【雑感】沼津市と沼津市議の土地巡る争いについて
本稿のねらい
沼津市は、第2回(令和5年9月)定例会に「議第40号 不当利得返還等請求事件の提訴」を盛り込んだ議案(本議案)を提出した。
本議案は、各種報道等によれば、沼津市が、同市の山下富美子議員(山下市議)が同市の土地(公有財産)を私的な有料駐車場とし、不当な利益を得ていたとして、山下市議に対し不当利得返還等を求めて提訴(本件訴え)するための議案とのことである。
色々読んでいくと、本件、様々な法的論点があり、非常に興味深く思っている。そこで、本件に関する筆者の雑感を述べていくことにする。ちなみに、証拠が公開されているわけではないため、どちらの言い分が正しいかということには踏み込まない(どっちでもいい)。
主なお題目は次のとおりである(他にもあるかもしれないが)。
不当利得返還請求でいいのか?
山下市議側の反論の余地は?
公有財産に取得時効は成立するのか?
本件訴えの性質
(1) 不当利得返還請求?
本議案によれば、本件訴えの性質は「不当利得返還等請求」とのことであり、訴訟物は不当利得返還請求権(民法第703条)と利息請求権(同法第704条)であると思われる。(何らかの物権的請求もあるのか?)
報道等によれば、沼津市の主張では、同市が1993年に橋の拡幅工事に伴い取得した土地(本件係争地)は山下市議の自宅敷地に隣接しているところ、山下市議が本件係争地を車2台分の有料駐車場として貸し出していたとのことである(NHK「 “沼津市議が市有地を有料駐車場に”市が提訴の方針」)。
少なくとも沼津市の主張によれば、同市の所有に属する本件係争地が、法律上の原因なく山下市議により使用収益されていたことになり、類型論的には「侵害利得」の類型である。
類型論の侵害利得として考えると、本件のような価値返還のケースでは、民法第703条や同法第704条に基づく請求ではなく、同法第189条や同法第190条に基づく利益返還請求となるのではないかと思われる(この場合、法定利率による利息は取れないがやむを得ない)。
なお、公平(衡平)論的に考えると、本件のようなケースで、本件係争地に何らかのダメージがあったという事実は出てきておらず、沼津市側に何らかの「損失」(民法第703条)が認められないように思われ、請求原因が成り立たないように思われる。
仮に、「損失」もあり山下市議が本件係争地を使用収益する「法律上の原因」(民法第703条)がないとして、不当利得返還請求の請求原因が成り立つとしても、山下市議が本件係争地から得ていた金額全額の返還が認められるかは別の問題である(⇨(2)準事務管理?)。
(2) 準事務管理?
例えば、本件係争地を有料駐車場とした場合の一般的な料金は、月額5000円/台であるのに、山下市議が何らかの投資や才覚等により月額7000円/台(山下市議のブログによると、沼津市側は月額7000円/台として請求している模様)で運営していたとすると、どうなるだろうか。
一般的な料金である月額5000円/台と実際の料金月額7000円/台の差額である月額2000円/台に関して、不当利得返還請求として返還を求めることは難しい。
つまり、月額5000円/台の部分に関しては、「損失」といえる(公平論)、又は「侵害利得」といえる(類型論)としても、それを超えた月額2000円/台の部分については、権利者にとっても "棚からぼた餅" であり、常に権利者に帰属させるべきか問題となる。
そこで、講学上有名なのは「準事務管理」の "理屈" である。
ここで「準事務管理」とは、本来、事務管理は利他的な意思をもって他人のための事務を行った場合に、当該他人に対し費用償還請求等が可能となる制度であり(民法第697条から第702条)、事務管理の成立において特に重要な利他的な意思を欠く場合には事務管理は成立しないところ、事務管理に準ずる(?)として事務管理に関するルール(特に費用償還請求)を認めることができるという "理屈" である。
事務管理は、あくまで(私有財産制の下では本来は認められないはずの)利他的行動を容認する制度であり、したがって利他的な意思の存在は事務管理の成立にとって最も重要である。にもかかわらず、利他的な意思や行動なく事務管理に準じたルールを適用する根拠がまったくない。(ただのルールの横流しである)
ドイツ民法を参考にした "理屈" のようであるが、我が国の特許法第102条等知的財産法分野において明文化されているわけではないため、我が国においては難しいと思われる。
なお、このような場面においては、不法行為に基づく損害賠償請求(民法第709条)も難しい。つまり、「損害」論の問題となるが、「損失」の問題同様、月額7000円/台が沼津市の損害とは言い難いのである。
山下市議側の反論の余地
報道等によれば、本件係争地の登記名義は今もなお沼津市にあるとのことである。
本件係争地にかかる登記名義が沼津市に残っているからといって、現時点においてもなお同市が本件係争地の所有権を有するというわけではない(登記には公示の機能しかない)。
そのため、「登記が一番の根拠」というのは些かミスリードだが、とはいえ、登記名義人である沼津市から本件係争地の所有権等使用収益権原がない、つまり「法律上の原因」がないとして不当利得返還請求(民法第703条)を受けた山下市議としては、実質的には、自己に「法律上の原因」があることを主張し、ある程度の証明が必要となる。
なお、この点は、民法第189条・第190条に基づく利益返還請求を行われる場合にも影響がある。
(1) 売買等契約の成立
山下市議のブログによれば、本件係争地を巡り、次のような事実があるとのことである。
1993(平成5)年2月8日付けの土地売買契約書がある
その契約当事者は当時の沼津市長と山下市議の父
なお、報道等によれば、次の点が争点とのことである。
たしかに、本件係争地の売買や交換に関する契約書などが見つかり、それらの契約の成立が認められるのであれば、いうことはない。
上記のとおり、山下市議によれば、印紙に割印(消印)までされている、本件係争地にかかる土地売買契約などが見つかったとのことである。
そうすると、あとは証拠の真正性のみが問題となる。
(2) 時効取得
市議という立場もあることから、事実上、本件係争地を山下市議やその親などが適正に取得した原因(売買等)を主張するしかないという気もするが、より直截的で簡易な原因は時効取得である。
短期時効取得(民法第162条第2項)なら10年間、長期時効取得(同条第1項)なら20年間、所有の意思をもって平穏かつ公然と本件係争地を占有していれば、その所有権を取得する。そして、その効力は起算点に遡ることになる(同法第144条)。
そうすると、次に問題となるのは公有財産に関しても民法上の時効取得は成立するのかという点である。
この問題に関しては、次の判例があり、国有財産法上の「公共用財産」(水路)に関して民法上の時効取得が成立することを認めた。
理屈はよくわからないが、国有財産のうち少なくとも「行政財産」の1つである「公共用財産」(国有財産法第3条)に関しては、単に所有の意思をもって平穏かつ公然と占有を継続するだけでは足りず、「黙示的に公用が廃止された」といえることが必要となるようである。
また、同様の判例もあり、同じく国有財産法上の「公共用財産」(道路)に関して民法上の時効取得が成立することを認めた(規範部分は上記最判昭和51年12月24日と同じ)。
報道等によれば、本件係争地の状態は、次のとおりとされている。
このような状況で30年近く本件係争地(上図では「市有地」と決め打ちされているが)が山下市議やその親により占有継続されていれば、仮に本件係争地に関して売買等が成立していないとしても、「黙示的に公用が廃止された」として、公有財産(地方自治法上第238条第1項)としての本件係争地にも時効取得が成立するように思われる。
山下市議のブログでも、これらの判例を意識したような記載も見受けられる。
そうすると、疑問は3点である。
なぜ平成5年頃にあったという本件係争地にかかる売買契約の後、直ちに所有権移転登記手続が行われなかったのか
山下市議は親から本件係争地を相続したものと思われるが、その際に相続登記手続をしなかったのはなぜか
平成5年頃から現時点までの固定資産税はどうなっているのか
なお、相続税云々の疑問もあるかもしれない。
一応、民法第186条第1項により、占有者は所有の意思で占有することが推定されているが、時効取得を争う者(本件では沼津市)が山下市議やその親の占有が所有の意思によらないものであることを証明した場合、私有地であれ公有財産である土地であれ、いずれにせよ時効取得は成立しない。
この点、判例により、所有の意思の判断基準が示されている。
また、上記最判平成8年11月12日の事案では、次のように当てはめが行われている。
【論点&オチ】
【所有権移転登記手続を求めなかった点】
【固定資産税を負担していなかった点】
本件では、本件係争地の登記簿上の名義人は沼津市であり、占有者である山下市議やその親との人的関係は検討するまでもなく、所有権移転登記手続を求めなかったとして異常な態度であるとはいえない状況ではない。(親族間であるわけでもなし、普通登記手続する)
また、本件係争地は両脇を山下市議の私有地に囲まれ、そこを通らなければ到達できないものの、本件係争地が山下市議の私有地だとすれば、特段利用に支障はないわけであり、月額7000/台×2台の料金を生む土地であることも踏まえれば、資産の価値として著しく低いとはいえないように思われる。
そうすると、沼津市としては、これらの合せ技、あるいは別の事情もあるかもしれないが、それら他主占有事情を主張立証することで対抗することになるのだろう。
以上
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