影法師2

翌日
会社に行き、いつも通りデスクにつくと上司が寄ってきた。
「山田くん、昨日はお疲れ様だったね。」
「いえ、花野さんも尽力してくれましたし。」
「いや、あの子は優秀だからね。ところで、花野さんは今日体調を崩してしまったようで休みのようだ。」
「昨日は大仕事でしたからね。」
最近は不気味な男の出現で大変だったしな、と内心でぼやいていると上司は身を乗り出して更に続けた。
「体調大丈夫か連絡してあげたらいいじゃないか?」
「いや、体調悪いときには悪手では?」
「何言ってるんだね。責めの姿勢が大事だろ。それに、花野さんは君に懐いてきたし君も最近人当たりが良くなってきたし」
ニヤニヤしている上司を見るに何か勘違いをしているようだった。
確かに、上司は山田が営業マン時代に、何をしてでも売上をあげろと迫ってきた先輩でもあるのだから、その発想は当たり前かと山田は思った。
「分かりました。後でメール出してみます。」
そういうと、上司はニヤニヤしながら去っていった。花野からは暫くしてから、風邪薬を買って持ってきて欲しいとの旨が返ってきた。

若い女性の家になんてもう何年も行っていない山田は途方に暮れた。上司に相談するとまたニヤニヤとされ、
「今日はもう大して仕事もないんじゃないか?時間休を取って花野さんの所に行ってあげなよ。」
「いや、しかし……」
「いいからいいから。後輩の面倒を見るのも大事な仕事だぞ。」
取り付く島もなく、山田は早退して花野の元に向かうことにした。

ドラッグストアで風邪薬や経口補水液を購入し、地図アプリを頼りに花野宅に着いたのはそれから二時間後のことだった。
山田はチャイムに手を伸ばしたが暫く考えて、手をおろした。
(自分なんかが来たってきっと嫌がるだけだろうし、袋はドアノブにかけて帰るか…)
どうにもチャイムを鳴らす勇気の出なかった山田は、メールを書き始めた。
と、その時
ドンっと鈍い何かを殴るような音とかすかな呻き声が聞こえた。

逡巡する間もなく、ドアノブを持つと後か不幸か鍵はかかってなかった。
もどかしく靴を脱ぎ捨てると山田は叫んだ。
「花野さん、どうしたんだ!」

リビングには頬を抑え、鼻血を垂らしてしゃがみ込む花野と山田そっくりのつき纏っていた男がいた。

「なんてことを!!!」
かっとして男に詰め寄ろうとすると花野は叫んだ。
「山田さん、やめてくだい!!」

山田は驚きながら男の顔をよく見ると、髪型や背格好は自分にそっくりだが顔は自分とは全然違うことに気がついた。

「あの男じゃない……??」
思わず呟くと、男はニヤリと微笑んだ。


漂った沈黙を破ったのは男だった。
「お久しぶりです、山田さん。僕を覚えていませんか?」
「……。」
山田は心当たりなどなかった。
「あーあ、質問には黙秘で返さないでくださいよ。でも、つき纏っていたのは僕です。そして僕はもっと前にあなたに会ったことがある。」
「いつ…?いや、そもそもなぜお前が花野さんの家にいるんだ?」
「うわあ、覚えてないどころか被害者をお前呼ばわりかよ。やっぱ言ったろ。こいつは反省なんかしてなかったんだって。」
男は花野に向き合い、そういった。
「花野さん、その男は知り合いなのか…?」
「……。」
花野は俯いてなにも言わない。
かわりに男が舌打しながら口を開いた。

「この子は僕の娘だ。そして、僕は岡崎。花野は死別した妻の名字だ。」

「あ……。」
山田は脳みそにチリチリと火花が散ったような感覚がした。
営業マン時代に犯した不始末の内容。思い出せなかった客の顔と名前。花野をどこかで見た気がした既視感の正体。
「由美さんはうちの顧客だった……。」
額に血管を浮かべた岡崎は唾を飛ばしながら怒鳴った。
「由美はお前に唆されていたんだ。お前のせいで死んだんだ!!」

新人営業マン時代、山田は本当に売上がなかった。
それは、営業トークスキルもなかったせいでもあるが、客の利益を第一に考えた山田は他の先輩と違ってしつこくセールスに行かなかったせいでもあった。

しかし、売上をあげないと後が無い山田は手段など選んでいられなかった。
周りの営業方法は実に様々でボケた老人に買わせるてもあれば半ば脅しで買わせる先輩もいた。
山田はまわりの先輩を見て、ボケた老人に買ってもらう策を真似することにした。

とりあえず担当エリアの中で老人が多く住む区域を回り、とあるアパートのチャイムを鳴らした。
はーい、と出てきたのは意外にもうら若ききれいな女性だった。
「あの、すみません…実は私はこういう者でして……。」

いきなり営業をかけると警戒される。この区で住民の健康相談を行政から委託されているとでっちあげを言い、アンケートをしたいから家に少し上げてもらってもいいかと息継ぎなく行った。
彼女は純粋なのか怪しむ素振もせずにうちに上げて、お茶まで出した。

山田は家族構成、趣味、悩みなど色々聞き出した。仕事のはずが、彼女の人となりか、気楽に進められた。
「私、子供が最近小学生になってすごく時間を持て余していたんです。だから、山田さんに色々話を聞いてもらえて嬉しいわ。」
「そう言って頂けて嬉しいです。」
「でも、ごめんなさいね。ついつい引き止めてしまってもうこんな時間。」
話し始めて2時間が経っていた。
山田は、流石にそろそろ帰るかと腰をあげ、また来訪してもいいか聞いた。
彼女は快諾し、見送られながら山田は帰路についた。

それから、後日、先日の会話のから売れそうなサプリを用意して訪問した。
彼女は嬉しそうに迎え入れるとまたもや山田の話を熱心に聞きながらサプリを買うと即答した。
「うちは定期購入なんで、途中で解約できませんが大丈夫ですか?」
「はい。それほど高くないし、健康にも良さそうだし、買いますよ。」
彼女はニコニコ微笑みながら初回の購入料を渡してきた。
「ご購入有難うございます。お子さんもまだ小さいと聞きましたから体力つけないといけませんもんね。ぜひ活用して頂ければと思います。」
山田は内心、馬鹿で楽な女だと思いながら丁寧に挨拶すると次の訪問場所へ向かった。

季節は代わり、新商品が出たのでまた売りつけようと例の家へ向かった。
この頃には山田も安定して売上を出せるようになってきたがあともう人押し欲しい所だった。
どう丸め込むか画策していると前方から怒鳴り声が聞こえた。続いて女の泣きながら謝る声が聞こえた。

近付くとそれは来訪予定の家だった。
前方からは怒鳴ったであろう男が肩を怒らせてこちらやってきた。
ちらっと見た顔が以前来訪時に飾ってあった写真と同じことから夫であろうと推測した。
山田は男が曲がり角を曲がるまでぼんやりと考えた。結論は今行ったら面倒くさそうだしなと踵を返し始めると、後ろから呼びかける声が聞こえた。
「山田さん!!!」
振り向くと頬にあざがあり、乱れた髪の由美がいた。
「岡崎さん……。頬、大丈夫ですか?」
言われたからハッと気づいたように手で抑えた。
「さっきの、聞こえましたか?」
「はい…でも岡崎さんのお宅とは思いませんでした。」
「すみませんね、お見苦しいところを…。もし良ければ、またサプリを買いたいので寄っていって下さいませんか?」
本当は今すぐ帰りたかったがここで帰ると太客を手放すことになりそうで着いていった。

「お邪魔します。」
山田は岡崎宅に入ると一瞬でいつもと違うことに気がついた。
いつもは隅々まで掃除が行き届いていたが今は部屋は薄暗く埃が溜り、散らかっていた。

「ごめんなさいね、ちょっと散らかっていますが」
山田はちょっとじゃないだろうと思いながら口を開いた。
「岡崎さん、一体何があったのですか?」
岡崎は口元は微笑みながら静かに涙を流し、語り始めた。
昔から心配性だったこと。夫は全力で愛してくれたが過保護で一人では外出を制限してきたこと。最近、精神科に通い薬を貰ったことなど。

「私が悪いんです。私がいけなくて、さっきも叱られてしまいました。」
「岡崎さん、あれは虐待ですよ。」
山田は流石にほっとけないと警察に連絡しようとしたが、由美は静かに制した。
「大丈夫ですから。私は山田さんがうちに来て話をしてくれることに救われてきました。心配性がたたって、体調も崩してしまい、精神科にも半ば強制で連れて行かれたんです。傍から見たらなんで私は夫に抵抗しないんだろうって思うでしょうが、彼がいないと私は生きてけないし、彼もそうなんです。」
「いや、それは旦那がおかしい!!!うちを出ましょう!!僕が何か手伝ってもいい!」
山田は思わず叫んだ。
仕事で否定され続けてきた山田を初めて認めてくれたのは由美だった。みすみす旦那の虐待されているのを見過ごすわけには行かなかった。
しかし、由美は小さく首をふると、立ち上がり茶封筒を持って戻ってきた。

「山田さん、ここには今100万あります。健康食品をありったけ買わせてください。無い分は後で送ってください。」
「な、何を言うんですか??そんなに、買ってどうするんですか?」
「どうだっていいでしょう、あなたは私に売るのが仕事なのだから。」
今までのふわふわとした喋り方ではなく、目は虚ろで生気はなかった。
「沢山買ったってしょうがないです。程々にしてください。」
「いいから売ってよ!!」
由美は激しい剣幕で怒鳴り、泣き始めた。
「これは私が好きに使える最後のお金なんです。だから好きに使わせてよ……。」
山田は強く迷った。迷ったがすぐに答えは出た。
「分かりました。しかし、全てが商品を今すぐお渡しするのではなく5年契約コースでいただきます。岡崎さん。5年のうちに必ずこのうちを出てください。そしてまた買ってください。」
今すぐうちを出させるべきだが、とてもそんなことは出来そうになかった。せめて、5年は取り続けてその間はなんとか大丈夫だと思いたかった。
由美はニッコリ微笑むと封筒を渡してきた。



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