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【株式報酬】株式報酬の発行環境を改善する会社法・金融商品取引法制の見直し!?
本稿のねらい
2024年6月21日、政府は規制改革実施計画(2024年規制改革実施計画)を定め、その中で「スタートアップの更なる成長」「海外活力の取り込み・内外人材活用」という文脈において、「株式報酬の発行環境を改善する会社法制・金融商品取引法制の見直し」として次の3点の実施を計画した。
従業員等に対する株式報酬の無償交付を可能とする会社法の見直し
株式報酬の発行円滑化に向けた金融商品取引法制の見直し
ストックオプションプールの実現に向けた産業競争力強化法の見直し
このうち3点目のストックオプションプール関連の法改正は既に実現され、あとは施行を待つのみとなっている(おそらく2024年9月1日施行だろう)。
なお、「募集新株予約権(中略)の発行に関し、株主の利益の確保に配慮しつつ産業競争力を強化することに資する場合として経済産業省令・法務省令で定める要件」(産業競争力強化法第21条の19第1項)として、いわゆる省令要件の公表はいまだされていないが、遅くとも今月中には公表・パブコメが実施されると思われる。
本稿では、既に措置済みの上記3.以外の株式報酬の見直しに関する2点について概説する。なお、その前に「株式報酬」とはなにかという点につき簡単におさらいする。
株式報酬とは
株式報酬の定義・種類
株式報酬について法令上の定義があるわけではないが、一般的には次のような定義がされている。
「株式報酬」とは、インセンティブ報酬の一部であり、対象者に株式または新株予約権を提供するものを指す。企業はSOやRSに限らず、譲渡制限付株式ユニット(RSU: Restricted Stock Unit)や持株会など様々な報酬制度を役員と従業員に対して使い分けている。代表的な類型を図表1で整理する。
「役員・従業員へのインセンティブ報酬制度の活用拡大に向けた提言」
![](https://assets.st-note.com/img/1720869569204-u1lyO4a83i.png?width=1200)
「役員・従業員へのインセンティブ報酬制度の活用拡大に向けた提言」
なお、従業員に対する株式報酬の文脈でいう「報酬」とは「雇用、請負、委任等の対価として支払われる金銭や物品を指す。給与や賞与に加えて、福利厚生も含む」とされており、必ずしも「賃金」として付与されるわけではない点に留意が必要(一般社団法人日本経済団体連合会「役員・従業員へのインセンティブ報酬制度の活用拡大に向けた提言」)。
【具体例】RSU・PSU
https://www.sony.com/ja/SonyInfo/DiscoverSony/articles/202305/RSU/
【具体例】株式交付信託
従業員に対する株式報酬導入の意義
一般的には次のような効果を期待して従業員に対する株式報酬が導入されるようである。なお、下記③④は、株式報酬の設計上、一定期間の在職条件等の譲渡制限を付す前提での効果である。
①企業価値や株価に対する意識を高める
②エンゲージメントの向上
⇛人材の価値を引き出しながら企業価値を高めていくことが可能
③長期での企業価値向上を意識付ける
④優秀な人材の引き留め(リテンション)を図る
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「第6回 スタートアップ・投資ワーキング・グループ」【資料3】7頁
【参考】株式報酬(RS)とストックオプションの違い
![](https://assets.st-note.com/img/1720877333804-eGp2cAfzU4.png?width=1200)
「第11回 スタートアップ・イノベーションワーキング・グループ」【資料4】3頁
会社法の見直し
2024年規制改革実施計画の内容
法務省は、会社法上、株式そのものを付与する株式報酬の無償交付は上場会社の取締役又は執行役の場合のみに限られ、従業員又は子会社役職員(以下「従業員等」という。)には無償交付することが許されない現行法制について、企業が優秀な人材を円滑に確保しやすくする観点から、従業員等に対する無償交付が可能となるよう、会社法の改正を検討し、法制審議会への諮問等を行い、結論を得次第、法案を国会に提出する。
なお、株式報酬の無償交付に当たっての既存株主への配慮については、自身への報酬について不当に有利な額とするおそれがある役員報酬と異なり、従業員報酬は経営判断の範疇と整理し得るとの意見等を踏まえ、株主総会決議を不要とすることも含め検討する。
この従業員又は子会社役職員に対する株式報酬に関する会社法の改正案(会社法改正案)については、所管は法務省とされ、「令和6年度中に法制審議会への諮問等を行い、速やかに結論を得て措置」とされているが、現時点ではまだ法制審議会への諮問は行われていない。
会社法改正案は、直截的には、規制改革推進会議「第6回 スタートアップ・投資ワーキング・グループ」の議論を経て出されたものである。
上記会社法改正案にある「株式報酬の無償交付に当たっての既存株主への配慮については、自身への報酬について不当に有利な額とするおそれがある役員報酬と異なり、従業員報酬は経営判断の範疇と整理し得るとの意見」は、下記後藤委員の意見である。
現在、取締役に対して無償交付する場合に普通決議が361条で要求されているかと思いますが、これはあくまで役員報酬だから必要なわけであって、有利発行を代替するものではないはずです。取締役に対してどれだけ価値のあるものを渡すかということについては株主総会決議が要るというのが日本の法制であって、その中にのせているだけということになるかと思います。従業員に対して幾ら出すかというのは取締役会が経営判断として決めるべき事柄であって、それはあげるものが金銭なのか、株式なのかによっては基本的には変わらないはずと思います。
議事録14-15頁(後藤委員発言)
この点、上記後藤委員の意見は「このような評価は本研究会におけるこれまでの議論とは相当異なっている」とされており(会社法制に関する研究会第11回議事要旨1頁)、暗礁に乗り上げそうな雰囲気である。
つまり、取締役に対する役員報酬として、金銭の払い込みを要しない募集株式の無償交付が有利発行に該当しないとされているのは、会社法第361条の報酬規制に基づき募集株式が発行されているため、すなわち報酬規制の範囲内の募集株式の付与は類型的に有利発行ではないと考えられているためであるが、そうだとすると、従業員の場合は報酬規制のような法的枠組みがないことから、類型的に有利発行ではないと言い切るのは困難という意見もあり得るところである。
本来は取締役が善管注意義務をきちんと果たすのであれば取締役限りでできることを、わざわざ株主総会の普通決議を要求することにより従業員の労務の過大評価を制御するという考え方
しかし、そもそも会社法第361条が取締役の報酬規制を定めているのは、いわゆる「お手盛り」の防止のためであるが、従業員の労務又はインセンティブの価値を従業員本人ではなく取締役が判断し、それに見合う株式報酬を付与するという本件の文脈において、「従業員の労務の過大評価を制御」することは果たして必要だろうか。各取締役がそれぞれの善管注意義務のもとに従業員に対する株式報酬規程(『「攻めの経営」を促す役員報酬-企業の持続的成長のためのインセンティブプラン導入の手引-』163頁参照)を定め、それに沿った運用を行う限りにおいて、十分制御可能だと思われる。
現状の規律
2019年会社法改正により、上場会社の取締役又は執行役に対する役員報酬として、金銭の払い込みを要しない募集株式の無償交付(募集株式無償交付)が認められるようになった(会社法第202条の2)。
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(取締役の報酬等に係る募集事項の決定の特則)
第202条の2 金融商品取引法第2条第16項に規定する金融商品取引所に上場されている株式を発行している株式会社は、定款又は株主総会の決議による第361条第1項第3号に掲げる事項についての定めに従いその発行する株式又はその処分する自己株式を引き受ける者の募集をするときは、第199条第1項第2号及び第4号に掲げる事項を定めることを要しない。この場合において、当該株式会社は、募集株式について次に掲げる事項を定めなければならない。
一 取締役の報酬等(第361条第1項に規定する報酬等をいう。第236条第3項第1号において同じ。)として当該募集に係る株式の発行又は自己株式の処分をするものであり、募集株式と引換えにする金銭の払込み又は第199条第1項第3号の財産の給付を要しない旨
二 募集株式を割り当てる日(以下この節において「割当日」という。)
2 前項各号に掲げる事項を定めた場合における第199条第2項の規定の適用については、同項中「前項各号」とあるのは、「前項各号(第2号及び第4号を除く。)及び第202条の2第1項各号」とする。この場合においては、第200条及び前条の規定は、適用しない。
他方で、現行会社法のもとでは、上場会社の取締役でない従業員又は当該上場会社の子会社の役職員については、募集株式無償交付のルールは設けられていない。
上場会社 ∧ 取締役又は執行役 ⇛ 募集株式無償交付 ○
上場会社 ∧ 従業員等 ⇛ 募集株式無償交付 ×
非上場会社 ∧ 取締役以又は執行役 ⇛ 募集株式無償交付 ✕
非上場会社 ∧ 従業員等 ⇛ 募集株式無償交付 ✕
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「第6回 スタートアップ・投資ワーキング・グループ」【資料1】18頁
このように、上場会社の取締役又は執行役に限り募集株式無償交付が許容されたのは、次の2つの理由による。
取締役又は執行役の報酬規制の存在(会社法第361条、同法第409条第3条第3号)(⇛有利発行該当性否定)
市場株価(公正価値)の存在
この点、会社が従業員等に対して金銭債権を付与し、当該金銭債権を対価とする現物出資を受けて株式を交付する方法(現物出資構成)により、会社の従業員等に対しても実質的な募集株式無償交付を実現することは、上場会社か非上場会社かを問わずに可能であるものの、現物出資構成は理解されづらいという問題点や運用が煩雑であるとの問題点がある。
そこで、「上場会社の取締役・執行役のみならず、上場会社の従業員および子会社の役員・従業員に対しても、報酬としての株式の無償交付を認めるべきである」と提言されている(一般社団法人日本経済団体連合会「役員・従業員へのインセンティブ報酬制度の活用拡大に向けた提言」)。
上記経団連の提言は、上場会社のグループ会社に位置付けられていない、いわゆるスタートアップの取締役や従業員等に対する募集株式無償交付を可能にすることは意図していない。
なお、従業員に対する株式交付については、付与される募集株式が労働基準法上の「賃金」(同法第11条)に該当するかどうか、つまり通貨払いの原則(同法第24条第1項)への抵触が問題となるが、福利厚生の範囲内のものとして整理されるのが通常である。一方で、福利厚生では有利発行該当性を回避できないとして、労働法制を変更し、従業員に対する株式交付について正面から労働対価性を認めていく考え方や、有能な従業員を引きつけるためのインセンティブとして機能しているものであるから、福利厚生の枠組みの中であっても有利発行該当性を回避できるという考え方もある。
従業員向けの自社株報酬については、一定の要件を満たす場合は、通常、「福利厚生施設」に該当するものと解することが可能であると考えられるが、従来から金銭で支払っている給料の代替として付与することはできず、上乗せに伴う費用がかかる点には留意が必要である。
なお、上記の一定の要件を満たす場合とは、以下の3つの要件を全て満たす場合を指す。
a. 通貨による賃金等(退職金などの支給が期待されている貨幣賃金を含む。以下同じ。)を減額することなく付加的に付与されるものであること。
b. 労働契約や就業規則において賃金等として支給されるものとされていないこと。
c. 通貨による賃金等の額を合算した水準と、スキーム導入時点の株価を比較して、労働の対償全体の中で、前者が労働者が受ける利益の主たるものであること。
会社法の見直しに向けた動き
筆者が把握している限りでは、会社法の見直しに向けた動きとして、2022年以降、次の5つがあった(順不同)。
公益社団法人商事法務研究会における「会社法制に関する研究会」
規制改革推進会議「第6回 スタートアップ・投資ワーキング・グループ」
CGSガイドライン改訂
2022年7月19日付けでCGSガイドラインが改訂され、「5. 経営陣のリーダーシップ強化の在り方」に「5.5 幹部候補人材の育成・エンゲージメント向上」という項が新たに設けられ、その中で、執行役員レベルのみならず、中堅の幹部候補の従業員についても株式報酬の付与対象に含めることが示された。
ここでは、主に、従業員に対する株式報酬と労働基準法の「賃金の通貨払いの原則」との関係が整理された。
5.5. 幹部候補人材の育成・エンゲージメント向上
将来の幹部候補となる人材プールを作り、意識的に育成していくことが重要である。自社株報酬や持株会の活用は幹部候補に対する動機付けとして有益であり、人的資本投資の拡大にも資するものである。(中略)
加えて、幹部候補人材に対し自社株報酬の付与や持株会への参加を促すことは、早い段階から企業価値や株価に対する意識を高める効果や、エンゲージメントの向上効果が期待でき、人材の価値を引き出しながら企業価値を高めていく上で意義がある。また、自社株報酬の設計において、一定期間の在職条件などの譲渡制限を付すこととすれば、長期での企業価値向上を意識付けることや、優秀な人材の引き留め(リテンション)を図ることもできる。
このため、報酬設計において、これまでも自社株報酬が付与されていることが多い執行役員に加え、中堅の幹部候補等も自社株報酬の付与対象に含めることも考えられる。
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「第11回 スタートアップ・イノベーションワーキング・グループ」【資料6】8頁
役員報酬手引改訂
2023年3月21日付けで役員報酬手引が改訂された。これは、上記CGSガイドラインの改訂を踏まえたもので、特に、「従業員に自社株報酬を付与する場合のQ&Aの追加を中心」としたものである(経済産業省ウェブサイト)。
これにより、「第5 従業員に対する株式報酬の付与に関するQ&A」という項が設けられ、Q78からQ83までにおいて従業員に対する株式報酬の意義や選択肢、その他懸念点等の質疑応答が記載されている。
Q81 従業員に株式報酬を交付する際、役員を対象にする場合と比較して異なる点はありますか。(中略)
(2)会社法との関係
役員等が対象の場合には、株主総会や報酬委員会において役員報酬にかかる決議を行う必要がありますが、従業員が対象となる場合には不要となります(⇒役員等についてはQ8を参照)。
また、従業員が対象となる場合には、会社法上、株式を無償交付することができないため、自社の株式を株式報酬として交付する場合、現物出資型を前提とすることが考えられます。会社法上の取扱いを踏まえた基本的な流れは以下の通りです(ストックオプションについても類似の規律があります。株式交付信託については、信託に対して新株の発行又は自己株式の処分を行う場合に、取締役会において募集株式の第三者割当てを決議する必要があります)。なお、以下の流れは、いずれも有利発行に該当しない場合、かつ、種類株式を発行していない会社を前提としています。
① 取締役会等において、従業員個人に対する株式報酬相当の金銭報酬債権の付与等を決議(従業員に給与等を支給する際の各社の手続きに準じます)
② 取締役会において、従業員を引受人とする募集株式の第三者割当て(新株の発行又は自己株式の処分)を決議
③ 払込期日において、各従業員による上記①の金銭報酬債権の現物出資と引換えに、各従業員に株式を交付
経団連による規制改革要望・提言
2023年9月12日付けの「2023年度規制改革要望」のNo.47に「株式の無償交付の従業員等への拡大」という項目が追加され(※)、上場会社の従業員や子会社の役職員に対する募集株式無償交付を認めるよう示された。2024年1月16日付けの「役員・従業員へのインセンティブ報酬制度の活用拡大に向けた提言」でも同様の要望が維持されている。
※「2022年度規制改革要望」にも株式報酬関連の項目はあったが(No.23, No.24)、それらは会社法の見直しに向けた要望というより、インサイダー取引規制や開示規制の緩和を求めるものであった。
上場会社の従業員に対して株式の無償交付ができないため、会社が対象者に対して金銭債権を付与したのち、当該債権の払込みと引き換えに株式を交付するという現物出資形式が採用されている。しかし、現物出資形式では、株式交付の対象者が具体的な内容を理解しにくいという問題点がある。
子会社の役職員への株式報酬については、子会社が役職員に付与する金銭債権に対して、親会社が子会社の債務を併存的に引き受け子会社と連帯して履行する契約を締結している。この契約に基づき、親会社は金銭債権と引き換えに子会社の役職員に株式を交付した後、子会社ごとに金銭債務額を求償する必要があり、運用が煩雑である。(中略)
そこで、上記の課題を解決するため、上場会社の取締役・執行役のみならず、上場会社の従業員および子会社の役職員に対しても、株式の無償交付を認めるべきである。
会社法制に関する研究会
公益社団法人商事法務研究会に設置された会社法制に関する研究会の第8回において、「株式の無償交付の従業員等への拡大」が(突如)検討事項に追加された(資料8)。
令和元年改正会社法により、上場会社の取締役に対しては、役員報酬としての株式の無償交付(金銭の払い込みを要しないこと)が認められたものの(会社法第202条の2)、取締役でない従業員、子会社の役職員については、取締役と同様の規律を設けることとはされなかったが、この点については、上場会社の従業員、子会社の役職員に対しても、株式の無償交付を認めるべきであるとの指摘がある。
このような指摘を踏まえ、無償交付の従業員等への拡大を検討するに当たり、既存株主や債権者の利益の保護、有利発行規制との関係、無償交付の対象者の範囲、対象となる株式会社の範囲等についてどのように考えるか。
A:従業員等に対して金銭の払込み等を要しない旨を定めて募集株式を発行することを許容するとともに、有利発行規制を及ぼそうとするものであり、既存株主の利益の保護について、有利発行規制によって対応しようとするもの。
B:従業員等に対して金銭の払込み等を要しない旨を定めて募集株式を発行することを許容することとした上で、有利発行規制を及ぼすとともに、従業員等に対して金銭の払込み等を要しない旨を定めて発行する募集株式の数の上限を株主総会の決議によって定めることができるものとし、その定めに従うときは有利発行規制を及ぼさないというものであり、既存株主の利益の保護について、有利発行規制又は株主総会の決議によって定める募集株式の数の上限の定めのいずれかによって対応しようとするもの。
C: 従業員等に対して金銭の払込み等を要しない旨を定めて発行する募集株式の数の上限を株主総会の決議によって定めることができるものとし、その定めに従うときは金銭の払込み等を要しない旨を定めて募集株式を発行することを許容するというものであり、既存株主の利益の保護について、株主総会の決議によって定める募集株式の数の上限の定めによって対応しようとするもの。
規制改革推進会議「第6回 スタートアップ・投資ワーキング・グループ」
上記会社法制に関する研究会の検討内容を踏まえ、従業員に対する募集株式無償交付制度について、主に2つの観点から議論が進められていた。
つまり、①募集株式の無償交付の可否(すなわち会社法第202条の2第1項のように募集株式の払込金額の定めを要しないとすることの可否)と②それが有利発行に該当するか否か、この2点である(※)。
※この点、従業員に対する株式報酬を付与するにあたり株主総会決議を要するとするか否かについても会社法上の論点である。しかし、上場会社(もっといえば公開会社)以外の会社は議論の対象となっていなそうである。そのため、対象は上場会社(公開会社)であり、有利発行に該当しない限り募集事項の決定を取締役会で行うことができる(会社法第201条第1項)。
そうすると、結局、従業員に対する募集株式無償交付が有利発行に該当するのかどうか、有利発行に該当する可能性を踏まえて既存株主保護のため一定の株主総会決議を要するとするかが論点となり、上記②に集約される。
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「第6回 スタートアップ・投資ワーキング・グループ」【資料2】
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「第6回 スタートアップ・投資ワーキング・グループ」【資料1】27頁
金融商品取引法制の見直し
2024年規制改革実施計画の内容
a 金融庁は、金融商品取引法(昭和23年法律第25号)上、企業が1億円以上の有価証券を発行する際にも有価証券届出書の提出を不要とする特例制度(金融商品取引法施行令(昭和40年政令第321号)第2条の12。以下「特例」という。)に関し、コーポレートガバナンス強化及び人材確保に資するよう、その活用範囲拡大、利便性向上によって株式報酬の発行を円滑化するため、以下を内容とする同施行令の改正等を検討し、結論を得次第、必要な措置を行う。
①特例の活用が可能となる株式報酬について、現行の譲渡制限付株式(RS)、ストックオプションに加え、これらと同等の経済的意義がある譲渡制限付株式ユニット(RSU)、パフォーマンスシェアユニット(PSU)、信託型株式報酬、従業員株式所有制度といった株式報酬類型を新設する。
②特例の活用が可能となる付与対象者の範囲について、現行、発行企業と発行企業の完全子会社の役職員に限定されているところ、戦略的な企業経営の実態も考慮し、完全子会社ではない子会社の役職員にも拡張する。
③RSに関し、特例の活用が可能となる、交付を受けることとなる日の属する事業年度経過後3月(外国会社にあっては6月)を超える期間(以下「所定期間」という。)譲渡が禁止される旨の制限という要件について、所定期間の合理性の有無を検証し見直しを行う。
この株式報酬の発行を円滑化するための開示規制の特例制度に関する金融商品取引法制の改正案(金商法制改正案)については、所管は金融庁とされ、「令和6年度上期中に結論を得て速やかに措置」とされており、RSU・PSU・株式交付信託といった事後交付型株式報酬の開示規制については、2024年規制改革実施計画公表の半年以上前である2023年12月12日に公表された金融審議会「市場制度ワーキング・グループ」・同「資産運用に関するタスクフォース」の報告書において、下記のとおり整備されることが提言されている(金融庁ウェブサイト)。
株式報酬のうち、RSU(譲渡制限付株式ユニット)、PSU(業績連動型株式ユニット)、株式交付信託といった事後交付型株式報酬については、現行実務上、情報開示のタイミングや開示書類に差異が見られ、開示規制の解釈をめぐる企業の実務が安定していないことから導入しづらいとの指摘がある。 このため、事後交付型株式報酬に係る開示規制を明確化する観点から、株式報酬導入の開始時点である「株式報酬規程等を定めて取締役等に通知を行う行為」を有価証券の取得勧誘の端緒と捉え、当該行為が、有価証券の募集又は売出しに該当すると整理することが適当である。
また、事後交付型株式報酬は、会社から取締役等に対して他者へ譲渡できない形で報酬を前払いするという点でストック・オプションやRS(譲渡制限付株式)の経済的性質と類似していることを踏まえ、ストック・オプション及びRSと同様、有価証券届出書の提出に代えて臨時報告書の提出を認める特例を設けることが適当である。
なお、金商法制改正案は、会社法改正案とは異なり、必ずしも従業員に対する株式報酬のみを対象とするのではなく、役員に対する株式報酬も含むものである点に注意が必要である。
現状の規律
現状の開示規制においては、上記のとおり、譲渡制限付株式(Restricted Stock: RS)やストックオプションについては、発行価額の総額が1億円以上となる場合にも有価証券届出書の提出を不要とする特例制度(金融商品取引法第4条第1項第1号、同法施行令第2条の12第1号・第2号)が用意されている。
特例制度の詳細は以前の記事を参照されたいが、特例制度の適用を受ける要件は次の2点である(2019年6月21日公表パブコメにかかる金融庁ウェブサイトも参照)。
上場会社等又はその完全子会社等の役職員に対して付与すること
交付を受ける日が属する事業年度の経過後3か月超の期間の譲渡禁止制限が付された株式を付与すること
つまり、付与対象者の制限と所定の譲渡制限期間の2点が特例制度の適用要件であるが、これは「募集・売出しの相手方が、会社情報を既に取得し又は容易に取得することができる場合(相手方を取締役等に限定)であって、譲渡制限により一般投資家に一定期間流通しないときは、投資家保護に欠けることがないため、有価証券届出書の提出を不要とし臨時報告書(有価証券の情報のみを記載)の提出で足りる」(規制改革推進会議「第11回 スタートアップ・イノベーションワーキング・グループ」【資料5】2頁)と考えられたためである。
金商法制改正案のa.②③はこの適用要件のいずれも緩和する趣旨である。
【参考】RSの開示規制
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「第11回 スタートアップ・イノベーションワーキング・グループ」【資料4】5頁
【参考】株式報酬の類型ごとの開示規制
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「第11回 スタートアップ・イノベーションワーキング・グループ」【資料6】12頁
金商法制の見直しに向けた動き
筆者が把握している限りでは、金商法制の見直しに向けた動きとして、2023年以降、次の3つがあった(順不同)。
2023年規制改革実施計画(規制改革推進会議「第11回 スタートアップ・イノベーションワーキング・グループ」)
2023年規制改革実施計画
b 金融庁は、株式報酬が、中長期的な企業の業績や潜在的リスクを反映させ、健全な起業家精神の発揮に資するインセンティブとして、コーポレートガバナンス強化の一環となること、また、企業における優秀人材の確保といった人事戦略に有用であることを認識の上、株式報酬は企業内の者に発行することが想定されることも踏まえ、開示規制における投資家保護の趣旨に鑑み、株式報酬の類型等に応じた開示規制の在り方を検討する。
経団連による規制改革要望・提言
2023年9月12日付けの「2023年度規制改革要望」No.48に「RSUの権利確定時における開示書類の提出の不要化等」という項目がある。
RSU(譲渡制限付株式ユニット)は、一定の在籍期間後に株式を交付される権利である。
RSUの付与がインサイダー取引規制における重要事実に該当しうるため、コーポレートアクションに影響が出ないように、発行登録制度を利用して、事前にRSUの付与について開示している企業がある。その場合、RSU付与時における発行登録書提出と、RSUの権利確定時(株式交付時)における追補書類提出の2度にわたり、開示を実施する必要性が生じている。
そこで、米国のForm S-8にならい、RSUの付与時に株式の発行または処分に必要な届出を行うことで、権利確定時の届出を不要とする新たな開示様式の創設等をすべきである。
これにより、企業におけるRSUの利用が広がり、人の活躍促進に資するとともに、国内外の優秀な人材の採用競争力強化につながる。
2024年1月16日付けの「役員・従業員へのインセンティブ報酬制度の活用拡大に向けた提言」においては次のとおり、金融審議会 市場制度ワーキング・グループ・資産運用に関するタスクフォース 報告書同様の提言がなされている。
実務負担を軽減する観点から、株式報酬の各類型について提出書類を揃えるべきである。SOおよびRSでは、発行価額が1億円以上となる場合でも、一定の要件を満たせば有価証券届出書の提出が不要となり、代わりに臨時報告書を提出すればよいこととされている。資産運用TF報告書で提案されているように、RSUおよび株式交付信託についても同様の特例を認めるべきである#15。その際、完全子会社でない子会社および関連会社の役員・従業員への株式報酬も特例の対象に含めることが望ましい。
「役員・従業員へのインセンティブ報酬制度の活用拡大に向けた提言」
以上