ひろのちゃん
ひろのちゃんはいい子だった。
ちょっと全体的にふっくらしていたけど真面目な子でテストの点も良かった。
クラスの男の子から圧倒的に人気なタイプでは無かったが、こっそり一緒に帰ったり、ひと気のない昇降口で秘密のやり取りをする男の子がいたと思う。
いわゆる親が好きそうな子でもあった。
いい奥さんになりそう、とかいいお母さんになりそうとか周りの親たちは自分の子供を貶した後に羨ましそうに言った。
ひろのちゃんはそう言われるのはそんなに嬉しくないと言っていた。おばさんたちにウケても仕方ないじゃんとちょっと怒ってもいた。
そんなことを言っていたけど、大人になったひろのちゃんは本当に、いい奥さんでいいお母さんと言われるようになった。20歳で誠実そうな旦那さんと結婚し、翌年には女の子の赤ちゃんを産んだ。ひろのちゃんも今度は満更でも無い様子で近所でベビーカーをひいたりしていた。
ひろのちゃんを見ると、世の中の約束事が守られた気がしてきっと皆んな安心するのだと思う。
ひろのちゃんの葬儀はひっそりと行われた。
誰かのミスをしれっと隠すかのように。
ひろのちゃんが死んだ時、隣には男が寝ていたという。もちろんそれはひろのちゃんの誠実な旦那さんではない。わりかしイケメンで襟足の長い若い男だった。
ひろのちゃんはホテルにいた。
今どきベッドの前に大きな鏡がついているいやらしい部屋だった。ひろのちゃんには愛する家族がいたし、立派に家庭を守っていたけれど、ほんとはそういう淫乱な心も持っていた。
ひろのちゃんが15歳の時、誰もいない机が積み重なった教室で、彼女のスカートからのぞいた真っ白な太ももを誰かが触るのを見た。多分触った人は白衣を着ていたと思う。
ひろのちゃんはいつも、学校で一番の美男美女カップルを眺めながらいいなあ、ああいう人たちはカッコよく決まってさあ。と口を尖らせて笑っていた。
ひろのちゃんが旦那さんじゃない男と交わっていたとき、ひろのちゃんは鏡に写る大きな自分の裸体を見て、吐いた。
男の行方は知らない。
ひろのちゃんの生前の言葉
あたし、幸せなんだよ。
でもたまに不幸になりたくなる。
あたしの人生、誰か代わってくれないかなあ。
そしたらあたしなんでも出来るような気がするんだ。キラキラして両手の指全部にティファニーでもブルガリでも嵌めてさ、くるくる、くるくるいつまでも踊っていられるような気がするんだ。
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