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知らないひと

あたし奥さんよりあのひとの方が好き。

最近課長があのひとと夜歩いてるの知ってる。
大人の関係って感じで素敵だった。

あのひとは弱い。
定時終わりにうちのオフィスの近くのドラッグストアで口紅を見てた。
あたしが買うような若い子のコーナーでじっとしてスマホ見ながら値段とにらめっこしてる。

あたしは課長が出張の帰りブランド物を奥さんに買って帰るのを知ってる。
うちの課で一番綺麗な女の子にリサーチなんかして抜け目ない。

あのひとは不吉。
どんなに課長が遅くなってもドトールコーヒーやカフェ・ヴェローチェで氷の溶けた薄いアイスコーヒーの側でじっと堪えている。いつも顔は強張ってストローを持つ手が震えている。

課長の奥さんは最近ゴルフにハマっているらしい。わりと腕が良くて土日は朝から連れ回されて大変だと笑った。
課長も最近日焼けしてきて生々しい。

あのひとは白い。
多分スポーツもしない。
本も読まないでじっと待つの。
たまに小銭を数えながら。

あたしは知ってる。そういうのが課長のつぼだってこと。あたしは知ってる。課長なんて安っぽい男だってこと。
奥さんよりあの人のほうがずっといい。課長と会う日だけぼろいブラウスにアイロンかけて待ってるの。あれがいい男だと思い込んでさ。

昨日飲み会で酔っ払ってこっそり言ったの。
あたしはあのひとの方がいいって。
あたしは課長に好かれている方じゃ無いから囁いたらびっくりしてた。気味悪そうに笑ってた。

あたしはよくわからない。
あなたのことも自分のことも。

世の中が拒絶するすべてのことが等しく不甲斐ないということを。

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