語り尽くされてても語りたいこと:レミオロメン
駅前の商店街を歩いていたら、レミオロメンの"南風"が流れ出した。懐かしいと思った。わたしはふるさとの海と親友を思い出した。
わたしのふるさとには海があった。朝はよく海に行った。朝の空気と潮の香りが混ざり、昇る太陽がキラキラしていた。
保育園から高校まで、ずっと一緒にいた同級生がいた。名を、さとうきよか。きよかとは、中学のとき、共に卓球部に所属していた。きよかもわたしも大して卓球はうまくなかった。
きよかとは、よく一緒にレミオロメンを聞いたんだ。きよかがレミオロメンを知ったきっかけは、テレビで流れていた"粉雪"。ドラムの人の顔が好きだとよく言っていた。
部活終わりの放課後、きよかと海に行く。砂浜に並べられたテトラポットにきよかと座り、どうでもよくないことをたくさん話した。きよかはポータブルCDプレイヤーに、レミオロメンのアルバム" ether"をセットして、イヤフォンの片方をわたしに差し出す。
きよか曰く、発売されたアルバムをそれぞれ聞いたが、" ether"が個人的に1番ぐっときたとのこと。
曲が流れる始めると、ふだん見ている景色は色を変える。だが、一変はしない。レミオロメンの音楽は現実逃避になりはしなかった。現実と向き合い受けとめ、さぁここから始まるねってとなりでそっとつぶやいてくれる音楽。だからって無理に背中を押しはしない。ただそばにいてくれる。つよくてよわいわたしたちを鼓舞するわけでもなく見守り、奏でる音はおおらかなんだ。"永遠と一瞬"と"深呼吸" 、海で聞くとどうしようもなく恋しくなるんだ生きてることが。"3月9日"、きよかとよく歌ったよ。波音が激しいときは、叫んでいたよ。そして、"南風"を聞くときは目を閉じて、風を感じる。眠ってしまいそうだったよ。
駅前の商店街を歩いていたら、レミオロメンの"南風"が流れ出した。歌詞は覚えていた。口ずさみ、歩く、商店街をぬける、音楽はまだ頭の中で鳴っていた、きよか、わたしは今風を感じているよ。