全銀システム障害:他行宛振込が出来ないことの法的責任!?
本稿のねらい
2023年10月10日、朝の時間帯(日経記事によれば午前8時半頃とのこと)から、全銀ネットの「全国銀行データ通信システム」(全銀システム)に障害が発生し、三菱UFJ銀行やりそな銀行を含む11の金融機関において他行宛振込ができなくなったとのことである。
この事象に対して、とある記事(本記事)を見つけ読んでみたが、何とも不正確な気がするため、本稿にて勝手に訂正をしようという試みである。
そもそも問題点はどこに?
銀行の振込送金サービスが利用できないことにより、どのような問題が生じるだろうか。
1つは、銀行とは関係ない取引における問題である(Case①)。
例えば、ある債権者Aとある債務者Bがいたとして、BはAに対して2023年10月10日期限の100万円の金銭債務を負っていたとしよう。
Bは、同日、M銀行の振込送金サービスを利用して金銭債務の弁済をしようと思っていたのに、それができなくなってしまった。
このとき、BはAに対して100万円の金銭債務の履行が遅延したことによる損害賠償を行わなければならないのかどうか。これが1つ目の問題点である。
もう1つは、振込送金サービスが利用できなくなった預金者(預金者に限らないが預金者ということにしておく)と銀行の関係での問題である。
この問題は更に2つに分けることができる。
つまり、上記ABの関係で、仮にBがAに対して一定の損害賠償を行わなければならなくなったとして、それをM銀行が悪いのだとして、M銀行に同額の損害賠償請求を行うことができるか(Case②)、そして100万円をDに振込むことで多額の儲けを得ようと企んでいたCがM銀行でDに振り込むことができなかったため儲けられなかったとして、Dに振り込んでいれば得られたであろう儲け分についてM銀行に損害賠償請求を行うことができるか(Case③)である。
以下順に簡単に説明する。
(細かいところで補足説明すべき点は色々あるが省略する)
Case①:金銭債務の不可抗力抗弁不能
Case①では、BのAに対する100万円の金銭債務が履行遅滞、つまり予め定められた期限内に金銭を支払うことができず、支払いが遅れてしまっている状態ということである。
この場合、民法第412条第1項により、BはAに対して、2023年10月11日から100万円の金銭債務の支払いを完了するまでの間、遅滞の責任を負うことになっている。
この場合の損害賠償の額は、AB間で特段の約定もされていなければ、法定利率により定められる(民法第419条第1項)。仮に1日遅れで弁済すれば、82円が履行遅滞による損害の額である(1,000,000円×0.03×1/365)。
なお、仮にBがM銀行においてAが指定した銀行宛の振込依頼(仕向依頼)を完了させていたとしても、現に当該Aが指定した銀行の口座に振込結果が反映されていなければ、それは弁済(履行)として評価されない(民法第477条)。
ここでBの反論としては、次のようなものになろうだろう。
つまり、Bとしては債務の履行期限である2023年10月10日にM銀行で振込手続をしようと思って、100万円の残高も用意していたのに、M銀行だか全銀ネットだかの全銀システムに障害があって、やむを得ず、振込ができなかったのだ、要は「不可抗力」である。
しかし、こと金銭債務についてはこのような反論は用をなさない。
なぜならば、金銭債務の不履行(遅滞)の損害賠償については、不可抗力をもって抗弁とすることはできないと定められているためである(民法第419条第3項)。
したがって、BはAに対して100万円の金銭債務の履行遅滞による損害を賠償する必要がある。
[補記:2023/10/11 01:18 本件のようにシステム障害等で支払が著しく困難になる場合であっても、Bの手元には100万円残るから、それを運用すればAに支払う遅延損害金相当になるというのが民法第419条第3項の趣旨でもあるが、仮にBの資金が既にM銀行に拘束されたとすれば話は異なるのだろうか。この場合でもBがM銀行に遅延損害金相当を請求できる可能性は極めて低いが(Case②)、このリスクはBが甘受すべきという価値判断は正しいだろうか。筆者は、振込送金という銀行への与信を用いた時点でこのリスクはBが甘受すべきと考える。]
ところで本記事は次のように説明されている。
上記引用した本記事には大きく2点の誤りがある。
まず、民法415条第1項は、例の債権法改正により性質を変えており、債務不履行責任の発生要件として帰責性を要求しなくなった。つまり、債務不履行責任は、①債務の存在、②不履行の事実、③損害の発生、④不履行の事実と損害の間の因果関係があれば発生する。ただし、債務者側が自身に帰責事由がないことを証明すれば免責される。こういう構造になっている。仮に債権法改正を知らなくとも条文を読めばわかると思う。債権法改正後も民法は過失責任主義に立っているのだ、という指摘であれば正解だと思うが、上記引用した本記事ではそうは読み取れない。
次に、この民法415条第1項但書にあるように、Case①でBが不可抗力であることを帰責事由がないことの理由として挙げようとしても無駄であることは上記のとおりである(同法第419条第3項)。
なお、もしかしたら債権法改正の検討時に民法第419条第3項が削除される可能性があったことから、現在では同条項が削除されたと誤解したのかもしれないが、やはり条文を読めばわかると思う。
あるいは、民法第419条第3項はあくまで「債務者は、不可抗力をもって抗弁とすることができない」と定めており、「不可抗力」ではない免責事由なら免責される余地があるということかもしれない。しかし、一般に、不可抗力、つまり債務者が支配する領域での責任がない典型例ですら金銭債務の履行遅滞による損害賠償責任を免責しない以上、ほかの事由ではまず無理であろう。
Case②:銀行への損害賠償(履行遅延分)
Case①でみたように、BはAに対して年利3%以上の遅延損害金を支払う必要がある。
そうすると、Bは、まったく帰責性がないAに対して遅延損害金を支払うのはやむを得ないが、全銀システムだか何だ知らないがM銀行もその仲間だとして、M銀行に対して、Aに対して支払うべき(支払った)遅延損害金を損害として損害賠償請求できるのかが問題となる。
ここでは、まずM銀行とBの関係を見る必要がある。
つまり、大抵の場合、Bは仮に預金者だったとしても、振込については単発の契約であり、Case②で契約が成立したのかどうかを検討しなければならない。
1つは、BがM銀行の窓口等で、システム障害を理由に振込手続を断られた場合である。この場合、振込契約という単発の契約はM銀行とBの間で成立しておらず、M銀行がBに対して何らかの契約責任を負うことはない。
本件では、2023年10月10日の銀行営業時間前の午前8時半頃から障害が発生していたとのことであり、いずれの銀行も振込依頼を受けていないのではないかと思われるが、一部銀行では「二重振込のご注意」というアナウンスを出しており、受けた振込依頼もあるのかもしれない。
もう1つは、M銀行は窓口等でBの振込依頼を受けており、その電文が全銀ネットを通じてAが指定する銀行に到達するまでの間にシステム障害が生じ、振込結果が反映されなかった場合である。この場合、振込契約という単発の契約はM銀行とBの間で成立している。そのため、Bの振込依頼をAが指定する銀行に届けるという債務(かなり簡略化しているため留意)をBとの関係で負うM銀行としては、Bに対して契約責任を負う可能性がある。
しかし、後者の場合でも、本件のような全銀システムの障害は免責事由に該当するものと思われる。
下記三菱UFJ銀行の振込規定との関係では、本件で全銀ネットが「相当の安全対策を講じた」といえるのかどうかが論点となるが、現時点の情報では不明である。
なお、仮にBが消費者であったとしても、M銀行に債務不履行がない場合には、このような免責事由も消費者契約法上許容される(同法第8条・第10条)。
ところで本記事では説明されている。
文脈は異なるものの、目のつけどころは合っていると思われるが、規定の解釈がおかしいと思われる。
つまり、上記のとおり、三菱UFJ銀行の「振込規定」第11項では、「当行または金融機関の共同システムの運営体が相当の安全対策を講じたにもかかわらず」とあり、「相当の安全対策を講じた」かどうかは三菱UFJ銀行か全銀ネットに求められるのであって、「銀行側(銀行と全銀ネット)」ではない。いずれか一方で足りるのである。
Case③:銀行への損害賠償(逸失利益分)
Case③は何だったかというと、100万円をDに振込むことで多額の儲けを得ようと企んでいたCがM銀行でDに振り込むことができなかったため儲けられなかったとして、Dに振り込んでいれば得られたであろう儲け分についてM銀行に損害賠償請求を行うことができるかという場面である。
これも、基本的にはCase②と同じである。
CとM銀行との間で振込契約が成立しているかどうかを検討し、仮に振込契約が成立しているのであれば、振込規定等の定型約款における免責事由に該当するかどうかである。
では、本記事にならい、仮に免責事由に該当しない場合にどうなるかを検討してみる。
免責事由に該当しないのであれば、M銀行はCに生じた損害を賠償する責任がある。しかし、それは必ずしもCが目論んでいた儲け分全額ではない。
つまり、振込契約に付帯する定型約款である振込規定等において、特段賠償責任の範囲や損害額の制限がされていなければ、デフォルトルールである民法第416条により処理することになるが、原則として、「通常生ずべき損害」、つまり振込契約において契約成立後(おそらく資金拘束もされる)に振込が実行されないのであれば生じると社会通念上想定される範囲の損害のみが賠償の対象となる。
振込みの文脈においては、基本的には、資金拘束されている間、当該資金を利用できなかった分の法定利率が「通常生ずべき損害」と考えられる。
Cは100万円を振り込もうとしてM銀行に同額を資金拘束されたのだろうから、それが1日分遅れたのであれば、上記のとおり82円が損害である。
問題は、CがM銀行の窓口で振込手続をする際に、「FXで一儲け」とか「暗号資産で億り人になる」とか言っていたとして、それを聞いた後にM銀行の窓口担当者が受け付けたとすると、「特別の事情…を予見すべきであった」として特別損害、つまり逸失利益(儲け分)の賠償を求めることができるかどうかであるが、否定である。
一般に、この特別損害については議論があるところであるが、基本的には、契約当事者間において特別事情から生じるリスクを、どのように分配するかという考え方が適切であると思われ、仮にM銀行の窓口担当者がCの呟きを聞いていたとして、そのリスクを引き受ける意思もなく、またそのリスクに応じた手数料も受け取っていない(他のリスクが低い振込みと同じ手数料のはず)ことから、Cが儲け分を得られないリスクはM銀行に転嫁されていないと考えるのが自然である。
したがって、仮にCase③でCがM銀行から得られるかもしれない賠償額は1日であれば82円にとどまる。
この点に関する本記事の説明は次のとおりである。
どうやら特別事情とか特別損害とかを失念しているようである。
因果関係にフォーカスを当て始めてしまっている。
(因果関係は不履行と損害の間のものであるから、まずは損害から検討が必要である)
以上