影法師3

山田は岡崎宅を後にするとそのまま会社に行き、上司に相談した。しかし会社にできることはないとにべもなく言われ、余計なことは考えるなと釘をさされた。
警察に一応電話したが、確認しますとだけ返答されただけでどうなったか分からなかった。翌日、警察からも由美からも何も連絡が無ければ仕事終わりに岡崎宅に寄ることにした。勤務中、一日中ソワソワしていると上司から呼び出された。
課長だけでなく部長もいてただ事ではないことが感じられた。山田は促されるままに席につくと部長が口を開いた。
「君に伝えることが2つある。一つは余計なことをするなということだ。君は夫婦喧嘩を虐待とまで言って警察に連絡したようじゃないか。客の家では仕事以外のことはしないでほしいね。」
「部長!しかし!あれは」
「山田!部長がお話し中だぞ!黙って最後まで聞け!」
山田はグッと部課長をにらみつけることしか出来なかった。部長は咳払いをすると続けた。
「しかし、いつも仕事で多大な成果を出す山田くんを評価しているのだよ。」
「へ??」 
「君には企画部のリーダーとして推薦したい。」
「企画部…ですか?」
企画部に山田ほどの歳のものがリーダーてして異動とは異例の好待遇だった。山田も念願の部署だった。しかし、これでは、まるで……
「岡崎さんに何かあったのですか?口封じですか??」
「山田君、二度は言わん。その話は終わりだ。そして企画部に行かないならクビだ。よく考えたまえ。」
部長はそれだけいうと話は終わりとばかりに部屋を出ていった。その後は課長から、お前が余計なことをして私まで部長から絞られた。しかし、企画部に行けるんだからお前は推薦してくださった部長に感謝しろという内容をネチネチと説教された。そしてこの場で異動の返事を求められた山田は迷った挙げ句受け入れることにした。

異動まで間もなかったことと異動を受け入れるかわりに会社側の要求を飲むことになった山田はそれから岡崎由美について考えることは出来きなくなった。

回想のあと山田はポツリと呟いた。
「なんで忘れていたんだろう……。」
由美の旦那の男は叫んだ。
「お前がクズだからだ!!」
確かに俺がこの男に言うことはないのかもしれない…。山田は俯いた。
しかしそれを見た花野は机を叩くと激高した。
「クズは父さんじゃないの!!」
「何を言うんだ?!」
「私はお母さんの日記を今朝見つけたの!あんたがしてきたひどい仕打ちが書いてあったわ。私はあんたが言っていたこととかあんたの機嫌をとるために母さんが書いた手紙を信じて、山田さんに復讐しようと思ったのよ!でも実際は全然違ったじゃない!」
「夫婦のことに子供のお前が口を出すな!」
岡崎が花野を殴ろうとしたその瞬間、山田は割って間に入った。
「岡崎さん……あんた見事に俺を殴りましたね。警察が見たらどっちが黒か白かすぐ分かると思いますがね。」くそうと叫びながらも分が悪いと思ったのか岡崎はうちを飛び出していった。
「山田さん!大丈夫ですか??」
「大丈夫。鼻血だから。それより、君のお母さんは今以上に痛くて辛かったのだろうね…。」
そういうと、花野は泣き出した。
山田は天井を仰ぎ見て由美を思い浮かべ、目を閉じた。暫くして花野は山田にこれまでの経緯をすべて話した。
「本当にすみませんでした。山田にとんでもないことをしてしまったし、あと一歩で殺してしまったかもしれませんでした…。」
「でも、さっき君がお父さんに殴られていたのは止めたからだろう。そのお陰で僕はまだ生きている。」
それに、と山田も思い出した由美にしてしまったことを話した。
「君のお母さんを見捨てたのは僕だ。僕があのときちゃんと保護できていれば死ななくて済んだんだ。僕は人殺しだよ。」
「それは違います!これを見てください。」
花野の手には古ぼけたノートがあった。パラパラと捲ると、楽しかったこと娘のことなどが綴ってあった。
そして途中で山田についても記されていた。

セールスマンってバレバレだけどとても真摯に話を聞いてくれる。嬉しい。
父も母も死んでしまって、旦那も昔みたいに優しくしてくれないし友達とも合えなくて苦しかったけど山田さんみたいにいいひともいたのね。
彼を見ると私も頑張らないとと思える。 

「母は救われてました。本当にありがとうございました。」
花野の言葉を素直に受け入れられなかったが、山田は由美が地獄にいたが微かに自分が光になれていたことに救いを感じた。
「いくつか聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「何でもお答えします。」
「僕を脅すために僕そっくりの男にしようとしたのは何故なの?」
「父のアイデアです。山田さんの写真を見せたところ、自分に背格好がよく似ていたからドッペルゲンガーのようにすることで脅して精神的に参らせようとしていました。あとは、母が精神病でもう一人の自分がついてくると言っていたので、多分母と同じ思いをさせたかったのかなと……。」
「なるほどね……。よく、僕を助けてくれたけど、そのさっきのノートはいつ見つけたの」
「今朝でした。急いで父を問い詰めたら開き直られて殴られました。」
「そうだったのか……。」
「でも、日記を見て母の本当の気持ちがわかりました。」
「それは、本当によかったよ。」
「でも、良くなんかありません。私も父も自首します。本当にすみませんでした。」
花野は深々と頭を下げた。
それを見た山田は慌てた。
「いやいや自首なんていいよ。そもそも脅されてただけで、実害は君の父に殴られただけなんだし。」
「だから、それがもう十分犯罪なんですよ!」
「いや、君の父親はともかく、君は被害者だよ。自首なんてしなくていい。大体警察に言っても証拠不十分で帰されちゃうよ。」
「でも……。」
「君はこれから好きなように生きてけばいいのさ。ところで、君はなんで由美さんの旧姓にしたの?」
「それは、母が大好きだったので母の生きた証を残したくて……。」
「なるほどね。お母さんそっくりに優しい人間になったわけだね。」
花野はその言葉を聞くと頬を少し赤くした。

数日後、花野に誘われて山田は由美の墓参りに言った。桜の木に囲まれた小さな丘に墓はあり、穏やかな彼女が眠るには相応しい場所に思えた。
「母さん、山田さんを連れてきたよ。」
花野が挨拶を終えると、山田は促されるままに、深く黙祷した。

風が吹き、桜の花が山田の肩に一枚落ちた。

#ジャンププラス原作大賞
#連載部門

いいなと思ったら応援しよう!