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おきにいりnote

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なんとなくいいな、の世界 (読ませていただいてる長編小説のしおりにも使用しています🍀)
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#短編小説

るっくばっく(仮)

るっくばっく(仮)

 高校時代の担任は軍人教官のように厳しい人間だった。特にそのもの言いは遠慮がなく、腑抜けた態度を取る者がいれば、例え女子であろうと容赦はしなかった。
 別名、「能面」
 物怪のような異名を持つ先生と面と向き合うには相応の覚悟と勇気が要った。

 初めて、その姿を目の当たりにしたのは入学してまだ間もない頃のことだ。全校集会の壇上で立ち構えていたのは、柳のような静けさをたずさえた男だった。

「己を知

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【短編小説】水色の平凡な日常

【短編小説】水色の平凡な日常

 お昼休み、トイレから戻ると僕の席に岡田さんが座っていた。足を組み手を叩いて笑う姿はまるでここの席は私の席だといわんばかりの堂々とした態度だ。どけ。そこは僕の席だ。話すなら立って話せ。と心の中で呟いて僕はトイレへと逃げる。
 今日でもう五日目だ。最初は偶然だろうと思っていたけれど、どうやら偶然ではないらしい。岡田さんは僕が何も言ってこないことを知ったうえでわざと僕の席に座っている。三日目に近づいて

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始まりと終わりの物語

始まりと終わりの物語

 これから私は傑作小説を書くところだ。物語の冒頭は読者をひき付ける最も重要な箇所である。渾身の力で文章を書き上げた。なかなか迫力がある。特に最初の3ページは、我ながら満足のいく書き出しであった。

 冒頭部分は完璧に書けた。自然に執筆が進んでいく。登場人物が勝手に動き出す。私は作者でありながら、コイツら面白いなと思いながら物語が流れるように展開していった。

 あの男にはこんな側面もあったのか、あ

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短編小説『知恵の実』1/4(1065文字)

短編小説『知恵の実』1/4(1065文字)

 昔から、【ハコ】を削るのは好きだった。

【ハコ】は白く、表面はザラザラしていて、一面の大きさが文庫本ほどの立方体。僕はまずそれを支給されると、角で手を切らないように気をつけて、面に余計な汚れがついていないかを点検する。

 といっても、なにかが付着していたことなんかないし、仮に汚れがついていたとしても、ヤスリで削ればいいだけの話なのだけど。

 点検が終わるとその一抱えもある立方体を分けていく

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短編小説『ニエモドキ』1/4(1470字)

短編小説『ニエモドキ』1/4(1470字)

 私の父の実家は田舎のお屋敷で、ときどきいろいろな生き物が迷い込むのだが、【ニエモドキ】のときはちょっとした騒ぎになった。

 それは中学にあがったばかりの春、週末に両親に連れられて、田舎に帰郷したときのことだった。

 お屋敷はとことん広く、表は畑で、裏に山。その山も先祖からの土地で、竹林があり、よくたけのこを鍬で掘るのに連れて行ってもらった。私が【ニエモドキ】という言葉を最初に聞いたのは、たし

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掌編小説|ついたち

掌編小説|ついたち

 足音が近づく。手にしていたスマートフォンは布団の中に隠し、枕元にあった漫画を開いた。
 予想通り、足音は私の部屋の前で止まり、次にはドアをノックされた。
「こん、ばん、み」
 気に入っているタレントの挨拶を真似て部屋へ入ってきた母は、手にコミック本を数冊抱えている。
「どうしたの、それ」
 触れないのも気まずい。だから質問を投げた。
「もうさ、我慢できなくて大人買いよ。知ってるよね?〝あたいらの

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短編小説 | バースデーバルーン | 創作大賞2024

短編小説 | バースデーバルーン | 創作大賞2024

 妹の頭が徐々に大きくなっていく。病気じゃない。
 わかっているんだ。家族の誰もが。だけど何も言えやしない。
 傷ついても、恥ずかしくても、怒っても、どうしたって、妹の頭は大きくなって、その成長を止めることは出来ない。

 (一)

 妹は僕の八つ下で、ぼくにとっては目に入れても痛くない存在だった。だけど、そんな例えですら口にするのも憚られるくらい、妹の頭は大きくなっていた。
   その始まりはた

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掌編小説 | 儀礼

掌編小説 | 儀礼

※暴力的な表現を含みます。

 平日の昼間だ。早朝から江の島観光をした帰り、新宿までの普通電車の車内は空いていた。座席のシート一列を二、三人で分け合い、それぞれが他人の空間に立ち入らない配慮をして座っている。

 わたしには晶の右側を半歩下がって歩く癖がある。彼の前に立とうと思ったことはない。それはわたしが彼と保つ、絶妙な角度と距離であって、彼の方でもおそらくそう感じている。そのことについて二人で

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短編小説/濡れ鼠

短編小説/濡れ鼠

 南口のバスターミナルで、名古屋行きの夜行バスを待っている。不運なことに傘はない。急に降り出した大粒の雨を五分ほど浴びた後、びしょ濡れの体でバスに乗り込んだ。
「寒いですね」
 と隣の席の女性に声をかけられる。雨で濡れた髪をタオルで拭きながら、「雨が降るとは思いませんでした」とため息と共にその人はいう。
「そうですね、予報では晴れだったと思います」
 そう言って、僕も長く息を吐く。
「実は今日、彼

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太陽が消えた街。

太陽が消えた街。

笑い方?
忘れた。
怒り方?
忘れた。
泣き方?
忘れたよ。

人って売れるんだって。
親父は泣きながら、得体の知れない男達にあたしを引き渡した。
泣いてた顔は途端に姿を変えて、得体の知れない男達のボスであろう人物の機嫌取りに媚びた笑いを繰り返す。

あたしはあの顔が世界で1番嫌いだ。

抵抗はしなかった。
親父と暮らしてても、最低な生き方
してたから。
特に変わりない生き方を、親父の
いない場所

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恋文の呪い | 小説

恋文の呪い | 小説

 今日はありがとう。楽しかったです。
 書いているのは前日だけど、楽しかったに決まっているので。貴重な休日を私にくれてありがとう。
 いまね、大学のカフェでこの手紙を書いているの。あと少しで卒業かと思うと、時の流れの速さにびっくりしてしまいます。あなたと出会ってからもうすぐ4年。あっという間でしたね。
 あなたがこれを読んでいるということは、もう会わないと私から伝えることができたのでしょう。そのつ

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短編小説:夜を歩く

短編小説:夜を歩く



23時

 寝返りをうつのはこれで何度目だろうか。形の合わない箇所にむりやりパズルのピースをはめ込んでいるような気分だった。
「寝れねえ」
 俺は誰に言うでもなくそうつぶやいた。しかし狭い部屋で独りそんなことをぼやいてみても余計に目が冷めていくだけだというのは嫌というほど分かっていた。ただそのことをはっきりと確認したかっただけなのかもしれない。つまりある種の諦めだ。
 目を開けて上半身を起こし

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短編小説 | Message~私はあなたを許す~

短編小説 | Message~私はあなたを許す~

どこかの、やさしい、だれかは
わかっているよ。

あなたが、こどもをあいせなくて
くるしんだこと。
そのことを、だれにも、うちあけられずに
くるしんだこと。

こどもから、にげるように
トイレにこもったこと。
SNSにいぞんして、げんじつから
にげていたこと。

ゆうがた、なきさけぶ、こどものこえに
みみをふさいで、ないたこと。

こどもの、ねがおに
なきながらあやまった、ひび。

どこかの、だれ

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金髪な心意気

金髪な心意気

 私は公園のベンチに座って煙草を吸っていた。頭を逸らして、天に向かって煙を吐く。
 明香、これからどうするつもり? 煙草なんか吸って。だから、あんたは……。
「だから、あんたは……」
 朝、親が呑み込んだ言葉を、煙の向こうの青空からするすると引き寄せた。
「……ダメなんだ」
 二か月前に離婚して、実家に戻ってきた。離婚のゴタゴタで精神的にぼろぼろで、希望も自信もなくなった。仕事を見つける気力もなく

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