡状」→仕切精算書・支払通知書の名称に変更
です。
④もしも委託販売分も買切と同様の扱いとされたら
仮に委託販売分について消費税法の取扱が買切販売と同様な扱いとなり、かつ、仕入はすべて免税事業者から行われたとすると、どのような金額的影響があるでしょうか
(絶対この割合より委託販売の割合が多そうですが・・・)仮に委託販売総額:買切販売総額=70:30とすると、委託販売額は年間110億円程度、仕入高80億円ですから、消費税申告上委託販売分を仕入ー売上取引と認定されれば80億円×10%=8億円(経過措置中は1.6億円〜4億円)について仕入税額控除を適用できず、虎の穴側が負担することになります。
7 その他の同人誌委託書店等の動向
(1)メロンブックス/フロマージュ(株式会社メロンブックス)
虎の穴と並ぶ2大大手委託書店通販です。
委託販売がインボイス対象外である(インボイス対象外である?という用語は・・・と思いますがまあ言わんとすることはわかる)というアナウンスがされています。こちらは虎の穴と同じ整理かと思います。
一方で虎の穴と違い、メロンブックスでは2023年10月以降は買切取引を廃止することで、委託販売に統一し、インボイス取引登録を一律行わない対応としています。
虎の穴と同様、10月以降仕切通知書の用語を整理しています。https://www.melonbooks.co.jp/tags/index.php?tag=メロンブックスにおけるインボイス制度について
(2) アリスブックス(海外発送ができる)
免税事業者の場合はインボイス制度のため販売手数料が上がる旨のアナウンスがあります。
一方で規約を見ると買切ではなく委託販売なのですが、どういう整理にしているのでしょうか・・・若干気になります。
(3)booth(株式会社ピクシブ)
(プラットフォーム提供・倉庫利用委託サービスという扱いということもあり)特段インボイス制度による変更はない旨アナウンスされています。
おわり
インボイス制度は、個人事業者との取引がある市場において影響が大きいのですが、年間流通200-300億円と一定の規模がある同人誌通販市場においての取り扱いについてまとめて明確にかかれたものがまだあまりないなと思って書きました。
興味のない方にはまったく興味のないトピックかと思いますが、外形上同じように見える取引について各社で対応が分かれているのも興味深いものです。個人的にですが大手二社の経理の方はお疲れ様でした。
さらに追記
なんとなく察しているかたもおられると思いますが、筆者は同人誌の作成〜印刷〜通販までそれなりのノウハウを持っていますので、会計系の原稿をお持ちで紙の同人誌作ってみたいな〜という方はご相談ください。詳細ご説明します!
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