招かざる訪問者との物語14
【新入社員研修 MRコンプライアンス研修 その2】
高山は、研修会場の扉を開けた。
会場は、バスケットコート一面分ほどある広い空間で100人以上は収容出来るだろう。
正面には、大きなスクリーンがあり、左裾側に演台とマイクが設置されている。
新入社員13名が1列目から4名、3名、3名で1人づつ長テーブルに座っている。
皆、神妙か面持ちで部屋に入ってきた私に注目していた。
コンプライアンス研修の担当講師を務める私に対して、彼らは、今日一日どんな研修が行われるのだろと興味ある眼差しを向けている。シーンと静まり返った部屋に緊張感が漂った。
そんな微妙な空気が流れる会場は、密にならないよう配慮した分、まばらに点在する新入社員達と演壇との距離が随時離れていると感じた。
彼らのコンプライアンスに対する正しい判断軸の種を蒔くことが今日一日の研修ゴールだ。
しっかりコミットするには普段以上の工夫が必要だろう。高山は、新入社員一人一人の顔を見回しながら大きく深呼吸した。
今年、入社した彼らは、二十代前半で俗に言うZ世代である。我が家の娘達と同世代の彼らは真新しいスーツ姿が初々しい。
日直担当の新入社員大石令子が演台横に立ち、朝礼を始めた。
「おはようございます。本日の日直担当の大石です。コロナウイルス感染者数が全国的に増加してきました。食事は黙食を心掛け、うがい手洗いを徹底しましょう。」
「今週末は、医薬品概論、疾病と治療についての社内中間試験がありますので、しっかり復習し試験一回で合格するように頑張りましょう。
今日は、人事部の高山さんにコンプライアンス研修の講義を行って頂きます。
皆さんご起立下さい。」
「高山さん、本日の研修宜しくお願いします!」
大石令子のキビキビした掛け声と共に、新入社員達が大きな声で挨拶した。
高山は、先程聞いていた、今年の新人達は、大人しいと聞いていたが、案外、みんな元気そうでホッとした。
新入社員の彼らは、製薬メーカーMRとして、様々な夢と希望を持って、この一友製薬に入社した。
コロナ禍を迎え、医療機関の訪問規制が強まる中で、MR情報提供活動も大きく変わってきた。医療従事者には、リアルとオンラインを併用した、より高度なコミュニケーションが求められている。
旧態然とした製品軸のアプローチでは無い、患者さん軸や疾病軸、更には地域医療に繋がる活動を通じて、信頼関係を構築していくことが求められている。
こうした活動の先に、自社医薬品を通じた医療貢献が、これからのMRの在るべき姿だと、高山は思う。
コンプライアンス遵守と言っても、その範囲は広範である。法規範や社則、業界ガイドラインなど様々なルールが求められるのだ。
こうした判断軸をしっかり身につけた中で、医療貢献を具現化する人材育成が、人事部コンプライアンス担当の高山に課せられた使命である。
高山の講義がスタートした。