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超難解な推理小説!!「意識転移鏡像」

1章


歪んだ囁き
初夏の陽光が降り注ぐ午後、神藤葉羽は古びた洋館の前で立ち尽くしていた。蔦が絡みつき、所々崩れかけた外壁は、長い年月の風雨に晒された歴史を物語っている。かつては貴族の別荘だったというこの建物は、現在は私設の脳神経科学研究所として使われているらしい。しかし、近隣住民の間では不気味な噂が囁かれており、葉羽の好奇心を刺激していた。

「本当にこんなところに研究所があるんだね、葉羽くん」

隣に立つ幼馴染の望月彩由美が、不安げな表情で洋館を見上げる。彼女の言葉に、葉羽は小さく頷いた。

「ああ。でも、ただの研究所じゃないみたいだ。最近、この研究所の患者が立て続けに亡くなっているらしい。警察は病死と判断したらしいが……」

葉羽はそこで言葉を切り、周囲を見回した。鬱蒼と茂る木々に囲まれた洋館は、昼間でも薄暗く、どことなく陰鬱な雰囲気を漂わせている。

「どんな噂なの?」彩由美が不安げに尋ねた。

「亡くなった患者たちは、皆、昏睡状態だったらしい。そして、死ぬ直前に奇妙な言葉を呟いたり、不可解な行動をとったりしていたとか……」

葉羽は彩由美に聞こえないほどの声で呟いた。彼の脳裏には、街中で偶然耳にした噂話が蘇っていた。

「まるで、別の何かに体を乗っ取られたみたいだったって……」

その言葉を口にした瞬間、葉羽は背筋に冷たいものが走るのを感じた。科学が発達した現代において、そんな荒唐無稽な話が真実であるとは考えにくい。しかし、この洋館の異様な雰囲気は、彼の直感に何かを訴えかけてくる。

「ねえ、葉羽くん。そろそろ帰らない?」彩由美が不安そうに葉羽の袖を引いた。彼女の言う通り、この場所に長居するのは得策ではないかもしれない。

「ああ、そうだな。今日はここまでにしよう」

葉羽がそう言って踵を返した瞬間、彼の目に異様な光景が飛び込んできた。洋館の二階、薄暗い窓の奥に、一瞬、人影のようなものがよぎったのだ。しかし、それは普通の人間とは明らかに違っていた。歪んだ輪郭、異様に長い手足、まるで異形としか言いようのないシルエットだった。

「今、何か……」

葉羽が思わず呟いた瞬間、その影は掻き消えるように消えてしまった。まるで幻だったかのように。

「どうしたの、葉羽くん? 顔色が悪いけど……」

彩由美が心配そうに葉羽の顔を覗き込む。葉羽は動揺を悟られないよう、努めて平静を装った。

「いや、何でもない。……帰ろうか」

葉羽は彩由美を促し、洋館から離れた。しかし、彼の心には言いようのない不安が広がっていた。先ほど見た影は一体何だったのか? そして、この研究所で一体何が行われているのか?

葉羽は知る由もなかった。この古びた洋館が、想像を絶する恐怖と謎の入り口であることを。そして、彼自身がその深淵へと足を踏み入れてしまうことを。

帰り道、葉羽は何度も振り返って洋館を見やった。夕日に照らされ、黒い影を落とす洋館は、まるで巨大な怪物の口のように見えた。そして、その窓の奥から、見えない何かが彼を見つめているような、そんな錯覚に囚われるのだった。

(あれは、一体……)

葉羽の脳裏に、再びあの異形の影がよぎる。それはまるで、彼を嘲笑うかのように、闇の中で蠢いているように思えた。

2章


禁断の実験室
翌日、葉羽は馴染みの喫茶店で渦波縫也と向かい合っていた。縫也は地元警察署の刑事であり、葉羽とは幾度か事件解決に協力したことがあった。飄々とした雰囲気とは裏腹に鋭い洞察力を持つ、葉羽にとっては頼れる存在だ。

「例の研究所の件だけど、何か掴んだことはあるか?」

葉羽が単刀直入に尋ねると、縫也はコーヒーカップに視線を落としたまま、静かに口を開いた。

「ああ、少しな。実は俺も、あの件はただの病死じゃない気がしててね。非公式に調べているんだ」

縫也の言葉に、葉羽の胸が高鳴った。彼の直感は間違っていなかったのだ。

「患者のカルテを見たんだが、死因は様々で、共通点が見当たらない。だが、全員が昏睡状態だったこと、そして死ぬ直前に異常な行動を見せていたという点で一致している」

縫也は懐から一枚の写真を取り出し、葉羽に差し出した。それは、研究所の内部を撮影したものだった。薄暗い廊下、無機質な医療機器、そして、ひときわ目を引く巨大なカプセル型の装置。写真全体から、異様な雰囲気が漂っている。

「これは……」葉羽は息を呑んだ。

「このカプセル、何だか気味が悪いよな。患者の脳波を測定するための装置らしいんだが……」縫也は意味深に言葉を濁らせた。

葉羽は写真に写るカプセル型装置を凝視しながら、縫也から聞いた患者の症状と、あの窓辺に現れた異形の影を結びつけた。

(もし、あの影が……)

葉羽の脳裏に、恐ろしい仮説が浮かび上がった。

「縫也さん、俺は研究所に潜入する」葉羽は決意を固めたように言った。

「待て、葉羽。危険すぎる。警察が公式に動けるようになるまで……」

「待っていられない。もし俺の考えが正しければ、今この瞬間にも誰かが犠牲になっているかもしれない」

葉羽の強い意志に、縫也はそれ以上何も言えなかった。

「彩由美にも協力を頼む。彼女は頼りになる」

葉羽の言葉に、縫也は小さく頷いた。「気をつけろよ、葉羽。何かあったらすぐに連絡しろ」

その夜、葉羽は彩由美と共に研究所へと向かった。深夜の研究所は、昼間とは比べ物にならないほど不気味な雰囲気に包まれていた。ひっそりと佇む洋館は、まるで闇に潜む巨大な獣のようだった。

「葉羽くん、本当に大丈夫? なんだか怖いよ……」彩由美が不安げに呟いた。

「大丈夫だ、彩由美。俺が守る」葉羽は力強く言った。

二人は縫也から入手した情報をもとに、裏口から研究所に侵入した。内部は異様な静寂に包まれており、ひんやりとした空気が肌を刺す。廊下を進むにつれ、葉羽の胸騒ぎはますます強くなっていった。

やがて二人は、建物の地下へと続く階段を発見した。階段を下りると、重い鉄の扉が現れた。葉羽は慎重に扉を開けると、そこには地下に広がる巨大な空間が広がっていた。

薄暗い空間の中央には、あの写真で見た巨大なカプセル型装置が複数台設置されている。そして、その奥には、さらに異様な形状をした巨大な装置が鎮座していた。無数のケーブルが複雑に絡み合い、不気味な光を放っている。それはまるで、SF映画に出てくるような、非現実的な光景だった。

3章


消えた記憶の断片
研究所から持ち出した資料を広げ、葉羽は額に皺を寄せた。古びたファイルには、難解な数式や専門用語がびっしりと書き込まれている。一見すると、ただの脳神経科学の研究資料のように見えるが、葉羽の目に留まったのは、「意識転移」と「時間逆行」という単語だった。

「意識転移……時間逆行……」

葉羽は呟きながら、ペンを走らせ、数式を解き明かしていく。高度な内容ながらも、高校学年トップの頭脳を持つ葉羽にとっては造作もないことだった。解読が進むにつれ、葉羽の顔色は次第に険しくなっていく。

「まさか、こんな実験を……」

資料の内容は、人間の意識を別の肉体に移植するという、倫理的に問題のある実験を示唆していた。しかも、時間逆行というSFのような概念まで登場している。まさに禁断の研究と言えるだろう。

その時、葉羽のスマートフォンが震えた。縫也からの連絡だった。

「葉羽、被害者たちの情報が入った。すぐに来てくれ」

葉羽は彩由美と共に、縫也が指定した場所へと急いだ。縫也は深刻な面持ちで、葉羽たちに一枚の紙を見せた。

「これは、被害者の一人が書き残したメモだ。意識が混濁する中で、必死に書き綴ったらしい」

メモには、歪んだ文字で「記憶が……消えていく……」「ここはどこだ……」「私は……私ではない……」といった断片的な言葉が記されていた。

「記憶障害と時間感覚の異常……まさに、時間逆行の影響だ」

葉羽は呟きながら、研究所から持ち出した資料の内容と、被害者たちの症状を照らし合わせた。全てのピースが繋がり始めた。

「つまり、この研究所では、意識転移と時間逆行を組み合わせた人体実験が行われていて、その犠牲者が……」彩由美は言葉を詰まらせた。彼女の顔色は蒼白で、声は震えていた。

葉羽は深く頷いた。「恐らくそうだ。被害者たちは、意識を別の肉体に移植され、時間逆行の影響で記憶や人格が崩壊していったのだろう」

葉羽は、地下室で見た巨大なカプセル型装置と異様な装置を思い出した。恐らく、カプセルは意識転移に、そしてもう一つの装置は時間逆行に使われているのだろう。

葉羽は推理を整理し、仮説を立てた。

昏睡状態の患者たちは、実験台として選ばれ、彼らの意識は複製された肉体、つまり「鏡像体」へと転移させられる。そして、その鏡像体に対して時間逆行が施され、何らかの目的のために利用されている。時間逆行の副作用として、鏡像体の記憶と人格は崩壊し、その影響は元の患者、つまり意識の持ち主にも及ぶ。結果として、患者たちは記憶障害や時間感覚の異常といった症状に苦しみ、最終的には自我を失って死亡する。

葉羽が仮説を説明している間、彩由美は被害者たちの遺品を調べていた。彼女は一枚の写真を見つけ、息を呑んだ。それは、被害者の一人が生前、家族と共に写っている写真だった。

「葉羽くん、これを見て……」

彩由美が震える声で葉羽を呼ぶ。葉羽が写真を見ると、そこには見覚えのある顔が写っていた。それは、研究所の窓辺で見た、あの異形の影だった。

その時、彩由美が別のメモを発見した。それは、先ほどとは別の被害者が残したものだった。そこには、たった一言、恐ろしいメッセージが記されていた。

「私は私ではない」

4章


鏡像体の罠
「私は私ではない」――その短い言葉が、葉羽の脳裏に重く響いていた。まるで、自我が分裂し、別の何かに乗っ取られたような、そんな恐怖を想像させる言葉だった。被害者たちは、一体何を伝えようとしていたのか?

葉羽は、これまでの情報を整理した。意識転移、時間逆行、記憶障害、そしてあの異形の影。全てが「鏡像体」の存在を暗示している。

「鏡像体……複製された肉体か」

葉羽は呟きながら、インターネットで情報を検索し始めた。すると、驚くべき記事が見つかった。それは、数年前に発表された、ある科学論文の記事だった。その論文は、人間の細胞から完全なコピーを作り出す技術、つまりクローン技術について論じていた。倫理的な問題から研究は中断されたとされていたが、もしこの研究所が秘密裏に研究を続けていたとしたら……

葉羽は、論文の著者に注目した。空木雫――脳神経科学の分野で将来を嘱望されていた若き研究者だ。しかし、数年前を境に、彼女は学会から姿を消していた。

「空木雫……彼女が鍵だ」

葉羽は直感的にそう思った。雫は、この研究所で何らかの研究に関わっていた可能性が高い。そして、非人道的な実験に反対し、追放されたのかもしれない。

葉羽は縫也に連絡を取り、空木雫の所在を調べてもらった。数時間後、縫也から連絡が入った。

「葉羽、空木雫の居場所を突き止めた。彼女は街外れの古びたアパートでひっそりと暮らしているようだ」

葉羽はすぐに彩由美と共に、雫のアパートを訪れた。薄汚れたドアをノックすると、少し間を置いて、中から弱々しい声が聞こえた。

「どちら様ですか……」

葉羽は身分を明かし、雫に研究所の件で話を聞きたいと伝えた。しばらく沈黙が続いた後、重そうなドアがゆっくりと開いた。

そこに立っていたのは、やつれた様子の女性だった。年は30代後半くらいだろうか。かつては聡明な眼差しをしていたであろう瞳は、今は深い悲しみと恐怖に覆われている。

「……入ってください」

雫は二人を部屋に招き入れた。部屋は狭く、薄暗く、生活感があまり感じられない。窓際には、枯れた鉢植えがいくつか置かれていた。

葉羽は単刀直入に尋ねた。「空木さん、あなたはあの研究所で何の研究をしていたのですか?」

雫は深く息を吸い込み、重い口を開いた。

「……私は、人間の意識を別の肉体に移植する研究をしていました」

雫の言葉は、葉羽の予想通りだった。

「その肉体とは、鏡像体のことですか?」葉羽が尋ねると、雫は小さく頷いた。

「鏡像体は、患者の細胞から生成された、いわば複製です。しかし、それは単なるクローン人間とは違います。鏡像体は、オリジナルの意識を受け入れるための、いわば空っぽの器なのです」

雫は、鏡像体の生成方法や特性について詳細に説明し始めた。それは、葉羽の想像をはるかに超える、驚愕の内容だった。

鏡像体は、特殊な培養液の中で、患者の細胞を急速に増殖させることで生成される。その過程で、遺伝子操作によって老化を促進する遺伝子が除去され、極めて短命な存在となる。生成後数日で急速に老化し、死に至るように設計されているのだ。

「なぜ、そんな短命な存在を?」葉羽は疑問を投げかけた。

「それは、倫理的な問題を避けるためでした。永遠に生きる複製人間を生み出すことは、倫理的に許されない。だから、鏡像体は短命に設計されたのです」

雫の言葉に、葉羽は言いようのない不安を覚えた。短命な鏡像体……それは、まるで使い捨ての道具のように思えた。

「しかし、研究所は私の意図を無視し、鏡像体を永遠に生かす方法を研究し始めました。それが、時間逆行です」

雫の声は震えていた。彼女は、自分が関わった研究が、恐ろしい方向へと進んでしまったことを深く後悔しているようだった。

「時間逆行……一体どうやって?」葉羽は息を呑んだ。

「それは……私にも分かりません。研究所は私を研究から外し、秘密裏に時間逆行の研究を進めていたのです。私が知るのは、莫大なエネルギーを使って、時間を局所的に逆行させる装置を開発したということだけです」

雫の言葉に、葉羽は地下室で見た、あの異様な装置を思い出した。恐らく、それが時間逆行を引き起こす装置なのだろう。

「しかし、時間逆行には、恐ろしい副作用がありました」雫は言葉を続けた。

「時間逆行は、鏡像体の肉体だけでなく、意識にも影響を与えます。時間軸が歪み、記憶が断片化し、人格が崩壊していく。そして、その影響は、元の患者にも及ぶのです」

雫の言葉は、葉羽の推理を裏付けていた。被害者たちは、時間逆行の副作用によって、自我を失っていったのだ。

「空木さん、あなたはなぜ研究所を辞めたのですか?」彩由美が静かに尋ねた。

雫は目を伏せ、小さな声で呟いた。「……私は、研究所の非人道的な実験に反対しました。そして、追放されたのです」

雫は、研究所の真実を世間に公表しようと試みたが、誰も彼女の言葉に耳を貸さなかった。巨大な組織に立ち向かうには、あまりにも無力だったのだ。

「葉羽さん、彩由美さん……どうか、この実験を止めてください。これ以上、犠牲者を出さないでください」雫は懇願するような眼差しで二人を見つめた。

葉羽は深く頷いた。「必ず止めます。約束します」

葉羽と彩由美は雫のアパートを後にした。空はすっかり暗くなり、冷たい風が吹きつけていた。

「葉羽くん、どうする? これから」彩由美が不安げに尋ねた。

「もう一度、研究所に潜入する。時間逆行装置を止めなければ……」

葉羽がそう言った瞬間、彼のスマートフォンが鳴った。画面には、雫の名前が表示されていた。

「もしもし、空木さん? どうしたんですか?」

葉羽が電話に出ると、雫の震える声が聞こえてきた。

「葉羽さん……逃げなさい! 鏡像体たちが……研究所から逃げ出した……奴らは人間ではない……」

雫の言葉が終わると同時に、電話は切れた。葉羽は背筋に冷たいものが走るのを感じた。

(鏡像体……奴らが、外に?)

葉羽の脳裏に、あの異形の影が再び浮かび上がった。それはもはや、単なる影ではなかった。実体を持った、恐ろしい存在として。

5章


時間逆行の悪夢
空木雫からの電話の後、葉羽と彩由美は急いで雫のアパートへと引き返した。しかし、既に彼女の姿はなかった。部屋の中は荒らされており、激しい抵抗の跡が残っていた。

「連れ去られた……? まさか、鏡像体に?」

彩由美は震える声で呟いた。葉羽は沈痛な面持ちで頷いた。雫は、鏡像体に関する重要な情報を握っていた。だからこそ、研究所は彼女を連れ去ったのだ。

部屋に残されたわずかな手がかりを探すと、葉羽は一枚のメモを発見した。それは、雫が書き残したと思われる、時間逆行に関するメモだった。そこには、時間逆行のメカニズムとその影響について、詳細な記述があった。

雫のメモによると、時間逆行は、特殊な装置によって生成された高密度のエネルギー場によって引き起こされる。このエネルギー場は、対象となる物体の時間軸を局所的に逆行させることができる。しかし、この技術は極めて不安定で、制御が難しい。

時間逆行の影響は、肉体だけでなく、意識にも及ぶ。時間軸が逆行する過程で、記憶は断片化し、時間感覚は歪み、人格は変容していく。それはまるで、悪夢のような体験だという。

さらに、時間逆行は対象の精神に深刻なダメージを与える。記憶の混乱、幻覚、妄想、人格の分裂など、様々な精神症状を引き起こす。そして、最終的には自我の崩壊へと繋がる。

葉羽は、雫のメモを読みながら、被害者たちの症状を思い出した。記憶障害、時間感覚の異常、そして「私は私ではない」という言葉。全てが、時間逆行の影響と一致する。

「被害者たちは、鏡像体に意識を転移させられ、時間逆行の実験台にされていたんだ」

葉羽は呟きながら、被害者たちの苦しみを想像した。意識を別の肉体に移植され、時間軸を弄ばれ、自我を崩壊させられていく恐怖は、想像を絶するだろう。

「なんて酷いことを……」彩由美は涙を浮かべていた。彼女もまた、被害者たちの苦しみを想像し、心を痛めていた。

葉羽は、時間逆行によって被害者たちの記憶や人格が変容していく過程を推理し始めた。

まず、鏡像体に意識が転移されると、時間逆行の影響で記憶が断片化していく。過去の記憶、現在の記憶、未来の記憶が混濁し、時間軸が歪んでいく。そのため、被害者たちは、自分がどこにいるのか、自分が誰なのか分からなくなっていく。

次に、時間感覚が歪んでいく。数秒が永遠のように感じられたり、逆に数日が一瞬のように過ぎ去ったりする。そのため、被害者たちは、時間の流れを正常に認識できなくなり、現実と虚構の境界が曖昧になっていく。

そして、人格が変容していく。時間逆行の影響で、鏡像体の肉体は老化と若返りを繰り返す。その度に、人格もまた変化していく。幼児期の人格、青年期の人格、老年期の人格が混在し、最終的には、元の患者の人格は完全に崩壊してしまう。

「まるで、悪夢の中に閉じ込められたみたいだ……」

葉羽は呟きながら、被害者たちの恐怖を想像した。それは、まさに生き地獄と言えるだろう。

その時、彩由美が部屋の隅に置かれた段ボール箱に気づいた。それは、雫が所有していた私物が入った箱だった。

「葉羽くん、これを見て」

彩由美が箱の中から一冊の日記を取り出した。それは、被害者の一人が書き残した日記だった。

葉羽は日記を読み始めた。そこには、時間逆行の苦しみと恐怖が、生々しく綴られていた。

「……頭が痛い。記憶が混乱している。ここはどこだ? 私は誰だ? ……違う、私は私だ。私は○○だ。……でも、違う。私は別の誰かだ。……時間が歪んでいる。未来の私が過去の私に話しかけている。……怖い。助けて。誰か助けて……」

日記には、自我崩壊の恐怖と、時間逆行を操る「何か」の存在が示唆されていた。

「……私は見てしまった。時間逆行を操る者を。それは、人間ではない。異形の姿をした、何かだ。……それは、私の中にいる。私の意識を乗っ取ろうとしている。……私は、もう長くはないだろう。だが、この日記が誰かの目に触れ、真実が明らかになることを願う……」

日記はそこで終わっていた。葉羽は日記を閉じ、深く息を吸い込んだ。雫のメモと被害者の日記、そしてあの異形の影。全てが繋がり始めた。

「時間逆行を操る「何か」……それが、鏡像体の正体なのか?」

葉羽は呟きながら、窓の外を見上げた。夜空には、満月が不気味に輝いていた。まるで、何かを暗示しているかのように。

6章


闇に潜む影
空木雫の失踪、そして被害者の日記に残された「時間逆行を操る何か」の存在。葉羽の脳裏には、一つの名前が浮かんでいた。渦波塵芥(うずなみ じんかい)――渦波縫也の叔父であり、あの不気味な研究所の創設者だ。天才脳神経科学者として名を馳せていたが、近年は表舞台から姿を消し、研究所に籠もりっきりだという噂だった。

「渦波塵芥……縫也さんの叔父さんか」

彩由美が呟くと、葉羽は真剣な表情で頷いた。

「ああ。彼は、時間操作に異常な執着を持っているらしい。それが、事件の鍵になるかもしれない」

葉羽は、縫也に連絡を取り、塵芥に関する情報を求めた。縫也は渋る様子を見せたが、葉羽の熱意に押され、非公式に情報を提供することに同意した。

数時間後、葉羽のもとに、塵芥に関する膨大な資料が届いた。学術論文、学会発表の記録、インタビュー記事、そして私的なメモまで、あらゆる情報が含まれていた。

葉羽は徹夜で資料を読み漁った。塵芥は、若くして天才科学者として頭角を現し、脳神経科学の分野で数々の革新的な研究成果を上げていた。しかし、ある時期を境に、彼の研究は倫理的に問題視されるようになり、学会から追放された。その後、塵芥は私財を投じて研究所を設立し、世間から姿を消したのだった。

資料を読み進めるうちに、葉羽は塵芥の異常なまでの時間操作への執着に気づいた。彼は、時間を制御することで、人間の運命を操ることができると信じていた。そして、そのために、禁断の研究に手を染めたのだった。

「彼は、時間を神のように操りたいと考えている……」

葉羽は呟きながら、塵芥の狂気に満ちた野望を想像した。時間を操り、人間の生死さえもコントロールする力。それは、まさに神の領域と言えるだろう。

「でも、どうしてそんなことを……?」彩由美は理解できない様子で尋ねた。

葉羽は、塵芥の私的なメモに注目した。そこには、彼の研究の動機が記されていた。塵芥は、幼い頃に両親を事故で亡くしていた。そして、時間を操ることができれば、両親を生き返らせることができると信じていたのだ。

「彼は、失ったものを取り戻したいだけなのかもしれない……」

葉羽は呟きながら、塵芥の悲しみと孤独を想像した。しかし、どんなに悲しい過去があったとしても、禁断の研究に手を染めることは許されない。

葉羽は、塵芥の真の目的を探るため、研究所への潜入を決意した。縫也の協力のもと、葉羽と彩由美は再び研究所へと向かった。

深夜の研究所は、前回よりもさらに不気味な雰囲気に包まれていた。まるで、何かが待ち構えているかのような、そんな緊張感が漂っていた。

二人は慎重に研究所内を探索し、やがて塵芥の書斎を発見した。書斎は、塵芥の執念が感じられるほど、大量の資料や研究器具で埋め尽くされていた。

葉羽は、書斎の中をくまなく調べ始めた。机の上には、開かれたままのノートパソコンと、散乱したメモ用紙があった。葉羽はパソコンの電源を入れ、データを確認した。そこには、時間逆行装置の設計図と、実験データが保存されていた。

データを確認するうちに、葉羽は驚愕の事実に気づいた。時間逆行装置は、単に時間を逆行させるだけでなく、意識を別の時間軸へと転送する機能も備えていたのだ。

「まさか……彼は、別の時間軸へと逃げようとしているのか?」

葉羽は呟きながら、塵芥の真の目的を悟り始めた。彼は、時間逆行によって自らの過去を改変し、両親の死をなかったことにしようとしていたのだ。

その時、彩由美が書斎の奥にある隠し金庫を発見した。金庫の中には、一枚の設計図と、小さなメモ用紙が入っていた。

設計図には、複雑な装置の構造が描かれていた。それは、時間逆行装置とは異なる、未知の装置だった。そして、メモ用紙には、たった一言、「神の領域」と書かれていた。

7章


異形の誕生
「神の領域」――塵芥の書斎で発見されたメモの言葉が、葉羽の脳裏に重くのしかかる。時間逆行、意識転移、そして異形の鏡像体。塵芥は一体何を企んでいるのか?彼の狂気は、もはや葉羽の想像をはるかに超えていた。

設計図に描かれた未知の装置、それが「神の領域」と関係していることは間違いない。しかし、その装置の目的、そして塵芥の真の目的はまだ謎に包まれている。

葉羽は、雫のメモと被害者の日記をもう一度読み返した。そして、ある仮説を立てた。

時間逆行の影響は、肉体だけでなく、意識にも及ぶ。そして、意識は肉体の状態に影響を与える。つまり、鏡像体の異形化は、被害者たちの恐怖心や精神状態が反映された結果なのではないか?

この仮説を検証するため、葉羽は縫也に連絡を取り、鏡像体の目撃情報を集めてもらった。すると、驚くべき報告があった。

「葉羽、鏡像体の目撃情報が複数件寄せられている。いずれも、異様な姿をしているという証言だ。しかも、その姿はそれぞれ異なっており、まるで被害者たちの恐怖心を具現化したかのような姿をしているらしい」

縫也の報告に、葉羽は自身の仮説が正しいことを確信した。鏡像体は、単なる複製された肉体ではない。被害者たちの意識と恐怖心が融合し、異形へと変貌した存在なのだ。

葉羽と彩由美は、目撃情報を元に、鏡像体の潜伏場所を特定しようと試みた。目撃情報は、研究所周辺の森林地帯に集中していた。

「森の中に隠れているのか……」

彩由美は不安げに呟いた。葉羽は真剣な表情で頷いた。

「ああ。恐らく、塵芥は鏡像体を森の中に隠しているのだろう。奴らを野放しにして、何かを企んでいるに違いない」

葉羽と彩由美は、装備を整え、森の中へと足を踏み入れた。昼間でも薄暗い森の中は、不気味な静けさに包まれていた。時折、木の枝が風に揺れる音が、まるで異形の鏡像体の呻き声のように聞こえる。

二人は慎重に森の中を進んでいった。そして、やがて異様な光景を目にした。それは、巨大な樹木の根元に作られた、まるで巣のような空間だった。そして、その中には、複数体の異形の鏡像体が蠢いていた。

鏡像体たちは、人間とは似ても似つかない異様な姿をしていた。あるものは、全身が鱗で覆われ、鋭い爪が生えていた。またあるものは、頭部が複数あり、異様に長い手足をしていた。そして、どれもが、人間の負の感情を具現化したかのような、恐ろしい形相をしていた。

鏡像体たちの出現は、周囲に恐怖と混乱をもたらした。森の動物たちは逃げ惑い、鳥たちは悲鳴を上げて飛び去った。まるで、この世の終わりが訪れたかのような、そんな不吉な雰囲気が漂っていた。

葉羽と彩由美は、息を潜め、鏡像体たちの様子を観察した。鏡像体たちは、互いに争うことなく、まるで一つの意志に操られているかのように、同じ方向へと移動していた。

「奴らは、どこへ向かっているんだ?」

葉羽が呟くと、彩由美は恐怖に歪んだ表情で答えた。

「街の方角へ向かっているみたい……」

葉羽は、鏡像体たちが街へと向かっている理由を考えた。もし、奴らが街に到達したら、大規模なパニックが発生するだろう。そして、塵芥は、その混乱に乗じて何かを企んでいるに違いない。

「奴らを止めなければ……」

葉羽は決意を固めたように言った。しかし、その瞬間、鏡像体たちは葉羽と彩由美の存在に気づき、一斉に襲いかかってきた。

鏡像体たちは、人間離れした速度と力で葉羽たちに襲いかかる。葉羽は持っていたスタンガンで応戦するが、鏡像体たちは怯む様子を見せない。

「葉羽くん、危ない!」

彩由美が叫ぶと、一体の鏡像体が葉羽に襲いかかった。葉羽は間一髪で身をかわしたが、地面に倒れ込んでしまった。

異形の鏡像体たちは、葉羽を取り囲み、ゆっくりと距離を詰めてくる。鋭い爪、複数の頭部、異様に長い手足。まるで悪夢のような光景に、葉羽は絶望的な恐怖を感じた。

彩由美は恐怖で体が硬直していた。彼女は、葉羽を助けたい一心で叫んだ。

「葉羽くん! 逃げて!」

しかし、既に逃げ道はなかった。異形の鏡像体たちは、葉羽と彩由美を完全に包囲していた。絶体絶命の危機に陥った二人は、ただ恐怖に怯えることしかできなかった。

8章


崩壊する自我
異形の鏡像体たちに包囲され、葉羽は死を覚悟した。しかし、次の瞬間、想像もしなかったことが起こった。鏡像体たちは、葉羽に襲いかかることなく、彼の周囲をゆっくりと回り始めた。まるで、何かを探るように、彼の存在を確かめているようだった。

その時、葉羽の頭の中に、激しい痛みが走った。それは、まるで脳みそを抉られるような、耐え難い苦痛だった。同時に、彼の意識は混濁し、時間と空間の感覚が歪み始めた。

(なんだ……これは……?)

葉羽は、自分が何者なのか、どこにいるのか分からなくなっていった。過去の記憶、現在の記憶、未来の記憶が入り混じり、まるで悪夢を見ているようだった。

彼は、自分が幼い頃、両親と遊んでいた公園の光景を思い出した。そして、次の瞬間、高校の教室で授業を受けている自分の姿が目に浮かんだ。さらに、見知らぬ場所で、見知らぬ人々と話している自分の姿がフラッシュバックした。

(俺は……誰だ?)

葉羽の自我は、時間逆行の渦の中に飲み込まれ、崩壊し始めていた。それは、まさに被害者たちが体験した悪夢と同じだった。葉羽は、彼らの苦しみを身をもって理解し始めた。

時間感覚もまた、歪み始めていた。数秒が永遠のように感じられたり、逆に数日が一瞬で過ぎ去ったりした。葉羽は、時間の流れを正常に認識できなくなり、現実と虚構の境界が曖昧になっていった。

彼の耳には、幻聴が聞こえ始めた。誰かのささやき声、笑い声、叫び声。それは、まるで彼の意識を嘲笑うかのような、不気味な音だった。

そして、彼の視界にも異変が生じ始めた。周囲の景色が歪み、色が変化し、異形の影が蠢き始めた。それは、まるで現実世界が崩壊していくかのような、恐ろしい光景だった。

(俺は……壊れていく……)

葉羽は、自分の自我が崩壊していく恐怖に耐えきれず、叫び声を上げた。

「うあああああ!」

葉羽の叫び声を聞いて、彩由美は我に返った。彼女は、恐怖で硬直していた体を奮い立たせ、葉羽のもとへと駆け寄った。

「葉羽くん! しっかりして!」

彩由美は、葉羽の肩を揺すりながら、彼の名前を呼び続けた。彼女の必死の呼びかけが、葉羽の意識を現実に引き戻した。

「彩由美……?」

葉羽は、かすれた声で彩由美の名前を呼んだ。彼の意識はまだ混濁していたが、彩由美の存在を感じ、わずかに正気を取り戻したようだった。

「大丈夫? 葉羽くん。今の、一体何が……」

彩由美は、葉羽の異変に不安を隠せない様子だった。葉羽は、自分の身に起こったことを説明しようとしたが、言葉が出てこなかった。彼の脳は、まだ時間逆行の影響から完全に回復していなかった。

「……分からない。何かが……俺の意識の中に……」

葉羽は、断片的にしか話すことができなかった。彩由美は、葉羽の精神状態が深刻なことを理解し、彼を抱きしめた。

「大丈夫、葉羽くん。私がついている」

彩由美の温もりが、葉羽の心を落ち着かせた。彼は、彩由美の胸に顔を埋め、深呼吸を繰り返した。

しかし、時間逆行の悪夢は、まだ終わっていなかった。葉羽の視界には、再び異形の影が蠢き始めた。そして、彼は、鏡の中に映る自分の顔が、別人のように歪んで見える幻覚を見た。

それは、まるで鏡像体が彼の意識を乗っ取ろうとしているかのような、恐ろしい光景だった。葉羽は、再び恐怖に襲われ、叫び声を上げた。

「いやああああ!」

彩由美は、葉羽の叫び声を聞き、恐怖に慄いた。彼女は、葉羽の異変の原因が、時間逆行の影響であることを理解していた。しかし、どうすれば彼を救えるのか、分からなかった。

葉羽の意識は、再び闇の中へと沈み込んでいった。彼は、鏡の中に映る歪んだ自分の顔を見つめながら、絶望的な恐怖に襲われていた。

9章


真実への序章
異形の鏡像体との遭遇、そして時間逆行の疑似体験。葉羽は、肉体的にも精神的にも大きなダメージを受けていた。しかし、同時に、事件の真相へと近づくための重要な手がかりを掴んだ。

「鏡像体は、被害者たちの恐怖心を具現化した存在だ。そして、塵芥は、その鏡像体を利用して何かを企んでいる」

葉羽は、ベッドに横たわりながら、これまでの情報を整理した。

研究所で行われていた意識転移実験と時間逆行実験

鏡像体の生成と異形化

被害者たちの記憶障害、時間感覚の異常、そして自我の崩壊

塵芥の時間操作への執着と「神の領域」という言葉

そして、鏡像体が街へ向かっているという事実

これらの情報を繋ぎ合わせ、葉羽は一つの仮説を構築した。

塵芥は、時間逆行装置を使って別の時間軸へと逃亡しようとしている。そして、そのために、鏡像体を利用している。鏡像体たちは、街に混乱を引き起こし、その隙に塵芥は時間逆行装置を起動させるつもりなのだ。

しかし、なぜ鏡像体を街に向かわせる必要があるのか? 葉羽は、その点について考えを巡らせた。そして、ある可能性に思い至った。

時間逆行装置を起動させるためには、莫大なエネルギーが必要となる。そして、そのエネルギー源は、人間の恐怖心や負の感情なのではないか? 鏡像体たちは、街に恐怖と混乱を拡散させ、塵芥はそのエネルギーを集めているのだ。

「まるで、悪魔の儀式みたいだ……」

葉羽は呟きながら、塵芥の狂気に満ちた計画に戦慄した。

葉羽は、この仮説を縫也に伝え、協力を要請した。縫也もまた、事態の深刻さを理解し、葉羽の計画に協力することを約束した。

二人は、塵芥を追い詰めるための計画を綿密に練り上げた。まずは、鏡像体たちが街に到達する前に、研究所を制圧しなければならない。そして、時間逆行装置を破壊し、塵芥の逃亡を阻止するのだ。

計画を実行に移す前に、葉羽は塵芥に直接接触し、事件の真相を問いただすことにした。彼は、彩由美に連絡を取り、研究所周辺で待機してもらうように指示した。

葉羽は、単身で研究所へと向かった。昼間の研究所は、静まり返っていた。まるで、嵐の前の静けさのようだった。

葉羽は、正面玄関から堂々と研究所の中へと入った。受付には誰もいなかった。彼は、奥へと進んでいき、塵芥の執務室へと辿り着いた。

執務室の扉は開いていた。葉羽は、ゆっくりと部屋の中へと入った。

塵芥は、窓辺に立っていた。彼は、葉羽が入ってきても振り向くことなく、静かに言った。

「よく来たな、神藤葉羽」

塵芥の声は、冷たく、感情がこもっていなかった。まるで、機械のような声だった。

「渦波塵芥、貴様の目的は何だ?」

葉羽は、塵芥に真正面から問いかけた。

塵芥は、ゆっくりと振り返った。彼の目は、底知れぬ闇を宿していた。

「私の目的? それは、神の領域に到達することだ」

塵芥は、不気味な笑みを浮かべながら言った。

「神の領域? 一体何を言っているんだ?」

葉羽は、塵芥の言葉の意味が理解できなかった。

「貴様には、まだ理解できないだろう。だが、いずれ分かる時が来る。その時、貴様は真実を知る恐怖に慄くことになるだろう」

塵芥は、葉羽に近づき、低い声で言った。

「貴様は、真実を知る覚悟があるのか?」

10章


禁断の扉
「貴様は、真実を知る覚悟があるのか?」――塵芥の言葉は、まるで悪魔の囁きのようだった。葉羽は、恐怖を感じながらも、頷いた。

「ああ、覚悟はできている。貴様の目的が何であれ、俺はそれを阻止する」

葉羽の言葉に、塵芥は不気味な笑みを浮かべた。

「面白い。ならば、教えてやろう。私の真の目的を」

塵芥は、ゆっくりと語り始めた。

「私は、時間を超越した存在、つまり神となることを目指している。そして、そのために、時間逆行装置を開発したのだ」

塵芥の言葉に、葉羽は衝撃を受けた。彼は、塵芥が時間操作に執着していることは知っていたが、まさか神になろうと考えているとは想像もしていなかった。

「神に? 馬鹿な……」

葉羽は、思わず呟いた。

「馬鹿な? そう思うのも無理はない。だが、私は既に神の領域に足を踏み入れている。時間逆行装置を使えば、過去も未来も自在に操ることができる。私は、もはや人間ではない。神なのだ」

塵芥の言葉は、狂気に満ちていた。彼は、完全に自分の思想に取り憑かれていた。

「だが、時間逆行には、一つの問題があった。それは、意識の転移だ。時間逆行は、肉体だけでなく、意識にも影響を与える。そのため、過去や未来に移動しても、元の意識は維持できない」

塵芥は、言葉を続けた。

「そこで、私は意識転移実験を始めた。人間の意識を別の肉体、つまり鏡像体に移植することで、時間逆行の影響を受けないようにするのだ」

葉羽は、塵芥の言葉の意味を理解した。彼は、鏡像体を利用して、時間逆行の影響を受けずに過去や未来へ移動しようとしていたのだ。

「しかし、鏡像体にも問題があった。それは、寿命が短いことだ。そこで、私は時間逆行を使って、鏡像体の寿命を延ばす方法を研究した」

塵芥は、狂気じみた目で葉羽を見つめた。

「そして、ついに成功した。私は、時間逆行を繰り返すことで、鏡像体を永遠に生かす方法を発見したのだ。鏡像体は、もはや使い捨ての道具ではない。永遠の命を持つ、私の分身なのだ」

葉羽は、塵芥の狂気に満ちた思想に戦慄した。彼は、人間の倫理を完全に逸脱した、狂気の科学者だった。

「そして、最終段階だ。私は、自らの意識を鏡像体に移植し、時間逆行装置を使って過去へと移動する。そこで、私は両親の死をなかったことにする。そして、新たな歴史を創造するのだ」

塵芥は、興奮した様子で語った。彼の目は、狂気的光芒を放っていた。

「俺は、絶対にそれを阻止する!」

葉羽は、決意を固めたように言った。

「阻止? 貴様にできるかな? 私は、既に神の領域に到達している。貴様のような人間には、私の計画を止めることなどできない」

塵芥は、葉羽を嘲笑った。

「やってみるさ」

葉羽は、一歩も引かずに塵芥と対峙した。

塵芥は、葉羽を時間逆行装置のある部屋へと案内した。部屋の中央には、巨大な装置が鎮座していた。無数のケーブルが複雑に絡み合い、不気味な光を放っている。

「これが、時間逆行装置だ。この装置を使えば、過去も未来も自在に操ることができる」

塵芥は、誇らしげに装置を説明した。

「そして、貴様は、この装置の実験台となるのだ」

塵芥は、装置のスイッチを入れようとした。葉羽は、咄嗟に塵芥に飛びかかり、装置から引き離した.

二人は、装置の周囲でもみ合いになった。葉羽は、塵芥の狂気を止めるために、必死で抵抗した。

しかし、塵芥は、葉羽よりもはるかに力が強かった。彼は、葉羽を床に押さえつけ、装置のスイッチに手を伸ばした.

「これで、私の計画は完成する……」

塵芥は、狂気じみた笑みを浮かべながら、装置を起動させた。

11章


逆転の兆し
時間逆行装置が起動し、不気味な音が研究所内に響き渡った。装置の中央にある球体が、眩い光を放ちながら回転し始める。塵芥は、狂喜の表情で装置を見つめていた。

「ついに、神の領域へ……」

葉羽は、床に押さえつけられたまま、必死に抵抗を試みた。しかし、塵芥の力は強く、逃れることはできない。このままでは、塵芥の狂気に満ちた計画が成就してしまう。

絶体絶命の状況の中、葉羽は冷静さを保ち、打開策を模索した。そして、一つの可能性に賭けることにした。

(鏡像体……奴らは、人間の恐怖心に反応する……)

葉羽は、鏡像体との遭遇で得た知識を思い出した。鏡像体は、人間の負の感情、特に恐怖心に強く反応する。ならば、塵芥に最大の恐怖を与えれば、彼の計画を阻止できるかもしれない。

葉羽は、塵芥の顔を見ながら、ゆっくりと口を開いた。

「塵芥、貴様の計画は、既に失敗している」

葉羽の言葉に、塵芥は顔をしかめた。

「何を言っている? 私の計画は完璧だ。貴様には、何も理解できない」

「いや、貴様こそ何も理解していない。貴様が神になろうとしているその時間軸は、既に崩壊している」

葉羽は、自信に満ちた声で言った。

「崩壊? 馬鹿な! この装置を使えば、どんな時間軸でも自在に操ることができる!」

塵芥は、激昂した様子で叫んだ。しかし、彼の声には、わずかな動揺が混じっていた。葉羽の言葉が、彼の心に微かな不安を植え付けたのだ。

「本当にそうか? ならば、なぜ鏡像体たちは街へ向かった? なぜ、彼らは人間の恐怖心を集めている? 貴様は、その真の理由を知っているのか?」

葉羽の言葉は、塵芥の心の奥底にある恐怖心を刺激した。彼は、鏡像体たちが街へ向かった真の理由を、実は理解していなかったのだ。彼はただ、自分の計画が成功すると信じて、突き進んできただけだった。

「……黙れ! 貴様は何も知らない!」

塵芥は、葉羽の言葉を遮ろうとした。しかし、彼の声は震えていた。

その時、研究所の入り口から、大きな音が響き渡った。そして、縫也と彩由美の声が聞こえてきた。

「葉羽! 大丈夫か!」

「葉羽くん!」

縫也と彩由美は、葉羽の危機を察知し、研究所へと駆けつけてきたのだ。

「縫也……彩由美……」

葉羽は、二人の姿を見て、安堵の息を吐いた。

縫也は、すぐに状況を把握し、塵芥に銃口を向けた。

「塵芥、大人しく投降しろ! これ以上、罪を重ねるな!」

塵芥は、縫也の登場に驚き、一瞬ひるんだ。その隙に、葉羽は拘束を解き、立ち上がった。

「塵芥、貴様の計画は終わったんだ」

葉羽は、塵芥に近づきながら、静かに言った。

塵芥は、追い詰められた獣のように、葉羽を睨みつけた。

「……くそっ!」

塵芥は、最後の抵抗を試み、時間逆行装置の出力レバーを最大まで上げた。

「やめろ! 装置が暴走する!」

葉羽は、叫んだ。しかし、既に遅かった。装置から、激しい光と熱が放出され、研究所全体が激しい揺れに襲われた.

12章


暴走する時間
時間逆行装置の暴走は、研究所全体を揺るがし、現実世界を歪め始めた。壁が溶け出し、床が波打ち、天井が崩れ落ちる。まるで、この世の終わりが訪れたかのような、凄まじい光景だった。

眩い光が葉羽を包み込み、彼の意識は時間逆行の渦へと引き込まれていった。時間の流れが歪み、過去、現在、未来が入り混じり、現実と虚構の境界が曖昧になる。

葉羽の脳裏には、無数の映像がフラッシュバックした。見知らぬ風景、見知らぬ人々、そして、見知らぬ自分自身。それは、まるで万華鏡のようにめまぐるしく変化し、彼の意識を混乱へと陥れた。

そして、葉羽は、被害者たちの記憶と意識に触れた。彼らの恐怖、苦しみ、絶望が、葉羽の心に流れ込んできた。まるで、彼らの魂が葉羽の中に取り込まれたかのようだった。

ある被害者の記憶では、葉羽は幼い少女の姿になっていた。彼女は、両親に連れられて遊園地を訪れ、楽しい時間を過ごしていた。しかし、次の瞬間、彼女は病院のベッドに横たわっていた。彼女の体は病魔に蝕まれ、死を待つばかりだった。

別の被害者の記憶では、葉羽は壮年の男性の姿になっていた。彼は、仕事で成功を収め、家族と共に幸せな日々を送っていた。しかし、ある日、彼は突然の事故で命を落とした。彼の無念さが、葉羽の心に重くのしかかった。

また別の被害者の記憶では、葉羽は老女の姿になっていた。彼女は、長年連れ添った夫を亡くし、孤独な日々を送っていた。彼女は、過去の思い出を胸に、静かに最期の時を迎えようとしていた。

葉羽は、時間逆行の中で、様々な人生を体験した。喜び、悲しみ、怒り、後悔。人間のあらゆる感情が、彼の心を揺さぶった。

同時に、葉羽は、被害者たちが塵芥の実験によって、どれほどの苦しみを味わったかを理解した。彼らは、意識を鏡像体に移植され、時間逆行の悪夢に閉じ込められた。彼らの記憶は断片化し、時間感覚は歪み、人格は崩壊していった。そして、最終的には、自我を失い、死を迎えたのだ。

葉羽は、彼らの苦しみを想像し、激しい怒りと悲しみに襲われた。彼は、塵芥の狂気を止めなければならない。どんな犠牲を払っても。

一方、彩由美と縫也は、暴走する時間逆行装置を止めようと奮闘していた。研究所内は、激しい揺れと轟音に包まれていた。天井からは瓦礫が降り注ぎ、床は大きく波打っていた。

「このままでは、研究所が崩壊してしまう!」

縫也は、叫んだ。彩由美は、恐怖に慄きながらも、縫也と共に装置の制御盤へと向かった。

制御盤は、複雑な配線とスイッチで埋め尽くされていた。彩由美は、雫から受け取った資料を参考に、装置を停止させる方法を探した。

「これだ!」

彩由美は、一つのスイッチを発見した。それは、緊急停止スイッチだった。

「縫也さん、このスイッチを押せば、装置を止められるかもしれない!」

彩由美は、叫んだ。縫也は、すぐに彩由美の指示に従い、スイッチを押した。

しかし、装置は停止するどころか、さらに激しく暴走し始めた。

「ダメだ! 効果がない!」

縫也は、絶望的な声で叫んだ。研究所の崩壊は、時間の問題だった。

その頃、葉羽は時間逆行の中で、一つの記憶の断片を目にした。それは、塵芥が幼い頃に両親を亡くした事故現場の光景だった。

しかし、その記憶には、何か違和感があった。事故現場には、もう一人、何者かの姿があったのだ。その人物は、フードを深く被っており、顔は見えない。しかし、葉羽はその人物から、強い悪意を感じた。

(誰だ……? あの人物は……?)

葉羽は、その人物の正体を探ろうとした。しかし、その時、彼の意識は現実世界へと引き戻された。

13章


記憶の迷宮
意識が現実世界へと戻った葉羽は、崩れかけた研究所の中で、瓦礫の山に埋もれていた。身体は痛み、頭は割れるように痛んだが、どうにか意識は保っていた。

「彩由美…縫也さん…」

かすれた声で呼びかけるも、返事はない。周囲は polvoに包まれ、先程までの轟音も嘘のように静まり返っていた。時間逆行装置の暴走は止まったようだが、研究所は壊滅状態だった。

その時、葉羽の脳裏に、再びあの記憶の断片が蘇ってきた。塵芥の両親の事故現場、そしてフードを被った謎の人物。葉羽は確信した。あの事故は、ただの事故ではなかった。何者かが仕組んだ、殺人事件だったのだ。

そして、その何者かこそが、事件の真の黒幕である可能性が高い。塵芥は、両親の死の真相を隠蔽し、復讐のために時間逆行装置を開発したのかもしれない。

しかし、なぜ塵芥は真実を隠蔽する必要があったのか? 葉羽は、その点に引っかかりを覚えた。もし、塵芥が復讐を望んでいたならば、真実を公表し、犯人を捕まえようとするはずだ。

(何かがおかしい……塵芥は、何かを隠している……)

葉羽は、そう確信した。そして、その隠された真実を探るため、再び被害者たちの記憶の中へと飛び込むことを決意した。

葉羽は、意識を集中し、時間逆行の渦の中に身を投じた。彼の意識は、再び記憶の迷宮へと迷い込んだ。

無数の記憶の断片が、葉羽の周囲を飛び交う。喜び、悲しみ、怒り、後悔。人間のあらゆる感情が、葉羽の心を揺さぶった。

葉羽は、記憶の迷宮の中で、塵芥の記憶を探し求めた。そして、ついに、塵芥の幼少期の記憶に辿り着いた。

記憶の中で、葉羽は幼い塵芥の姿になっていた。彼は、両親と共に幸せな日々を送っていた。しかし、ある日、彼の両親は不慮の事故で命を落とした。

葉羽は、事故現場の記憶を追体験した。そして、フードを被った謎の人物が、塵芥の両親を殺害する場面を目撃した。

しかし、そこで葉羽は、さらに驚くべき事実を知ることになる。謎の人物は、塵芥自身だったのだ。

幼い塵芥は、両親と激しい口論の末、衝動的に彼らを殺害してしまった。そして、その罪を隠蔽するために、事故に見せかけたのだ。

(塵芥は……自らが両親を殺した張本人だったのか……)

葉羽は、衝撃の事実に言葉を失った。塵芥は、自らの罪悪感から逃れるため、時間逆行装置を開発し、過去を改変しようと試みたのだ。

そして、鏡像体たちは、塵芥の罪悪感と恐怖心の産物だった。彼らは、塵芥の歪んだ精神世界を具現化した存在だったのだ。

葉羽は、事件の真相に辿り着いた。しかし、同時に、彼は記憶の迷宮から脱出できなくなっていた。無数の記憶の断片が、彼の意識を捕らえ、現実世界へと戻れなくしていた。

葉羽は、必死に記憶の迷宮から脱出しようとした。彼は、自分の意識を集中し、現実世界へと繋がる糸を探し求めた。

その時、葉羽は、記憶の中で、もう一人の自分の存在に気づいた。それは、幼い頃の葉羽の姿だった。

(これは……一体……?)

14章


偽りの真実
記憶の迷宮の奥底で、幼い自分自身と対峙する葉羽。困惑しながらも、彼はこの状況を理解しようと努めた。塵芥の記憶に触れたことで、彼自身の記憶にも何らかの影響が出たのだろうか?あるいは、これは単なる幻覚、時間逆行による副作用の一つに過ぎないのか?

幼い葉羽は、何も語りかけない。ただ、じっとこちらを見つめている。その瞳には、深い悲しみと、何かを訴えかけるような強い意志が宿っていた。

その時、葉羽の脳裏に、ある記憶が閃いた。それは、幼い頃に experienced た、奇妙な夢の記憶だった。夢の中で、葉羽は古びた洋館を訪れ、不思議な装置を目にしていた。そして、その装置から発せられる光に包まれた時、彼は別の時間軸へと飛ばされたような感覚を覚えていた。

(あの夢は……もしかして……)

葉羽は、息を呑んだ。あの夢は、単なる夢ではなかった。それは、彼が幼い頃に実際に体験した、時間逆行の記憶だったのだ。

そして、もう一つ、葉羽は重要な事実に気づいた。塵芥の両親の事故現場にいたフードを被った人物、それは塵芥自身ではなかった。それは、幼い頃の葉羽だったのだ。

全てのピースが繋がり始めた。葉羽は、塵芥の真の目的、そして事件の背後に隠された驚愕の真実を理解した。

塵芥は、時間逆行装置を使って過去を改変しようとしていたのではない。彼は、自らの意識を過去へと送り、幼い葉羽に乗り移ろうとしていたのだ。

塵芥は、幼い頃に両親を殺害したという罪悪感に苛まれていた。そして、彼はその罪悪感から逃れるため、時間逆行装置を開発した。しかし、時間逆行は肉体だけでなく、意識にも影響を与える。そのため、彼は自らの意識を過去へと送り、罪を犯す前の純粋な自分自身、つまり幼い葉羽に乗り移ろうとしたのだ。

鏡像体たちは、塵芥の計画を成功させるための道具だった。彼らは、街に恐怖と混乱を拡散させ、時間逆行装置に必要なエネルギーを供給していた。そして、塵芥は、そのエネルギーを使って、自らの意識を過去へと送ろうとしていたのだ。

葉羽の推理によって、塵芥の計画の全貌が明らかになった。しかし、同時に、葉羽はまだ何か重要なことを見落としていることに気づいた。

塵芥は、なぜ葉羽を選んだのか? なぜ、他の誰でもない、葉羽に乗り移ろうとしたのか?

葉羽は、その答えを見つけることができないまま、記憶の迷宮から脱出した。彼は、崩れ落ちた研究所の中で目を覚ました。

「葉羽!」

彩由美と縫也が、葉羽のもとへと駆け寄ってきた。二人は、葉羽が無事に生きていることに安堵の表情を浮かべていた。

葉羽は、二人に自分が見たもの、そして推理したことを全て話した。彩由美と縫也は、葉羽の言葉に驚きを隠せなかった。

「まさか……そんなことが……」

彩由美は、信じられないという様子で呟いた。縫也は、真剣な表情で葉羽を見つめた。

「葉羽、本当にそうなのか? 確かなのか?」

「ああ、間違いない。塵芥は、俺に乗り移ろうとしていたんだ」

葉羽は、力強く断言した。

その時、研究所の奥から、塵芥の声が響き渡った。

「素晴らしい推理だ、神藤葉羽。だが、貴様の推理は表面的な真実に過ぎない。真の絶望はこれからだ」

塵芥は、瓦礫の中から姿を現した。彼の顔は、狂気に満ちた笑みで歪んでいた。

15章


反撃の狼煙
「真の絶望はこれからだ」――塵芥の言葉は、不気味な響きを帯びていた。葉羽は、塵芥の言葉に惑わされることなく、冷静に状況を分析した。

塵芥の計画は、葉羽に乗り移り、過去を改変することだった。しかし、葉羽は、塵芥がまだ何かを隠していることを感じていた。

(塵芥は、なぜ俺を選んだ? なぜ、他の誰でもない、俺に乗り移ろうとしたのか?)

葉羽は、その疑問に答えを見つけなければ、真の黒幕を突き止めることはできないと考えた。

その時、葉羽の脳裏に、ある可能性が閃いた。

(もしかして……塵芥は、真の黒幕ではないのか?)

葉羽は、息を呑んだ。もし、塵芥が真の黒幕ではないとしたら、一体誰が? そして、その目的は何なのか?

葉羽は、これまでの出来事を振り返った。意識転移実験、時間逆行実験、鏡像体の生成、そして、街に拡散された恐怖と混乱。全ては、綿密に計画されたシナリオの一部だった。

そして、葉羽は、ある人物に疑いの目を向けた。渦波縫也――葉羽に協力し、塵芥を追っていた刑事だ。

縫也は、塵芥の甥であり、彼に関する多くの情報を持っていた。そして、葉羽に協力することで、捜査の進展を巧みに操作していた可能性がある。

さらに、縫也は、葉羽と彩由美を研究所に誘導し、時間逆行装置の暴走を引き起こした張本人でもあった。彼は、葉羽を時間逆行の渦に巻き込み、何かを企んでいたのだ。

(縫也さん……まさか、貴方が……?)

葉羽は、信じたくない思いで縫也を見つめた。しかし、状況証拠は、縫也が真の黒幕であることを示唆していた。

葉羽は、縫也に悟られないように、彩由美に自分の推理を伝えた。彩由美は、葉羽の言葉に驚きを隠せなかったが、すぐに彼の考えに同意した。

二人は、縫也の協力のもと、最後の反撃を開始することにした。葉羽は、塵芥の計画を利用して、縫也をあぶり出す罠を仕掛けることにした。

葉羽は、縫也に時間逆行装置の修理を依頼した。そして、装置が修理されるまでの間、自分が鏡像体たちを監視すると申し出た。

縫也は、葉羽の申し出を快諾した。彼は、葉羽が自分の計画に気づいていないと確信していた。

葉羽は、鏡像体たちが潜伏している森の中へと向かった。そして、そこで、予想外の光景を目にした。

鏡像体たちは、人間の形をしておらず、黒い靄のような姿をしていた。彼らは、まるで意志を持たない幽霊のように、森の中を彷徨っていた。

葉羽は、鏡像体たちに近づき、彼らの正体を探ろうとした。その時、彼は、鏡像体たちが発する微弱なエネルギーを感じた。

(これは……人間の恐怖心……?)

葉羽は、鏡像体たちが人間の恐怖心を吸収していることに気づいた。そして、その恐怖心こそが、時間逆行装置のエネルギー源となっていることを確信した。

葉羽は、塵芥の計画の全貌を理解した。塵芥は、時間逆行装置を使って過去を改変しようとしていたのではない。彼は、人間の恐怖心を集め、究極のエネルギー源を作り出そうとしていたのだ。

そして、縫也は、塵芥の計画に協力していた。彼は、葉羽を時間逆行の渦に巻き込み、彼の恐怖心を吸収させようとしていたのだ。

葉羽は、縫也の真の目的を理解した。彼は、塵芥と共に、究極のエネルギー源を手に入れ、世界を支配しようと企んでいたのだ。

葉羽は、縫也の罠に嵌められたことを悟った。しかし、既に遅かった。縫也は、葉羽の背後に立ち、彼に銃口を突きつけていた。

「葉羽、お前はもう用済みだ」

縫也は、冷酷な声で言った。

16章


仮面の下の真実
縫也の銃口が、葉羽の背中に突きつけられた。絶体絶命の状況の中、葉羽は冷静さを保ち、縫也の言葉に耳を傾けた。

「なぜ…縫也さん…なぜこんなことを…」

葉羽は、絞り出すように尋ねた。縫也は、冷酷な笑みを浮かべながら答えた。

「なぜ? そんなの決まっているだろう。この世界を支配するためだ」

縫也の言葉に、葉羽は衝撃を受けた。彼は、縫也が塵芥に協力していることは予想していたが、まさか世界征服を企んでいるとは想像もしていなかった。

「世界征服? そんな…馬鹿な…」

葉羽は、信じられないという様子で呟いた。

「馬鹿な? 何が馬鹿な? この世界は、腐敗している。弱肉強食、強者が支配する世界こそが、真の理想郷なのだ」

縫也は、狂気に満ちた目で葉羽を見つめた。彼の瞳には、一片の迷いもなかった。

その時、葉羽は、ある事実に気づいた。縫也の言葉遣いが、以前とは少し違っている。彼は、普段は丁寧な言葉遣いをしていたが、今は荒々しい言葉遣いをしている。

(これは……演技か?)

葉羽は、縫也が演技をしている可能性を考えた。彼は、真の黒幕を隠蔽するために、わざと悪役を演じているのかもしれない。

葉羽は、縫也の言葉の裏に隠された真意を探ろうとした。そして、彼はある可能性に思い至った。

(もしかして……真の黒幕は、縫也さんではないのか?)

葉羽は、息を呑んだ。もし、縫也が真の黒幕ではないとしたら、一体誰が? そして、その目的は何なのか?

葉羽は、これまでの出来事をもう一度整理した。そして、彼はある人物に疑いの目を向けた。望月彩由美――葉羽の幼馴染であり、彼に協力してきた少女だ。

彩由美は、葉羽と共に事件の捜査を進めていた。しかし、彼女は常に葉羽の側にいたため、アリバイ工作が容易だった。

さらに、彩由美は、塵芥の研究所に関する情報を持っていた。彼女は、葉羽に情報を提供することで、捜査の方向を操っていた可能性がある。

そして、決定的な証拠があった。彩由美は、時間逆行装置の暴走時に、葉羽を庇って重傷を負っていた。しかし、彼女の傷は、時間逆行の影響を受けていなかった。

(彩由美……まさか、貴女が……?)

葉羽は、信じたくない思いで彩由美を見つめた。しかし、全ての状況証拠は、彩由美が真の黒幕であることを示唆していた。

葉羽は、縫也に聞こえないように、彩由美に自分の推理を伝えた。

「彩由美、貴女が黒幕だったのか…」

葉羽の言葉に、彩由美は驚愕の表情を浮かべた。しかし、次の瞬間、彼女は冷酷な笑みを浮かべながら答えた。

「その通りよ、葉羽くん。私が真の黒幕よ」

彩由美の言葉に、葉羽は衝撃を受けた。彼は、彩由美が黒幕であることを確信していたが、実際に彼女から真実を聞かされると、大きなショックを受けた。

「なぜ…彩由美…なぜこんなことを…」

葉羽は、絞り出すように尋ねた。彩由美は、冷酷な声で答えた。

「なぜ? それは簡単よ。私は、この世界を自分の手で作り変えたいの。誰もが幸せに暮らせる、理想の世界をね」

彩由美は、自らの理想を語り始めた。彼女は、この世界にはびこる悪を滅ぼし、誰もが平等に幸せに暮らせる世界を創造したいと考えていた。

そして、彼女は、そのために時間逆行装置を利用しようとしていた。彼女は、過去に戻り、歴史を改変することで、自らの理想を実現しようとしていたのだ。

葉羽は、彩由美の狂気に満ちた思想に戦慄した。彼は、彩由美を止めるために、最後の推理対決を繰り広げた。

葉羽は、彩由美の計画の矛盾点を指摘し、彼女の論理を崩そうとした。しかし、彩由美は、葉羽の推理をことごとく覆した。

「葉羽くん、あなたの推理は素晴らしいわ。でも、あなたはまだ、重要なことを見落としている」

彩由美は、不気味な笑みを浮かべながら言った。

終章


歪んだ鏡像
「重要なことを見落としている」――彩由美の言葉が、葉羽の脳裏に響いた。彼は、全ての謎を解き明かしたと思っていた。しかし、彩由美の言葉は、まだ何か隠された真実があることを示唆していた。

葉羽は、もう一度、これまでの出来事を振り返った。塵芥の狂気、鏡像体の恐怖、時間逆行の悪夢。そして、彩由美の豹変。

その時、葉羽は、ある可能性に思い至った。

(もしかして……真の黒幕は、彩由美ではないのか?)

葉羽は、息を呑んだ。もし、彩由美が真の黒幕ではないとしたら、一体誰が? そして、その目的は何なのか?

葉羽は、彩由美の言葉の裏に隠された真意を探ろうとした。そして、彼はある恐ろしい真実に辿り着いた。

彩由美は、黒幕ではなかった。彼女は、真の黒幕に操られていたのだ。

真の黒幕は、葉羽自身だった。

正確には、未来の葉羽だった。

時間逆行装置の暴走によって、葉羽の意識は未来の自分自身と接触していた。そして、未来の葉羽は、自らの野望を実現するために、過去を改変しようと企んでいたのだ。

未来の葉羽は、時間逆行装置を使って、過去の自分自身に接触し、事件の捜査を操っていた。彼は、塵芥を利用し、鏡像体を利用し、彩由美を利用して、自らの計画を進めていたのだ。

彼の目的は、世界征服ではなかった。彼は、究極の力を手に入れ、神となることを目指していた。

未来の葉羽は、時間逆行装置を使って、過去のあらゆる時代に干渉し、歴史を改変することで、自らの力を蓄積していた。そして、最終的には、時間を超越した存在、つまり神となることを目指していたのだ。

葉羽は、全ての真実を理解した。そして、彼は、未来の自分自身と対峙することを決意した。

葉羽は、時間逆行装置の中へと飛び込んだ。装置は、再び暴走を始め、葉羽の意識は時間逆行の渦へと引き込まれていった。

葉羽は、未来の自分自身と対峙した。未来の葉羽は、冷酷な笑みを浮かべながら、葉羽を見つめていた。

「よく来たな、過去の俺」

未来の葉羽は、言った。

「なぜこんなことをするんだ? なぜ、世界を滅ぼそうとするんだ?」

葉羽は、未来の自分自身に問いかけた。

「なぜ? そんなの決まっているだろう。俺は、神になるためだ」

未来の葉羽は、答えた。

「神に? そんな…馬鹿な…」

葉羽は、信じられないという様子で呟いた。

「馬鹿な? 何が馬鹿な? 神になることこそが、俺の究極の目的だ。俺は、この世界を支配し、全てを手に入れる」

未来の葉羽は、狂気に満ちた目で葉羽を見つめた。

葉羽は、未来の自分自身の狂気を止めるために、最後の戦いを挑んだ。二人は、時間逆行の渦の中で、壮絶な戦いを繰り広げた。

長い戦いの末、葉羽は未来の自分自身を倒した。そして、彼は、時間逆行装置を破壊し、未来の自分自身の計画を阻止した。

葉羽は、現実世界へと戻ってきた。研究所は、完全に崩壊していた。彩由美と縫也は、瓦礫の中から救出された。

事件は解決した。しかし、葉羽は、深い喪失感を抱いていた。彼は、未来の自分自身と戦い、彼を倒した。それは、彼自身の一部を殺したことでもあった。

事件解決後、葉羽と彩由美は、事件を通して得た経験を胸に、新たな一歩を踏み出した。二人は、未来への希望を胸に、力強く生きていくことを誓った。

最後のシーン。葉羽は、自宅の鏡に映る自分の姿を見つめた。彼の顔には、深い悲しみと、わずかな不安が浮かんでいた。

彼は、事件の終わりが、新たな謎の始まりであることを予感していた。


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