聞くは一瞬の恥、聞かぬは一生の損
「だから、わしゃいま収入がないんじゃ!」
「でも、年金受給してますよね?」
「そういう話をしにきたんじゃない!」
これは、私が住む街の区役所にある、国民健康保険の窓口での会話だ。この時期、おそらく日本全国の市・区役所、町・村役場で似たようなやりとりが繰り広げられているに違いない。窓口業務にあたる職員に同情を禁じ得ない。
この会話を耳にしたのは、わが家の長男だ。彼は昨年末、会社員を辞めて大阪から自宅に帰ってきて、今は求職中の身。失業給付と僅かなアルバイト代の中から一部を生活費として入れてくれている。国民年金や国民健康保険もその収入の中から支払っている。
先日その長男から「これどういうこと? 保険料がめちゃ上がってるんだけど」と、郵便物の中身を見せられた。区役所から届いたのは、国民健康保険の払込用紙の束が入った封筒だ。春頃届いた払込用紙に書かれた金額と比べると、数倍にもなっている。いきなりそれはないだろう。何かの間違いなのではないか? とにかく、区役所に行って問い合わせてみるよう勧めた。
翌日。区役所に行ってきたという長男に話を聞いた。どうやら、昨年1年間の収入をもとに再計算した結果、新たな保険料が決まったので、払込用紙を再発行したらしい。そういえば、少し前には、長男が住んでいた大阪市内の区役所から、住民税の払込用紙が届いていた。住民税と同じく、国民健康保険の保険料も前年の収入をもとに納付額が決まるので、この時期に相次いで払込用紙が届くのだ。
転職もせず、同じ会社でサラリーマン一筋20数年働いているとなかなかピンと来なかったのだが、前年まで収入があった人が、さまざまな事情で収入が途絶えている真っ只中に住民税や国民健康保険の請求が来るのはしんどい話だろう。長男はまさにその当事者だが、ほかにも該当者はたくさんいる。冒頭の会話も、おそらく前年まで何らかの仕事で収入を得ていて、今年から年金だけの生活になった高齢者だろう。
長男のことに話を戻すと、窓口で現在収入が少なく、数倍の保険料を支払う余裕はないと申し出たところ、減額に応じてもらえたという。「いい加減だよなぁ」とは思いつつも、同時に「何でも言ってみるものだ」と妙に納得する。
日本の行政はなにかにつけて「申請主義」だ。補助金をはじめ、いろんな給付や貸付、猶予や免除など制度が整備されているけれど、それが使えるのは自ら調べたり知識を得たりして申請した人に限られる。求めに応じて素直に従うと、あとで馬鹿を見るケースはいくらでもある。
そういえば数年前、自宅を新築した際もそうだった。住み始めて半年くらい経ってから、不動産取得税の払込用紙が送られてきた。その金額を見てビックリ。「はいそうですか」と払えるような額ではなかった。同封されている字の小さな説明書を読んだり、ネットで調べたりして、どうやら免除あるいは軽減措置があることが分かった。
そこで後日、県税事務所に出向いて話をすると、納税しなくても良いと言われて帰された。これ、知らずに「納めなきゃならないものだ」と払ってしまっていたら…と思うと、ぞっとする。いや、知らずに納めてしまっている人はいっぱいいるような気がする。
自宅新築の件で言えば、もうひとつあった。自宅は道路に面していて、そこに植栽を施したのだが、これについては市の「民有地緑化助成事業」に該当し、補助金がもらえたのだ。これも、たまたま自宅の設計建築を担った工務店のブログを読んでいて知ったもので、知らなければ全額自己負担で終わっていたことだ。
「知らなきゃ損する話」はそこらじゅうにある。しかも、世間の人の多くは、兎角自分が持っているこの手の情報を人には伝えたがらない。「聞くは一瞬の恥、聞かぬは一生の恥」という言葉があるが、恥どころでは済まない「聞かぬは一生の損」である。
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