【投資信託】ファンドの交付目論見書へ「総経費率」を記載!?
本稿のねらい
2022年3月14日、一般社団法人投資信託協会(投信協会)は、同会の規則である「交付目論見書の作成に関する規則(令和3年12月改正」(交付目論見書規則)の細則に当たる「交付目論見書の作成に関する規則に関する細則(令和4年4月改正:令和6年4月施行」(交付目論見書細則)の改定につきパブコメを実施し、同年4月21日付けで交付目論見書細則を改定した(パブコメ結果)(本改定)。なお、本改定の施行は、2024年4月1日からである。
本改定の趣旨は次のとおり説明されている。
従前、殊に2013(平成25)年の金商法等改正に基づく2014(平成26)年の「特定有価証券の内容等の開示に関する内閣府令」や「投資信託財産の計算に関する規則」改正以後は、交付目論見書や交付運用報告書に信託報酬等やその他の手数料等の金額又は料率のほか、それらを対価とする役務の内容を記載することになり(後述)、また、その時点では記載事項への追加が断念された「総経費率」(Total Expense Ratio)は、2018(平成30)年9月の投信協会「投資信託及び投資法人に係る運用報告書等に関する規則」改定を経て、2019(令和元)年9月30日から交付運用報告書と運用報告書(全体版)に記載されている。
【参考】交付目論見書の例
【参考】交付運用報告書の例
本改定は、既に交付運用報告書や運用報告書(全体版)には記載する必要がある「総経費率」を、投資者がファンドを購入する前の段階で交付することが義務付けられている交付目論見書にも記載するようファンド運用会社(投資信託委託会社/アセットマネジメント会社)に求めるものである。
基本事項の確認
(1) 投信協会とは
投信協会は、金商法上の「認定金融商品取引業協会」(同法第67条以下)の1つであり、主に投資信託委託会社を会員とし、「投資信託及び投資法人など投資運用業等の健全な発展、並びに投資者の保護に資することを目的とする」団体である(金融庁ウェブサイト)。
投信協会の主な事業の1つに自主規制業務があり、交付目論見書に関する交付目論見書規則や交付目論見書細則のほか自主規制にかかる規則類を制定し、それを協会員に遵守させることにより投資運用業等の健全な発展や投資者保護を図っている。
(2) 交付目論見書/請求目論見書とは
▶ 現行ルール
「交付目論見書」とは、ファンドの購入前又はファンドの購入と同時に投資者に交付することが販売会社(証券会社や銀行等)に対し義務付けられている目論見書を意味し(金商法第15条第2項)、表紙に「投資信託説明書(交付目論見書)」と記載されていることが多い(交付目論見書規則第2条(1)参照)。なお、交付目論見書を含む目論見書を作成する義務があるのは有価証券の発行者であり(金商法第13条第1項、第2条第5項)、投資信託の文脈ではファンド運用会社(投資信託委託会社/アセットマネジメント会社)である(投信法第2条第7項参照)。
第25号様式による交付目論見書の項目は次のとおりである。
ファンドの名称
委託会社等の情報
ファンドの目的・特色
投資リスク
運用実績
手続・手数料等
追加的情報
それぞれの項目について、多くは有価証券届出書に関する第4号様式に記載すべき事項を簡潔に記載することとされている。
本稿が対象としている「手数料等」については、「第4号様式『記載上の注意』(21)から(25)までにより記載すべき事項を簡潔に記載すること」と指示されている(第25号様式(6))。
第4号様式では「投資者が申込みから換金(解約)までの間に直接的に、又は間接的に負担することとなる費用」を「手数料等」と定義している(同(21))。ほかにも、「申込みに係る手数料」を「申込手数料」(同(22))、「換金(解約)に係る手数料」を「換金(解約)手数料」(同(23))、「ファンドから支払われる報酬及び手数料」を「信託報酬等」とし(同(24))、それら以外の手数料等として「その他の手数料等」というバスケットを用意している(同(25))。昨今のインデックス投資信託において重要なのは、「信託報酬等」と「その他の手数料等」である。
必ずしも明確とは思われないが、「手数料等」の中に、「信託報酬等」や「その他の手数料等」が含まれるという構造になっている。
【参考】初心者はこちら
他方、「請求目論見書」とは、ファンドの購入前に投資者から交付請求があった場合には直ちに交付することが義務付けられている目論見書を意味し(金商法第15条第3項)、表紙に「投資信託説明書(請求目論見書)」と記載されていることが多い(交付目論見書規則第2条(1)参照)。
記載内容はほとんど有価証券届出書と同じであり(特定有価証券の内容等の開示に関する内閣府令第16条第1号)、文量も膨大である(200頁前後)。
▶ (参考)平成16年証券取引法等改正 ⇢ 三部構成化
ディスクロージャー制度の合理化を図る趣旨で、目論見書を必ず投資者に交付しなければならない交付目論見書と投資者から請求があれば交付しなければならない請求目論見書の2つに分割された。
上記思想に基づき、平成16年証券取引法等の改正により、交付目論見書の対象は有価証券届出書の第一部(証券情報)と第二部(ファンドの情報)とされ、そして投資信託の請求目論見書の対象は同第三部(ファンド(投資法人)の詳細情報)とされた(平成21年特定有価証券の内容等の開示に関する内閣府令改正前同府令第15条第1号・第16条第1号)。
【参考】平成21年特定有価証券の内容等の開示に関する内閣府令改正前
▶ (参考)平成21年特定有価証券の内容等の開示に関する内閣府令改正
平成16年証券取引法等改正により目論見書が交付目論見書と請求目論見書に分割され、メリハリが付けられるようになったものの、次のような課題が指摘されていた。
投資者の6割以上が目論見書を読まない
読まれない理由として、①文量が非常に多い、②全般的に専門用語が多く表現が分かりづらい、③全体の構成が複雑でどこに何が書いてあるのか分からない、④重複も多い、などの不満がある
交付目論見書と請求目論見書を合冊して交付している会社もある(※)
※もともと交付目論見書と請求目論見書を合冊して交付することについては金融庁が認めていた方法である(平成16年証券取引法等改正時パブコメ)。
そこで、金融審議会金融分科会第一部会ディスクロージャー・ワーキング・グループが開催され、主に交付目論見書の記載内容について改善するよう提言する報告書がまとめられた。
これを受けて、平成16年証券取引法等改正当時の三部構成から脱却し、現行ルールのように投資信託の交付目論見書は独自の様式である第25号様式を採用するに至っている。
⇢ 平成21年特定有価証券の内容等の開示に関する内閣府令改正
⇢ パブコメ結果
(3) 交付運用報告書/運用報告書(全体版)とは
▶ 現行ルール
運用報告書は投信法上のルールであり、原則として約款で定めた計算期間の末日ごとに投資信託委託会社が作成し、知れている受益者(投資者)に交付しなければならないものである(同法第14条第1項)。多くの場合、販売会社(証券会社や銀行等)が投資信託委託会社に代わってファンド受益者(投資者)に運用報告書を交付している。
運用報告書は、下記平成25年金商法等改正により、ファンド受益者(投資者)に必ずし交付される「交付運用報告書」(投信法第14条第4項)と約款においてホームページ等に掲載することで提供する旨を定めていれば個別の交付は原則として不要となる「運用報告書(全体版)」(同条第1項〜第3項)に区別された。
そして、下記平成30年投信協会規則等改定により、交付運用報告書と運用報告書(全体版)いずれにおいても、「(参考情報)総経費率」の記載が必要となった(投信協会「投資信託及び投資法人に係る運用報告書等に関する規則(令和5年4月改正)」第3条(5)、第3条の3(1)④)。
▶ (参考)平成25年金商法等改正
運用報告書に関しては、下記のような問題意識や業界要望を受けて、金融審議会「投資信託・投資法人法制の見直しに関するワーキング・グループ」が設置され、本稿との関係では、特に運用報告書の記載内容について議論された。
【問題意識/業界要望】
これらの議論を受けて、運用報告書も目論見書同様二段階化することが提言された。そして、コスト面に関し、費用と役務の対価関係がわかる説明を記載することも提言された。
【DWG報告書】
この最終報告を受け、2013(平成25)年に金商法等が改正され、原則として投資者に交付すべき「交付運用報告書」(投信法第14条第4項、投資信託財産の計算に関する規則第58条の2)と「運用報告書(全体版)」(投信法第14条第1項、投資信託財産の計算に関する規則第58条)に区別された。前者が後者の抜粋版という位置付けである。
また、運用報告書の内容として、信託報酬等の対価として提供する役務に関する説明を記載することが必要となった(投資信託財産の計算に関する規則第58条第1項第4号、第58条の2第1項第4号)。しかしながら、この平成25年金商法等改正に関連して「総経費率」の記載を必要とする規律は設けられなかった。(投信協会の「投資信託及び投資法人に係る運用報告書等に関する規則も同様)
なお、運用報告書の記載内容の改正に合わせて、目論見書の記載内容も改正された(新旧対照表)。主な改正点は次の2点である。
各種手数料等につき、金額や料率のほか「当該手数料を対価とする役務の内容」を記載することが必要となった
「その他の手数料等」につき「主要な手数料等については当該手数料等を対価とする役務の内容」を記載することが必要となった
ここでいう「主要な手数料等」とは、次のようなものを指す。
▶ (参考)平成30年投信協会規則等改定
2018(平成30)年の「投資信託及び投資法人に係る運用報告書等に関する規則」等の改定の目的は次のように説明されているが、これらの事情は平成25年金商法等改正当時から見られていたものであり、事情が大きく変化したわけではないように思われ、本当のところについてはよくわからなかった。
ともあれ、この平成30年投信協会規則等改定により、交付運用報告書と運用報告書(全体版)に「(参考情報)総経費率」を記載すること必要となった。なお、記載事項を定めるのが「投資信託及び投資法人に係る運用報告書等に関する規則」であり、同規則から運用報告書の様式について委任されているのが「投資信託及び投資法人に係る運用報告書等に関する委員会決議」である。
(記載事項)
(様式例)
本改定後の課題
本改定により、少なくとも1回目の決算(計算期間)を経過したファンドについては、それ以降に交付目論見書を交付するタイミングで総経費率がわかることになる。
しかし、次の2点の課題は残る。(1点目は不可抗力的であり対応困難だが、2点目への対応は可能かつ必要であるように思われる)
新規ファンド設定時には総経費率がわからず、信託報酬等しかわからないところ、その他の手数料等が予想外に必要となるケース
新規ファンド設定時には総経費率がわからず、信託報酬等しかわからないところ、先行設定されている他ファンドが信託報酬等に含めている費用をその他の手数料等に含めて、(第1期のみ)見かけ上の低コストファンドとしているケース(ケースP/N)
ケースP
NASDAQ100指数に連動することを目指すインデックスファンドのうち、2021年6月ファンド設定当初は「業界最低水準の運用コストを目指しております」(PayPayアセットマネジメント株式会社)と謳っていたPayPayアセットマネジメント株式会社の「PayPay投信 NASDAQ100インデックス」というファンドは、第1期・第2期と「その他の手数料等」が同指数に連動することを目指す他のインデックスファンドと比較して相当に嵩んでいる。その結果、総経費率は同指数連動型インデックスの他ファンドの2〜3倍となっている。
その他の手数料等のうち「保管費用」が圧倒的に同指数連動型インデックスの他ファンドより嵩んでいるが、それを除くと(※1)、「法定開示に係る費用」が嵩んでいるように思われる。つまり、同指数連動型インデックスの他ファンドは信託報酬等のうち委託会社の信託報酬として「目論見書等の作成等の対価」(eMAXIS NASDAQ100インデックス)や「法定書面等の作成等の対価」(iFreeNEXT NASDAQ100インデックス)を含めているのに対し、「PayPay投信 NASDAQ100インデックス」は法定書面等の作成等費用を外出ししているのである(※2)。
※1 ちなみに、その他の手数料等は規模の経済が働くように思われ、同指数連動型とはいえ純資産総額が第1期から320億円超であった三菱UFJアセットマネジメントの「eMAXIS NASDAQ100インデックス」と比較するのは酷であるように思われるところ、同指数、かつ、第1期の純資産総額が10億円弱であった「PayPay投信 NASDAQ100インデックス」と近かった大和アセットマネジメント株式会社の「iFreeNEXT NASDAQ100インデックス」(第1期の純資産総額は9億円強)の第1期のその他の手数料等は次のとおりであり、第5期現在のそれよりは相当大きい金額・料率になっているものの、「PayPay投信 NASDAQ100インデックス」よりは遥かに小さい金額・料率となっている。
※2 同様に、法定書面等の作成等費用を外出ししているファンドも存在し(日興アセットマネジメント株式会社の「インデックスファンドNASDAQ100(アメリカ株式)」)、「印刷費用等」としてほぼ同料率の費用がかかっているように思われる。それでもやはり「保管費用」が小さいため、総経費率としては0.6%程度となっている(同ファンド「運用報告書(全体版)」7-8頁)。
ケースN
2023年4月に新規ファンド設定された日興アセットマネジメント株式会社の「Tracers MSCIオール・カントリー・インデックス(全世界株式)」は「MSCIオール・カントリー・ワールド・インデックス」に連動することを目指し「コスト(信託報酬)水準には徹底的にこだわった」(同社ウェブサイト)ファンドである。
「Tracers MSCIオール・カントリー・インデックス(全世界株式)」の交付目論見書によれば、「運用管理費用(信託報酬)」は年率0.05775%(税込)であり、また設定当時は「その他の手数料等」の上限を年率0.1%であり(有価証券届出書)、売買委託手数料等あらかじめ見積もることが困難な手数料を除けば、設定当時は最低水準であったと記憶している。
このファンドは、目論見書等の法定書面等の作成等費用や対象指数の標章使用料を信託報酬から外出ししており、それらのコストを信託報酬に含めている他ファンドと比較して「信託報酬」は低水準である。
【参考】
なお、現時点では、三菱UFJアセットマネジメントが設定する「eMAXIS Slim全世界株式(オール・カントリー)」も2023年9月8日付けで信託報酬を年率0.5775%(税込)に引き下げており、また同ファンドの「その他の手数料等」は0.03%程度(同「交付運用報告書」3頁)であることを踏まえると、コスト面では拮抗している。
小括
このように、本改定後にも、各種コストを「信託報酬等」に含めるのか、あるいは「その他の手数料等」に含めるのか、投資信託委託会社の判断次第となる。
交付目論見書や有価証券届出書をよく確認すれば信託報酬以外にも相応のコストがかかることはわかるが、信託報酬のみで判断しようとすると思わぬ不利益を被る可能性がある。
以上