招かざる訪問者との物語13
【新入社員研修 MRコンプライアンス研修に向けて】
今年の新入社員研修は、栃木県那須塩原駅から車で15分の市内中心部に位置する温泉ホテルで行われている。
高山は、自宅から始発のバスに乗り、荻窪駅から中央線で東京駅より東北新幹線に乗った。およそ1時間半で8時には研修施設のホテルに着くことが出来た。
那須高原の裾野に位置する那須塩原市は、温泉もあり、近隣には、ゴルフ場も多く、風光明媚な田舎町といった所だ。ホテルの近くには、コンビニやスーパー、食堂、居酒屋などもあるので、長期滞在するには、便利の良い場所と言える。
4月に入社した13名は、ここで半年間の新人研修を受け、MRに必要な様々な知識と教養、正しい判断能力を身に付けるのだ。
製薬メーカーMR(医薬情報担当者)は、その名の通り、医薬品の適正な使用に資するために、医療関係者を訪問すること等により安全管理情報を収集し、提供することを主な業務として行う者をいう。正に医師や薬剤師、看護師など高い専門性を身に付けている医療従事者に自社医薬品に対する適正使用、特に安全性情報を提供収集することが職責なのだ。
彼ら13名の内、薬剤師は5名、その他は、文系と理系と出身学部も多様なメンバーである。
研修では、10月の正式配属、そして毎年12月に行われる、MR認定試験を目指して、医薬品情報・疾病と治療・医薬概論の3科目(MR認定証を取得するにはこれらの3科目すべてに合格する必要があるが、医師・歯科医師・薬剤師に限っては、医薬品情報・疾病と治療の受験が免除されている)の勉強を行なっている。
多くの製薬メーカーは、MR認定試験合格しMR認定証取得することを必須としており、各社、入社後、一定期間の研修が行われている。
一友製薬でも毎年、入社する営業部門配属者は半年間、研修施設での研修が行われる。
ここ2年間は、コロナウイルス感染症の影響の為、在宅研修が中心だったが、今年から通常通り、半年間、研修施設で集合形式で行われている。
もちろん、研修施設では、感染予防の観点から食堂での食事は、黙食が徹底され、研修会場も100人は入る大会議室を貸切、密にならないような対策が図られている。
高山は、ホテルに着くと研修会場隣りにある講師控室に向かった。
部屋には、半年間の新入社員研修を担当している鈴木雄介と田辺響子が朝礼の準備作業をしていた。
「鈴木くん、田辺さん、おはよう。今日のコンプライアンス研修宜しく。」高山は、控室に入るなり2人に声をかけた。
鈴木が作業の手を止めて、「高山さん、おはようございます。朝からご苦労様です。今日の研修、宜しくお願いします。頂いた資料は、受講者に事前配布しました。何か追加資料などありますか?」と聞いてきた。
高山は、リュックサックからパソコンを取り出しながら「特に追加資料は、無いけど、グループワークの班編成と今日の席次表は出来てますか?」と尋ねた。
鈴木の横で作業していた田辺響子が、「それなら印刷して起きました。」とテキパキと答え、高山にファイルを渡した。
鈴木雄介は、37歳で人事部で研修担当として4年目、研修全般のリーダーを務めている。気配り目配りが良く出来た若手ホープだ。
田辺響子は、30歳で人事部研修担当2年目、業務処理能力は極めて高く、正確にスピードある対応は信頼度、抜群である。
そこに、もう1人、研修担当者を務める堀籠巧が現れた。「高山さん、おはようさん。」
穏やに声をかけてきた。「堀籠さん、今日一日宜しくお願いします。」高山もそれに答えた。
基本的に、4月から鈴木君と田辺さん、そして今年4月から人事部に配属された堀籠巧さんの3人が、この研修施設に泊まり込みで指導育成に当たっているのだ。堀籠さんは60歳、定年を迎え雇用延長となり、研修担当者を勤めている。長年、営業所長として現場マネジメントに精通しており、良きご意見番である。
「来月から始まる、営業現場での実地研修に向けて、現在の新人達の仕上がり具合は、どうですか?」と高山は、彼らに尋ねた。
鈴木が「はい、今年の新入社員は、優秀ですよ。なかなか良い人材が揃っています。一言で言えば、適応力が高く器用に何でも熟せる印象です。ただ、例年に比べて少し大人しい印象です。」と微笑んだ。
「なるほど、それは頼もしいですね。今日はコンプライアンス研修ですので、MRの使命や職責について、改めて学んで頂き、来月からの実地研修に備えてもらえるように講義しますね。」と答えた。
朝、9時を迎えようとしている。いよいよコンプライアンス研修講義が始まる時間だ。
「よし!それでは行きますか!」
高山は、自分に言い聞かせるように、気合いを入れて、パソコンを片手に持ち、大会議室の扉を開けた。