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推理の迷宮


第1章: 退屈な日常と謎への渇望


神藤葉羽は、教室の窓際の席で退屈そうに外を眺めていた。春の陽気が教室に差し込み、他の生徒たちは楽しそうにおしゃべりをしているが、葉羽の頭の中は別の世界にあった。

「はぁ...」

深いため息をつくと、ポケットから小型の推理小説を取り出した。表紙には「密室の悪魔」という文字が踊る。葉羽にとって、これが唯一の慰めだった。

「神藤くん、また本?」

前の席から振り返った望月彩由美が、少し呆れたような、でも優しい笑顔を向けてきた。葉羽は一瞬、彩由美の瞳に見とれそうになったが、すぐに我に返った。

「ああ、まあね。」葉羽は素っ気なく答えた。本当は彩由美ともっと話したいのに、どう接していいのか分からない。「この作家の トリックは本当に素晴らしいんだ。」

彩由美は首を傾げた。「そう?私には難しそう...」

葉羽は少し興奮気味に説明を始めた。「いや、そんなことないよ。ほら、この作品では...」

しかし、彼の熱弁は教師の入室で遮られた。

授業中、葉羽の頭の中は常に謎解きで満たされていた。数学の問題も、歴史の年表も、全てが彼にとっては推理の材料だった。

「もし、この方程式が暗号だったら?」「もし、この歴史上の事件に隠された真実があったら?」

放課後、葉羽は一人で下校した。広大な豪邸に帰り着くと、静寂が彼を包み込む。

「ただいま。」

返事はない。両親は海外出張中で、使用人たちもこの時間にはいない。葉羽は寂しさを感じながらも、それを認めたくなかった。

書斎に向かい、膨大な推理小説コレクションの中から一冊を手に取る。しかし、読み進めるうちに、既視感に襲われた。

「これも、あれも、全部解けてしまう...」

葉羽は本を閉じ、天井を見上げた。彼の頭脳は常に刺激を求めていた。日常の謎など、彼にとってはあまりに簡単すぎる。

「本当の謎は、どこにあるんだ?」

その時、携帯電話が鳴った。画面には「彩由美」の名前。葉羽の心臓が少し早く鼓動を打つ。

「もしもし、葉羽?明日の放課後、ちょっと相談があるんだけど...」

彩由美の声に、葉羽は思わず身を乗り出した。

「どんな相談?」

「それが...学校で、ちょっと変なことが起きていて...」

彩由美の言葉に、葉羽の目が輝いた。これこそ、彼が求めていたものだった。

「分かった。明日、詳しく聞かせてくれ。」

電話を切ると、葉羽は久しぶりに心躍る感覚を覚えた。明日は、きっと面白いことが起こる。そう確信して、彼は再び本を手に取った。今夜は、明日への準備として、もう一度全ての推理テクニックを復習しようと決意したのだった。


第2章: 彩由美の秘密


翌日の放課後、葉羽は中庭のベンチで彩由美を待っていた。春の柔らかな風が頬をなでる中、彼は昨夜からの興奮を抑えきれずにいた。

「葉羽!ごめんね、待たせちゃって。」

彩由美が小走りでやってくる。その表情には、いつもの明るさの中に不安の影が見えた。

「気にするな。それで、昨日言っていた相談って?」

葉羽は真剣な眼差しで彩由美を見つめた。彩由美は周りを確認してから、小声で話し始めた。

「実は...私、最近、誰かに見られている気がするの。」

「見られている?ストーカーか?」葉羽の声には緊張が混じっていた。

彩由美は首を振った。「違うの。そういう感じじゃなくて...もっと...不思議な感じ。」

「不思議?どういうことだ?」

彩由美は深呼吸をして続けた。「先週の金曜日から、毎朝、私の机の上に赤いバラが置いてあるの。でも、誰も教室に入った形跡がないんだ。」

葉羽の目が輝いた。これは間違いなく、彼が求めていた謎だった。

「他には?何か変わったことは?」

「うん...私の日記が、少しずつ書き換えられているの。」

「書き換えられている?」葉羽は眉をひそめた。

彩由美はバッグから日記を取り出した。「ほら、ここ。私が書いた内容と違う文章になっているの。でも、筆跡は私のもの。」

葉羽は日記を受け取り、慎重に確認した。確かに、いくつかのページで文章が微妙に変わっていた。しかし、筆跡は間違いなく彩由美のものだった。

「これは...興味深いな。」葉羽は呟いた。「彩由美、この日記を預かってもいいか?調べたいことがある。」

彩由美は少し躊躇したが、うなずいた。「うん、いいよ。葉羽なら信頼できるから。」

その言葉に、葉羽は少しドキッとしたが、すぐに冷静さを取り戻した。

「分かった。必ず真相を突き止めるよ。それと...」葉羽は少し言葉を選びながら続けた。「しばらくの間、一人でいるときは気をつけてくれ。何か変わったことがあったら、すぐに連絡してくれ。」

彩由美は安心したように微笑んだ。「ありがとう、葉羽。あなたがいてくれて本当に心強いわ。」

二人が別れた後、葉羽は日記を大切そうに抱えながら帰路についた。頭の中では、既に様々な仮説が飛び交っていた。

「赤いバラ、書き換えられる日記...これは単なるいたずらじゃない。もっと深い意味がある。」

家に着くと、葉羽はすぐに書斎に向かった。日記を丹念に調べ上げ、変更された箇所を全てノートに書き出す。そして、それらの文章をつなぎ合わせてみた。

「まさか...」

葉羽の目が大きく見開かれた。つなぎ合わせた文章には、ある暗号が隠されていたのだ。それは、彩由美の秘密を指し示すものだった。

「彩由美...君には、俺の知らない顔があるのかもしれない。」

葉羽は窓の外を見つめた。夜空に輝く星々が、まるで彼に何かを伝えようとしているかのようだった。この謎は、彼が想像していた以上に深く、そして危険なものかもしれない。しかし、それこそが葉羽の求めていたものだった。

「よし、明日からは本格的に調査を始めよう。」

葉羽は決意を新たにし、明日への準備を始めた。彩由美の秘密、そして彼女を取り巻く不可思議な出来事。全ての謎を解き明かすまで、彼は決して諦めないだろう。


第3章: 学園祭の怪事件


秋の訪れを告げる風が校舎を包む中、神城学園は学園祭の準備で賑わっていた。葉羽のクラスは、「推理カフェ」を出すことに決まり、彼は半ば強制的に企画委員に任命されていた。

「神藤くん、このポスターどう思う?」彩由美が描いたポスターを見せながら尋ねてきた。

葉羽は一瞬、彩由美の笑顔に見とれたが、すぐに我に返った。「ああ、いいんじゃないか。でも、もう少し謎めいた雰囲気を出せたら...」

彩由美は少し困ったように首を傾げた。「うーん、難しいなぁ。」

その時、教室に騒ぎが起こった。

「大変だ!誰か、体育館の備品を全部隠したみたいなんだ!」

クラスメイトの一人が叫んだ。葉羽の目が輝いた。これは間違いなく、彼の出番だった。

「詳しく話を聞かせてくれ。」葉羽は立ち上がり、情報を集め始めた。

状況は次第に明らかになった。体育館に保管されていた学園祭用の備品—テント、椅子、テーブルなど—が一晩で消えてしまったのだ。しかも、体育館の鍵は閉められたままで、窓にも異常はなかった。

「完全な密室だな...」葉羽は呟いた。

彩由美が心配そうに寄ってきた。「葉羽、これって...」

「ああ、僕が調べてみる。」葉羽は自信に満ちた表情で答えた。

体育館に向かう途中、葉羽は様々な可能性を頭の中で整理していた。単なるいたずらか、それとも...

体育館に到着すると、既に多くの生徒や教師が集まっていた。葉羽は慎重に周囲を観察し、細かな痕跡を探した。

「おや?」床に何か光るものを見つけ、葉羽はしゃがみ込んだ。

それは小さな歯車だった。しかも、かなり特殊な形をしている。

「これは...」

葉羽の頭に、ある仮説が浮かんだ。しかし、それを証明するには更なる証拠が必要だった。

彼は体育館の隅々まで調べ上げ、いくつかの不自然な点を見つけた。壁のある部分が少し膨らんでいる。天井の一部に微かな隙間がある。そして、床の特定の場所を踏むと、かすかに異なる音がする。

「なるほど...」

葉羽は全てを理解した瞬間、大きく目を見開いた。

「みんな!壁に触れないで!」彼は大声で叫んだ。

その直後、体育館全体が震動し始めた。壁が動き、床が開き、天井が変形する。そして、消えていた備品が次々と現れ始めたのだ。

生徒たちから驚きの声が上がる中、葉羽は冷静に状況を説明し始めた。

「これは、からくり仕掛けの体育館だったんだ。誰かが、この建物全体を巨大な機械に改造していた。備品は隠されていたんじゃない。収納されていたんだ。」

彩由美が感嘆の声を上げた。「すごい...でも、誰がこんなことを?」

葉羽は少し考え込んだ。「それはまだ分からない。でも、きっと近いうちに...」

その時、校内放送が鳴り響いた。

「神藤葉羽君、校長室まで来てください。」

葉羽と彩由美は顔を見合わせた。この呼び出しが、新たな謎の始まりを告げているようだった。

「行ってくる。」葉羽は彩由美に軽く手を振り、校長室へと向かった。

彼の背中を見送りながら、彩由美は複雑な表情を浮かべていた。まるで、何か重大な秘密を抱えているかのように...


第4章: 幼なじみの想い


校長室から出てきた葉羽の表情は、いつになく硬かった。彩由美は中庭のベンチで彼を待っていた。

「葉羽、大丈夫?何があったの?」彩由美の声には心配が滲んでいた。

葉羽は深いため息をついてから口を開いた。「校長先生から、学園の秘密を調査してほしいと頼まれたんだ。」

「秘密?」

「ああ。どうやら、学園内で不可解な出来事が相次いでいるらしい。体育館の件もその一つだったんだ。」

彩由美は少し驚いた様子で「へぇ...」と呟いた。

葉羽は彩由美の反応を注意深く観察しながら続けた。「それで、君にも協力してほしいんだ。」

「え?私に?」

「ああ。君は学園のことをよく知っているし、みんなから信頼されている。情報収集に協力してくれないか?」

彩由美は少し躊躇した後、笑顔で答えた。「うん、もちろん!葉羽のためなら何でもするよ。」

その言葉に、葉羽は一瞬戸惑いを見せたが、すぐに平静を取り戻した。

「ありがとう。」

二人は学園内を歩きながら、これまでに起きた不可解な出来事について話し合った。しかし、葉羽の心の中では、別の疑問が渦巻いていた。

彩由美の日記の謎。赤いバラ。そして、彼女の微妙な反応。全てが何かを指し示しているような気がしてならない。

「ねえ、葉羽。」突然、彩由美が立ち止まった。

「何だ?」

「私たち、幼なじみだよね。」

葉羽は少し驚いて「ああ、そうだな」と答えた。

彩由美は空を見上げながら続けた。「覚えてる?小学校の時、二人で秘密基地を作ったこと。」

懐かしい記憶が葉羽の心に蘇った。「ああ...あの古い倉庫だな。」

「うん。あの時、私たち、何か約束したよね?」

葉羽は眉をひそめた。約束?何の約束だったか、はっきりと思い出せない。

「すまない、よく覚えていないんだ。」

彩由美は少し寂しそうな表情を浮かべたが、すぐに笑顔に戻った。「ううん、いいの。きっといつか思い出すよ。」

その瞬間、葉羽の携帯が鳴った。見知らぬ番号からのメッセージだった。

「神藤葉羽へ。君の探している真実は、過去の約束の中にある。」

葉羽は驚いて彩由美を見た。しかし、彼女は何も気づいていない様子だった。

「どうしたの?」彩由美が不思議そうに尋ねた。

「いや...なんでもない。」葉羽は携帯をしまいながら答えた。

二人は再び歩き始めたが、葉羽の心の中は混乱していた。彩由美の言葉と、このメッセージ。そして、まだ解けていない数々の謎。全てが繋がっているような気がする。

「彩由美。」葉羽は突然立ち止まった。

「何?」

「今度の日曜日、時間あるか?」

彩由美は少し驚いたような表情を見せたが、すぐに嬉しそうな笑顔になった。「うん、あるよ。」

「あの...秘密基地に行ってみないか?」

彩由美の目が輝いた。「行く!絶対行く!」

葉羽はほっとしたように微笑んだ。「じゃあ、日曜の朝9時に駅前集合な。」

「うん!楽しみ!」

別れ際、彩由美は珍しく葉羽に抱きついた。「ありがとう、葉羽。」

その温もりに、葉羽は言葉を失った。彼女の背中に手を回そうとした瞬間、彩由美は離れていった。

「じゃあ、日曜日ね!」

彩由美が走り去る後ろ姿を見つめながら、葉羽は複雑な思いに包まれた。幼なじみの想い、解けない謎、そして迫り来る真実。全てが交錯する中、日曜日への期待と不安が彼の心を占めていった。


第5章: 豪邸に潜む影


日曜日を前に、葉羽は自宅の豪邸で調査の準備を進めていた。書斎の大きな机の上には、これまでの謎に関する資料が山積みになっている。

「やはり、全ては繋がっているはずだ...」葉羽は呟きながら、ノートに新たな推論を書き込んでいた。

突然、館内に設置された警報が鳴り響いた。

「侵入者?」葉羽は驚いて立ち上がった。

セキュリティシステムの画面を確認すると、何者かが庭園に侵入した形跡があった。しかし、カメラには何も映っていない。

「まさか...」

葉羽は慎重に館内を探索し始めた。広大な豪邸の中を一つ一つ確認していく。しかし、どの部屋にも異常は見当たらない。

「おかしい...」

そう思った瞬間、背後から物音がした。葉羽が振り返ると、そこには黒いマントを纏った人影が立っていた。

「誰だ!」葉羽は叫んだ。

人影は答えず、すぐさま走り去った。葉羽は躊躇なく追いかける。

豪邸の廊下を駆け抜け、階段を駆け下りる。しかし、人影の動きは異常に速い。

「待て!」

追跡は地下室へと続いた。葉羽が地下室に飛び込んだ瞬間、ドアが閉まり、暗闇に包まれた。

「くっ...」

懐中電灯を取り出し、周囲を照らす。そこには、予想もしなかったものが広がっていた。

壁一面に貼られた写真と新聞記事。そのほとんどが、葉羽と彩由美に関するものだった。

「これは...一体...」

写真の中には、二人が知らないうちに撮られたものも多数あった。そして、その中心に大きく貼られていたのは、幼い頃の葉羽と彩由美の写真。二人で秘密基地にいる姿だった。

「あの約束...」

突然、記憶が蘇った。幼い頃、二人で交わした約束。

「大人になったら、二人で世界中の謎を解きに行こう」

その瞬間、地下室の奥から拍手が聞こえた。

「よく思い出してくれたね、葉羽くん。」

声の主は、黒いマントを脱ぎ、姿を現した。それは...

「彩由美...?」

彩由美は微笑んでいたが、その目には悲しみが浮かんでいた。

「ごめんね、こんな形で再会することになって。でも、これが私にできる唯一の方法だったの。」

葉羽は混乱していた。「どういうことだ?これは全て...君が?」

彩由美はゆっくりと頷いた。「そう。体育館の仕掛けも、日記の謎も、全て私がやったの。あなたに、私たちの約束を思い出してほしかったから。」

「でも、なぜこんな...」

「あなたが忘れてしまったから。」彩由美の声は震えていた。「私たちの約束を。私の想いを。全てを。」

葉羽は言葉を失った。確かに、彼は幼い頃の約束を忘れていた。そして、彩由美の気持ちにも気づいていなかった。

「彩由美...僕は...」

その時、地下室の電気が突然点いた。そして、予想外の声が響いた。

「素晴らしい!これこそ本物の謎解きだ!」

振り返ると、そこには見知らぬ中年の男性が立っていた。

「誰だ、君は?」葉羽は警戒しながら尋ねた。

男性は満面の笑みで答えた。「私は推理小説家の影山誠二。そして、君たち二人に、とっておきの提案があるんだ。」

葉羽と彩由美は顔を見合わせた。この展開が、新たな謎の始まりを予感させていた。


第6章: 推理小説作家の来訪


影山誠二の突然の登場に、葉羽と彩由美は戸惑いを隠せなかった。

「提案とは?」葉羽が慎重に尋ねた。

影山は楽しそうに笑いながら答えた。「君たち二人に、私の新作のモデルになってほしいんだ。」

「モデル?」彩由美が首を傾げる。

「そう。君たちの関係性、そしてこの一連の出来事。これこそ最高の推理小説の題材だよ。」影山は興奮気味に説明を続けた。「天才高校生探偵と、彼を振り向かせるために謎を仕掛ける幼なじみのヒロイン。素晴らしいじゃないか!」

葉羽は眉をひそめた。「待ってください。どうしてこの場所を知っているんです?」

影山は少し困ったような表情を見せた。「実は...私は彩由美さんの協力者なんだ。」

「え?」葉羽は驚いて彩由美を見た。

彩由美は申し訳なさそうに説明を始めた。「ごめんね、葉羽。実は影山先生とは数ヶ月前に出会って...私の想いを聞いてくれたの。そして、あなたの注目を集める方法を考えてくれたの。」

葉羽は複雑な表情で聞いていた。「つまり、この全ての謎は...」

「ええ、私と影山先生が協力して作り上げたものよ。」彩由美は少し恥ずかしそうに答えた。

影山が続けた。「しかし、君の推理力は私の予想を遥かに超えていた。体育館のからくりを解くスピードには驚いたよ。」

葉羽は少し考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。「確かに、これは面白い展開だ。でも...」

彼は彩由美をまっすぐ見つめた。「こんな回りくどい方法を取らなくても良かったんだ。」

彩由美は驚いた表情を浮かべた。「え?」

「君の気持ち...実は気づいていたんだ。ただ、自分の気持ちに自信が持てなくて...」葉羽は少し照れくさそうに言った。

彩由美の目に涙が浮かんだ。「葉羽...」

影山は二人を見て満足そうに頷いた。「さて、これで物語の山場は終わったようだね。では、私の提案についてだが...」

その時、再び警報が鳴り響いた。

「また侵入者?」葉羽が驚いて叫んだ。

影山は困惑した表情を浮かべた。「いや、これは私たちの計画にはない...」

突然、地下室のドアが勢いよく開き、数人の黒服の男たちが飛び込んできた。

「動くな!」

葉羽と彩由美、そして影山は固まった。

黒服の男たちの中から、一人の年配の紳士が現れた。

「やあ、葉羽くん。久しぶりだね。」

葉羽は驚きのあまり声を失った。その人物は...

「お、おじいさん...?」

部屋の空気が一変する。葉羽の祖父、神藤誠一郎の登場により、状況は新たな展開を迎えようとしていた。

「さて、孫よ。君にはこれから、家族の真実を知ってもらう時が来たようだ。」

誠一郎の言葉に、葉羽は直感した。これまでの全ての謎は、まだ序章に過ぎなかったのだと。


第7章: 葉羽の過去


豪邸の応接室。葉羽、彩由美、影山、そして神藤誠一郎が向かい合って座っていた。空気は張り詰め、誰もが次の言葉を待っているようだった。

誠一郎が口を開いた。「葉羽くん、君は自分の家系について、どれだけ知っているかな?」

葉羽は眉をひそめた。「父と母が海外で仕事をしていて、僕はここで一人暮らしをしている。それ以上のことは...」

「そうか。」誠一郎はため息をついた。「実はな、我々神藤家には、代々受け継がれてきた使命があるんだ。」

「使命?」

誠一郎は頷いた。「そう。我々は『影の調停者』と呼ばれる存在だ。世界中の裏で起こる様々な事件や紛争を、表沙汰にせずに解決する。そのために、代々、卓越した推理力と判断力を持つ者が選ばれてきた。」

葉羽は驚きを隠せなかった。「まさか...僕も?」

「その通りだ。君の両親が海外にいるのも、実はこの任務のためなんだ。」

彩由美が口を挟んだ。「でも、どうして今まで...」

誠一郎は彩由美を見て微笑んだ。「君の存在も、実は重要なんだよ。神藤家の後継者には、常に理解者が必要とされてきた。君はその役割を果たすために選ばれたんだ。」

彩由美は驚いて口を押さえた。

影山が興奮気味に言った。「なんという展開だ!これこそ最高の物語...」

誠一郎は厳しい目で影山を見た。「影山さん、あなたの小説は楽しませてもらっています。しかし、これは決して小説の題材にはできません。」

影山は急に真剣な表情になった。「...分かりました。」

葉羽は混乱していた。「でも、おじいさん。なぜ今になって?」

誠一郎は深刻な表情で答えた。「世界が危機に瀕しているからだ。我々の力が、今まで以上に必要とされている。」

「危機?」

「そう。詳細は後で説明するが、世界規模の陰謀が進行中なんだ。それを阻止するのが、君の最初の任務となる。」

葉羽は立ち上がった。「待ってください。僕にそんな大役が務まるとは思えません。」

誠一郎は優しく微笑んだ。「心配するな。君には才能がある。そして...」彼は彩由美を見た。「君を支える人もいる。」

彩由美は葉羽の手を取った。「私、葉羽と一緒なら何でもできると思う。」

葉羽は彩由美を見つめ、少しずつ覚悟を決めていった。

「分かりました。僕に何をすればいいのでしょうか。」

誠一郎は満足そうに頷いた。「まずは特訓だ。君の能力を最大限に引き出す必要がある。」

影山が突然立ち上がった。「私にも協力させてください!推理小説家としての知識を、葉羽君の訓練に活かせると思います。」

誠一郎は少し考えてから同意した。「いいだろう。君の経験も役立つかもしれない。」

葉羽は深呼吸をした。彼の人生が、この瞬間から大きく変わろうとしていた。

「準備はいいかな、葉羽くん?」誠一郎が尋ねた。

葉羽は彩由美の手を強く握り返しながら答えた。「はい、覚悟はできました。」

部屋の空気が変わった。これから始まる特訓と、その先に待つ世界規模の陰謀。葉羽の人生最大の謎解きが、今まさに始まろうとしていた。


第8章: 彩由美の告白


特訓が始まって1ヶ月が経過した。葉羽の日々は、誠一郎の指導の下での推理力強化訓練、影山による心理分析講座、そして彩由美のサポートで埋め尽くされていた。

ある夜、葉羽と彩由美は豪邸の庭園を散歩していた。月明かりが二人を優しく照らす。

「葉羽、少し休憩しない?」彩由美が提案した。

二人はベンチに腰掛けた。しばらくの沈黙の後、彩由美が口を開いた。

「ねえ、葉羽。私、ずっと言いたいことがあったの。」

葉羽は彩由美を見つめた。「何だ?」

彩由美は深呼吸をして続けた。「私、本当はもっと早くに言うべきだったの。あの日記の謎や、学園での出来事...あれは全て私が仕組んだことだったの。」

葉羽は驚いた様子もなく、静かに聞いていた。

「でも、それだけじゃないの。」彩由美の声が震えた。「私...神藤家のことを前から知っていたの。」

「え?」今度は葉羽が驚いた。

彩由美は涙ぐみながら説明を続けた。「私の家族も、代々神藤家をサポートする役割を担っていたの。だから、私たちが幼なじみになったのも偶然じゃなかった。」

葉羽は黙って聞いていた。

「でも、葉羽。」彩由美は真剣な眼差しで葉羽を見つめた。「私の気持ちは本物よ。あなたのことが好きになったのは、決して役割だからじゃない。」

葉羽はゆっくりと手を伸ばし、彩由美の頬を優しく拭った。

「分かっているよ、彩由美。」

「え?」

「実は、僕も気づいていたんだ。君の行動の意図も、神藤家との関係も。」葉羽は微笑んだ。「でも、それでも君を信じていた。君の気持ちが本物だということを。」

彩由美は驚きと安堵の表情を浮かべた。「葉羽...」

「僕たちの関係は、たとえ運命に導かれたものだとしても、その中で育んだ感情は本物だ。そう信じている。」

彩由美は涙を流しながら葉羽に抱きついた。「ごめんね、葉羽。これからは絶対に嘘はつかない。」

葉羽は彩由美を優しく抱きしめ返した。「ああ、僕も君に全てを打ち明けるよ。これからは二人三脚で、どんな謎も解いていこう。」

月明かりの下、二人は長い間抱き合っていた。この瞬間、彼らの絆はより強固なものとなった。

しかし、彼らは知らなかった。この告白の瞬間も、誰かに見られていたことを。豪邸の窓から、誠一郎が満足そうに二人を見つめていた。

「よし、これで準備は整った。」誠一郎は呟いた。「いよいよ本番だ。」

彼は携帯電話を取り出し、ある番号に電話をかけた。

「計画を実行に移せ。」

電話の向こうで、謎の声が応えた。「了解しました。作戦『影の蝶』、開始します。」

誠一郎は電話を切り、再び窓の外を見た。葉羽と彩由美はまだ抱き合ったままだった。

「孫よ、君たちの真の試練はこれからだ。」誠一郎は静かに呟いた。「世界の命運を賭けた戦いが、今始まる。」


第9章: 最後の推理

翌朝、葉羽は緊急の呼び出しを受けて誠一郎の書斎に向かった。そこには既に彩由美と影山がいた。

「何があったんですか、おじいさん?」葉羽が尋ねた。

誠一郎は厳しい表情で答えた。「世界規模の陰謀が、いよいよ動き出した。」

彼はスクリーンを指さした。そこには世界中で同時多発的に起きている不可解な事件のニュースが映し出されていた。

「これらの事件は全て、『影の蝶』と呼ばれる組織の仕業だ。」誠一郎は説明を続けた。「彼らの目的は、世界中の主要な暗号システムを同時にハッキングし、グローバル経済を崩壊させることだ。」

葉羽は眉をひそめた。「なぜそんなことを?」

「力だ。」影山が口を挟んだ。「世界を混乱に陥れ、その隙に乗じて新たな秩序を作り上げようとしているんだ。」

誠一郎は頷いた。「その通りだ。そして、彼らの最終目標は今夜12時。我々には24時間しかない。」

彩由美が不安そうに尋ねた。「私たちに何ができるんですか?」

誠一郎は葉羽を見つめた。「葉羽、君の推理力が鍵となる。『影の蝶』の本部を突き止め、彼らのシステムを無効化しなければならない。」

葉羽は深呼吸をした。「分かりました。全力を尽くします。」

それから数時間、葉羽は与えられた全ての情報を分析し、推理を重ねた。彩由美と影山も全面的にサポートした。

夜の11時、葉羽は突然立ち上がった。

「分かった!」

全員が彼に注目した。

「『影の蝶』の本部は、実は私たちのすぐ近くにある。」葉羽は説明を始めた。「彼らは、最も疑われにくい場所を選んだんだ。」

「まさか...」誠一郎の顔が青ざめた。

葉羽は頷いた。「はい、この豪邸の地下にあります。」

一同は驚愕した。

「でも、どうやって?」彩由美が尋ねた。

葉羽は説明を続けた。「全ての謎を解くカギは、この家の設計図にありました。通常の豪邸には不自然な空間が存在していたんです。そして、世界中で起きた事件の地理的パターンを分析すると、全てがこの場所を中心に放射状に広がっていることが分かりました。」

誠一郎は深刻な表情で言った。「まさか、私の知らないところで...」

影山が叫んだ。「時間がない!今すぐ行動を!」

葉羽は全員を見渡した。「僕たちで『影の蝶』を止めましょう。」

一同は頷き、豪邸の地下へと向かった。そこには確かに、最新技術を駆使した秘密基地があった。

激しい戦いの末、葉羽たちは『影の蝶』のメンバーを制圧し、システムの無効化に成功した。

時計が12時を指す直前、全てが終わった。

誠一郎は疲れた表情で葉羽に言った。「よくやった、葉羽。君は真の『影の調停者』になったな。」

葉羽は彩由美の手を取りながら答えた。「いいえ、僕たち全員でやり遂げたんです。」

影山は興奮気味に言った。「これは間違いなく世紀の大事件だ!しかし、誰にも語ることはできないんだろうな...」

全員が笑った。

その夜、世界は知らないうちに大きな危機を脱していた。そして葉羽と彩由美の新たな冒険が、ここから始まるのだった。



第10章: 真実の行方


事件解決から1週間が経過した。世界は平穏を取り戻し、表向きは何事もなかったかのように日常が続いていた。しかし、神藤家の豪邸では新たな動きが始まっていた。

葉羽は書斎で彩由美と向かい合っていた。二人の表情は真剣そのものだった。

「やはり、まだ何かおかしいんだ。」葉羽が口を開いた。

彩由美は頷いた。「私もそう感じていたの。あの事件、あまりにも簡単に解決しすぎたわ。」

葉羽は立ち上がり、窓の外を見つめた。「『影の蝶』の本部がこの豪邸の地下にあったこと。おじいさんが知らなかったはずがない。」

「そう、それに...」彩由美は躊躇いがちに続けた。「影山先生の行動も少し不自然だったわ。」

葉羽は彩由美を見つめ返した。「君も気づいていたんだね。彼の知識は、単なる推理小説家のものとは思えない。」

二人は黙って見つめ合った。そこには信頼と決意が満ちていた。

「調べてみよう。」葉羽が言った。

彩由美は頷いた。「うん、一緒に。」

それから数日間、二人は密かに調査を進めた。誠一郎や影山の過去、『影の蝶』の真の目的、そして神藤家の秘密。全てを洗いざらい調べ上げた。

そして、驚くべき事実が明らかになった。

豪邸の隠し部屋。葉羽と彩由美は、そこで誠一郎と影山が話し合っているのを盗み聞いた。

「計画は予定通り進んでいます。」影山の声が聞こえた。

誠一郎が答えた。「よし。葉羽と彩由美の成長も満足のいくものだった。彼らなら、次の段階も乗り越えられるだろう。」

「しかし、彼らに真実を知られたら...」

「構わん。むしろ、それも計画の一部だ。」

葉羽と彩由美は顔を見合わせた。全てが繋がった。

部屋に踏み込んだ二人を見て、誠一郎と影山は驚いた様子もなかった。

「やはり気づいたか。」誠一郎が言った。

葉羽は冷静に尋ねた。「全て仕組まれていたんですね。『影の蝶』も、私たちの特訓も、全て。」

誠一郎は頷いた。「その通りだ。これは全て、次世代の『影の調停者』を育成するための試練だった。」

彩由美が口を挟んだ。「でも、なぜそこまで...」

影山が答えた。「世界は、表と裏の両方から守られなければならない。そのために、最高の人材が必要なんだ。」

葉羽は深く考え込んだ。「つまり、私たちは...」

「そう。」誠一郎が言った。「君たちこそが、新たな『影の調停者』だ。世界の均衡を保つ重要な存在なんだ。」

部屋は重い沈黙に包まれた。

最後に、葉羽が口を開いた。「分かりました。この役目、受け入れます。ただし...」

彼は彩由美の手を取った。「僕たちなりのやり方で。」

彩由美も強く頷いた。「私たちの正義と信念を曲げずに。」

誠一郎と影山は満足そうに笑った。

「よし、では新たな冒険の始まりだ。」誠一郎が言った。

影山が付け加えた。「そして、新たな物語の幕開けでもある。」

葉羽と彩由美は互いを見つめ、微笑んだ。彼らの前には、まだ見ぬ謎と冒険が広がっていた。そして、それは世界の運命を左右する大きな責任でもあった。

しかし、二人は恐れなかった。なぜなら、彼らには互いがいたから。

「行こう、彩由美。」
「うん、葉羽。」

二人は手を取り合い、新たな未来へと歩み出した。真実の行方は、まだ誰にも分からない。ただ、それを追い求める二人の姿だけが、確かにそこにあった。

(完)

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