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言葉の港(2024秋ピリカ受賞作)

老人は窓越しに海を見ていた。
「鉄の船」が去った後のさざ波が、港の静けさを際立たせた。

かつて、老人はこの港で働いていた。
次々に運ばれる積荷の中では、無数の文字がひしめきあって、口々におしゃべりをしていた。

文字は、他の文字と惹かれあって、言葉になった。

仲良しの文字同士は、物語になった。
愛し合う文字同士は、詩になった。
出稼ぎを望む文字同士は、情報になった。

くっついた言葉を、そっとつまむ。
一つずつ、「紙の船」に乗せる。
早朝から日が暮れるまで、ひたすらこの作業。
それが、彼の仕事だった。

乗った言葉に合わせて、船の色は変化した。

物語は、森色。
詩は、朝焼け色。
情報は、黄金色。

出航する「紙の船」が、水平線を越えるまで見送った。

あるとき、誰かが「鉄の船」を持ち込んだ。
「鉄の船」には、一度に多くの言葉が乗り込める。
そして、早く目的地に着ける。

一番に「鉄の船」に乗りたがったのは、情報たちだ。
「早く着けば、もっと稼げるぞ。」

物語や詩も、次第に「鉄の船」に乗りたがった。
「もっと早く、誰かに届けたいのです。」

彼に、止める術はない。

言葉たちは喜んで、「鉄の船」に乗り込んだ。
「鉄の船」に乗っても、色は変わらなかった。
言葉たちを一度に乗せ、瞬く間に去っていった。

紙の船に乗る言葉たちは、いなくなった。


老人は、今までのことを思い出していた。
すると、窓の外から、ささやく声が聞こえた。

「ごめんください。」
小さな2つの文字が、詩になっているのを見つけた。

「どうしましたか。」
「新婚旅行の時、紙の船に乗せてくれて、ありがとうございました。」

かつては、無数の言葉を船に乗せていたので、覚えていない。

「わざわざありがとう、それで、今日は…?」
「一緒に、紙の船に乗ってほしいんです。」

老人は、驚いた。
「私とですか…?」


「紙の船」は、老人が乗ってもわずかに撓むのみだった。
月夜の晩に、出航した。
「紙の船」は、朝焼け色になった。

海は、ずっとずっと、続いていた。
空は、闇を深くし、やがて明るくなり、朝日が差した。

詩が、老人にささやいた。
「あなたに、見てほしかったんです。」
「私に…。」
「いつも、見送ってばかりでしたでしょう。」

老人は、顔を上げて辺りを見渡した。
船着場に、無数の「紙の船」が集まっていた。
言葉たちは、「紙の船」に滲み、一体となっていた。

そして、無数の色が、視界の端から端まで広がっていた。

バターが溶ける色、夕闇色、炎の色、木漏れ日の色、すみれ色、霧の色、水平線色…

「長い旅の間で、私たちは、色を変えていくのです。」

老人は、水平線色の「紙の船」を拾い上げた。
文字が、このように滲んでいた。

言葉の港の かの人は
我らの色を まだ知らず

詩が、静かに言った。
「みんな、あなたに読まれたがっているのですよ。」


ここにある「紙の船」の言葉をすべて読む。
それが、老人の最後の仕事になった。

きっと、一生かかっても、終わらないだろう。

(1193文字)




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亜麻布みゆ
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