本稿のねらい
2023年12月15日、日本経済新聞の"Digital Eyes"なるコーナー(※)に次のような記事(本記事)が出ていた。
※"Digital Eyes"とは「デジタルビジネスや制度、技術について専門家が個人の見解を示す寄稿やインタビューを随時掲載するコラム」とのこと。(汗)
本稿のタイトルにある「クラウド例外」の見直しの議論は、次のような背景によるものらしい。
いまいち背景事情がよくわからないところである。
現状、個人情報保護委員会において、2023年11月15日開催の第261回会議以降、2023年12月15日開催の第264回会議まで4回連続で「3年ごと見直し」に関する議論・ヒアリングが実施されているが、これまで「クラウド例外」が俎上に上がったことはないと理解している(ただし本稿執筆時点において第264回会議の議事は未公表)。
ただ、個人情報保護委員会が2023年6月に公表した「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」において、少し関連するところは見える。
これは、個人情報取扱事業者が、ChatGPTのような生成AIサービスに個人データを含むプロンプトを入力した場合、生成AIサービスを運営している事業者が当該入力された個人データを「応答結果の出力以外の目的」で取扱うのであれば、それは当該個人情報取扱事業者から生成AIサービス運営事業者への個人データの提供に該当し、原則として、本人同意を得ていなければ違法となることを示したものである。
直接的に個人情報取扱事業者とクラウドサービス運営事業者の問題について触れたものではないが、個人データの受領者(≠「提供」先)による「取扱い」に関する議論がホットであることくらいはかろうじてわかる。
それにしても本稿のこじつけ感は否めない。
おそらく、一般財団法人日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)が2023年9月に開催した「個人情報のクラウド保管 実務における対応ポイント」なるセミナーにおいて、本記事の筆者が講演した内容(講演資料)に関して適当にアウトプットしたものと思われるが、いかんせんタイトルがよくない。
本稿では、本記事の内容は一旦放っておいて、「クラウド例外」について簡単に紹介することとしたい。
「クラウド例外」とは
(1) 問題設定 ⇢ 個人データの「提供」の有無
まず「クラウド例外」について整理する。
次のような場面を設定するとわかりやすいと思われる。
非常によくある例だと思われるが、toCのビジネスを行っているサービスプロバイダーたる個人情報取扱事業者が、クラウド事業者と契約してクラウドサービスを利用し、同サービス上で個人情報を含む個人データを管理する場面を考える。
【参考】クラウドサービスの利用例
このとき、個人情報取扱事業者とクラウド事業者は当然別の法人格を持つことから、個人情報取扱事業者が管理する(べき)個人データをクラウド事業者が運営するクラウドサービス上で管理等を行うことが、適法なのかが問題となる。
仮に、この場面において個人情報取扱事業者からクラウド事業者へ個人データの「提供」があると考えると、その適法性の根拠が必要となる。
多くの場合、本人から同意を取得していないと思われるため、「委託」に伴う提供と考えることになろうかと思われるが(個人情報保護法第27条第5項第1号)、そうすると委託先管理(同法第25条)が必要となったり、万が一個人データが漏えい等すると委託先に当たることになるクラウド事業者も個人情報保護委員会等への報告が必要となるなど(同法第26条)、面倒が増える。
そのため、そもそもクラウドサービス利用の場合、個人情報取扱事業者からクラウド事業者への個人データの「提供」はないのではないかと考えるようになる。これが「クラウド例外」である。
ここまでで明らかなとおり、「クラウド例外」の最大の論点は個人情報取扱事業者からクラウド事業者への個人データの「提供」の有無である。
「クラウド例外」に該当すると、クラウド事業者は、当該クラウド事業者のユーザーである個人情報取扱事業者が保存等する個人データに関しては、個人情報保護の規律の外に置かれる。
後に見るように、GDPRではクラウド事業者は個人データの「処理者」に位置付けられることになり、GDPRという規律の内側に置かれるのとは対照的であり、GDPRの側からみたときには「運用の厳格化を求める声」があってもおかしくはない。
(2) 個人データの「提供」
個人データの「提供」の意味については、個人情報保護委員会によれば次のように説明されている。
これを、筆者なりの解釈を入れつつ、わかりやすく図示すると下図のようになる。
このガイドライン(通則編)2-17の第2文の記載は極めて曖昧であるが、個人データの「提供」概念の根幹をなすのは同第1文であり、「自己以外の者が利用可能な状態に置くこと」である。
ただし、個人データの「漏えい」との関係で、もう少し要件を精緻化すべきであると思われる。つまり、「自己以外の者が利用可能な状態に置くこと」には、誤送信や誤送付のような「漏えい」類型も含まれてしまう。提供と漏えいは効果等が異なるため明確に区別すべきである。
そこで、「提供」から「漏えい」類型を除く趣旨で、次のように定義すべきである。
そして、ガイドライン(通則編)2-17の第2文の記載は次の2つの意味を持っている。
個人データを第三者が物理的に利用可能な状態に置く場合は、それが意図どおりであれば、権限の有無にかかわらず、当然に「提供」に該当する
個人データを電磁的に利用可能な状態に置く場合は、それが意図どおりであっても、当該第三者が当該電磁的データを利用する権限を付与される場合に限り、「提供」に該当する
第三者が電磁的に利用可能な状態に置く場合に限り権限の有無が問題とされるのは、「個人データを含む電子データを取り扱う情報システム」の特殊性、すなわち技術的にはアクセス可能であっても契約上それが許されていない場合があるためと思われる。⇢クラウド例外の発想
【参考】GDPR第29条はアクセス権と処理権限を区別している
なお、ガイドライン(通則編)2-17は、電磁的なデータの場合、当該電磁的なデータを利用する権限があることが、すなわち個人データを利用可能な状態に置くことである(利用可能な状態に置くことと権限を別々の要件とはせず、1つの要件)と読むことも可能であるし、むしろ書き方からすればそう読むべきように思われる。ただし、そうすると、「クラウド例外」の要件で見るように「アクセス制御」を求める理由がよくわからなくなるのである。
(3) 「クラウド例外」
ここまで説明したことをまとめると下図のとおりになる。
【参考】フローチャート
(4) 「クラウド例外」の要件
クラウドサービスについて考えるとき、個人データを物理的に利用可能な状態に置くことはあり得ないため、下図のとおり、個人データを第三者が電磁的に利用可能な状態に置くこと、かつ、当該第三者がそれを利用する権限があることが問題となる。
つまり、「クラウド例外」として個人データの「提供」に該当しないというためには、個人データを第三者が電磁的に利用可能な状態に置かないこと、又は仮に個人データを第三者が電磁的に利用可能な状態に置いたとしても、当該第三者に利用権限がないことのいずれかが必要となる。
これに対し、ガイドライン(通則編)2-17を作成した個人情報保護委員会は、ガイドラインQ&A7-53において次のように説明しており、一見、個人データを第三者が電磁的に利用可能な状態に置かないこと、及び当該第三者に利用権限がないことのいずれもが必要と考えているように思える。
しかし、クラウドサービス上に保存されている個人データはクラウド事業者が電磁的に利用可能な状態であることは否定せず、単に利用権限の有無の問題につき、それを基礎づける事情として契約上の取決めや適切なアクセス制御を例示しているに過ぎないと解釈すべきである。
また、利用権限というからには、契約上の取決めだけで足りるように思われるが、「提供」規制の潜脱を防止するため、単に契約上利用権限がないと取り決められているだけでは足りず、それを担保する「適切なアクセス制御」が要求されていると解釈すべきである。
このように、クラウドサービス上に保存されている個人データにつき、契約上の取決めや適切なアクセス制御によりクラウド事業者に利用権限が付与されない場合、あたかも倉庫に個人データ(台帳等)を保管するのと同様(※)、個人情報取扱事業者自らが管理していることと同じであると評価されることになる。
※ 倉庫業者もマスターキー等により倉庫に立ち入ることは可能と思われるし、もっといえば通常のオフィスやテナントの賃貸借であっても賃貸人は賃借人のオフィス等に物理的に立ち入ることは可能と思われるが、そのとき、個人情報取扱事業者が倉庫業者やオフィス等の賃貸人に個人データを「提供」していると評価されることはない。もっとも、この点が非常に曖昧ではあるが、これは利用権限の問題というより、倉庫業者等が立ち入れるのは極めて例外的な緊急時等のみであり、その場合には倉庫業者が個人データを利用可能な状態に置いていないと評価されるものと思われる(ガイドライン(通則編)2-17も物理的な提供の場合は利用権限を問うていない)。
【参考】
なお、ガイドラインQ&A7-53は次のように示しているが、個人データの取扱いを委託することに伴う提供のみが問題となるのであれば別として、第三者提供も問題に含まれている以上、少なくとも我が国の個人情報保護法との関係ではミスリードであり、「取扱い」の有無を判断基準にするのではなく、「提供」の有無、すなわち利用可能な状態に置くかどうかを判断基準とするべきであった。
そうしないから、このミスリードに引っ張られるミスリードな見解が出てくるのである。受領者が個人データを「取り扱わない」ことが第三者提供を否定する理由になるのか疑問に思わないのだろうか。受領者が「取り扱う」意思を持たないとしても、受領する意図はあり、その上で利用可能な状態に置かれれば第三者提供に該当するのに。
(5) おまけ ⇢ フローチャート
GDPRではクラウド利用はどういう整理か
GDPRでは「提供」("provision")はデータの述語としては利用されておらず、類似の述語は「開示」("disclosure")であるが、それを含む述語として「処理」又は「取扱い」("processing")が利用されている(GDPR第4条(2))。
そして、個人データの「処理」又は「取扱い」の目的と手段を決定する者が「管理者」("controller")といい(GDPR第4条(7))、管理者の代わりに個人データの「処理」又は「取扱い」を行う者を「処理者」("processor")という(同条(8))。
クラウドサービスを利用して個人データを保存する場合、個人データを保存する者(ユーザー)とクラウド事業者の関係は、下図のように、それぞれ管理者と処理者になると考えられる。
なお、同様の発想はeメールサービスとの関係でも見られる。
以上のとおり、GDPRでは、クラウド事業者は、単に管理者のために個人データを「処理」又は「取扱い」するに過ぎない場合、つまりアクセス権を有しているが「処理」は管理者の指示によってのみ可能であるに過ぎない場合でも、処理者に該当する(したがってGDPR第28条の適用を受ける)。
以上