語り尽くされてても語りたいこと:忌野清志郎さん




 ぼくは、中学生2年生のときのある朝、登校前にテレビのニュースを見ていた。

 そのとき、忌野清志郎さんがこの世から旅立ったというニュースが流れた。ぼくは、忌野清志郎さんのことを知らなかったが、画面の中で、泣いたり歌ったりしている様々なアーティストが忌野清志郎さんのことを話しているのを見て、どれほど愛され、強く生き抜いた人だったんだろうと思った。

 "雨上がりの夜空に"って曲を様々なアーティストが歌っていた。ぼくはその曲を初めて聞いたとき、とんでもない内容の歌じゃないかと思った。こんな夜におまえに乗れないなんて、と歌っている。歌詞を最初から聞けば、乗れないのは車となるが、ぼくは別のことを考えていた。だが、もちろん車とも考えられる。

 画面の中の、忌野清志郎さんのド派手なメークに圧倒され、あのなんと表現したらよいのやら聞くものの胸にグッとくる声に魅せられた。
 その数分後、ぼくはテレビを消して登校した。


 朝の教室に入ると、いつもの顔ぶれだった。ここはド田舎中学校、メンバーは保育園から同じ、常に1クラス、中学校から徒歩3分のところに海あり。
 ぼくは、自分で言うのも何だが、優等生だった、勉学に励み、野球部では野球に打ち込んだ。文武両道まっしぐら。教室では、授業前ということもあり、皆騒いでいた。が、先生が来ても変わらないだろう。過去に、授業中にも関わらず、うるさい生徒がおり、教師か泣いて帰ることもあった。小心者のぼくは、うるさい輩を注意することもできず、黒板を見つめているだけだった。そんなとき、養護教諭の輪野喜代先生がよく教室に飛び込んできた。

 今日も全く同じことが起きた。授業中にも関わらず、騒ぐ生徒がおり、誹謗中傷や卑猥な言葉さえ飛び交い、若き英語教師が職員室に戻った。すると、輪野先生が飛び込んできた。だが、今回は、アコースティックギターを持っていた。こんなことは初めてだった。ラウンド型サングラスをかけ、頭には避難訓練で使う黄色いヘルメット、なぜだろうか、その日の輪野先生の白衣は輝いていた。


「おまえら、元気があることはいいことだ、だが、元気の使い方改めようか」


 輪野先生がアコギを荒々しく弾き、歌い始めた。"雨上がりの夜空"だった。サビになると、歌えー!と輪野先生が叫び、生徒たちは、最初は歌わなかったが、2番のサビあたりから、思い思いに歌い始めた。何人かの生徒が雨上がりの夜空を知っていたのかは知らないが、教室内は狂騒状態と化した。曲が終わり、輪野先生は言った。


「忌野清志郎っていうミュージシャンが今日、空に旅立った。ロックンロールを愛し、ロックンロールに愛されたキヨシロー。おまえらは誰かや何かと愛しあってるかい?」


 輪野先生は、教室のテレビのスイッチを入れ、ビデオデッキにビデオを入れた。画面には、キヨシローがいて、ステージを走っていた。RCサクセションというバンドの存在を、ぼくはこのときはじめて知った。"ステップ"って曲が演奏されていて、会場は熱狂の渦の中だった。その中で、キヨシローは叫び踊り歌い笑い舌を出し、生きていてた。

 その後、授業妨害をした輩共は、職員室に行き、英語教師に謝罪した。


 ぼくが昼休みに、保健室に行くと、輪野先生はデスクワークに励んでいた。ぼくが来たことを知ると、輪野先生はいつものように引き出しからスナック菓子を取り出し、袋を開け、食べるように促した。遠慮なく食べ、キヨシローのことを聞いた。麻野先生はキヨシローが好きで、1度だけLiveに行ったことがあり、そのときのキヨシローが今も目玉に焼き付いていると言った。

「キヨシローはね、歌いたいことを思いっ切り歌ってたね。それがね、本当に聞いていて気持ちいいんだよ。ハラハラもするけどね。自分のSOULに正直だったんじゃないかな。RCサクセションのカバーズってアルバム、今聞いても鳥肌ものだよ。ここまで歌うのかと、むしろここまで歌ってこそロックンロールじゃないのか。それがかっこいいんだよ。キヨシローによく似てるゼリーが組んでるバンド・タイマーズも歌い切ってる。音楽って自由だよなって思わずにはいられない。音楽にはふさわしいテーマとふさわしくないテーマがあるとか、音楽はこうあるべきとか、そういった数々の既成概念を、キヨシローは、ふつうに越境しちゃってんだよ。これを歌いたいから歌うぜっていうシンプルな精神を、わたしは感じたんだ。既成概念がだめってわけじゃないし、音楽家それぞれに美学はあるだろう、ただ、そういったものに囚われすぎるのはちょっとちがうんじゃない?ってわたしは思うんだ。キヨシローがいない今、わたしはキヨシローの精神を持っていたい。これから、世間を歩いて見る中で、今キヨシローがいたら何を歌うかなって思うことが増えると思うんだ。そんなこと思うのは仕方ないけど、やっぱりキヨシローに頼ってばかりじゃだめさ。わたしはわたしの歌を歌って生を行くよ。わたし、ミュージシャンじゃないけどさ、この人生はわたしの歌だから。愛しい人と歌えたら、その人の歌も愛せたら」


 チャイムが鳴ったので、ばくは、輪野先生に礼を言って、教室に急いで向かった。

 ぼくは、ぼくの歌を歌おう。果たして、どんな歌?

 まずはキヨシローをもっと聞いてみたい。今度、輪野先生にキヨシローのCDを借りよう。


いいなと思ったら応援しよう!