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おきにいりnote

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なんとなくいいな、の世界 (読ませていただいてる長編小説のしおりにも使用しています🍀)
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#恋愛小説部門

【#創作大賞2024 #恋愛小説部門】『制服にサングラスは咲かない』最終話

【#創作大賞2024 #恋愛小説部門】『制服にサングラスは咲かない』最終話

ーーういっす、今日仕事終わり飲みいかん?この間の不倫上司の愚痴きいてほしい、これが笑えるから、おっとっとオチは取っとかないとね

僕は来たメッセージに返信をした。

ーーごめん、今日さ、遠出しているからまた来週のどこかで空いてる?ぜひともその話は聞いとかないだしね、温めておいてもらえるとありがたいな

すぐに返信がきた。
昔からリョートのレスポンスは早い。
仕事もできるに違いない。

ーーあたりま

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【#創作大賞2024 #恋愛小説部門】『制服にサングラスは咲かない』20章

【#創作大賞2024 #恋愛小説部門】『制服にサングラスは咲かない』20章

ふり返れば、立ち込める入道雲と支配的な山々が、夏と共に遠ざかっていくように思えた。

何もなければもう少し、いられた場所。
居場所のように思えた空間と関係性。
そういったものが、糸がほぐれてみるみる形を失っていく服のように思えた。

僕らの乗った車が走れば走るほど、糸は伸びて、やがて失われる。
いつか、ここで過ごした日々が、霞のように消えていってしまうような気がした。

もしあの場にビーチサンダル

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【#創作大賞2024 #恋愛小説部門】『制服にサングラスは咲かない』17章

【#創作大賞2024 #恋愛小説部門】『制服にサングラスは咲かない』17章

家のなかが、大学生の活気で賑わう。
昨日まではじいちゃんとアジサイと僕の3人で過ごしていたから、言い方は悪いけれど、急な異物感。
異物感はやはり言い方が悪い。
けれど、それ以外の表現方法が見当たらない。

大学生は各々、大きなリュックサックとボストンバッグやキャリーケースなどを居間に置いて、じいちゃんの説明を受けている。
あまり話を聞く気がないのか、じいちゃんが話しているというのに、横の大学生と話

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【#創作大賞2024 #恋愛小説部門】『制服にサングラスは咲かない』15章

【#創作大賞2024 #恋愛小説部門】『制服にサングラスは咲かない』15章

ーーお、泣き止んできたな、ほらもう一本やるからよ、外で煙草でも吸ってきな、男泣きのあとは、そういう儀式が必要なんだよ

僕はゲンジさんの言葉に押されて外に出た。
相変わらず、人工的に作られた町になりかけてなれなかった人気もないけれどしっかりと整備されたこの場所から見る森は、張りぼてのように見えた。

僕はツネさんからもらった煙草に火を点けて、煙をはく。
胸の中ヘドロが全て、煙となって出て、細く宙に

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【#創作大賞2024 #恋愛小説部門】『制服にサングラスは咲かない』14章

【#創作大賞2024 #恋愛小説部門】『制服にサングラスは咲かない』14章

ビーチサンダルと電話をしてから1週間、もしかしたら2週間は経過したかもしれない。

電話こそしないけれど、毎日何かしらのメッセージが送られてきて、僕は夏のカゲロウのようにじりじりと内臓を焼かれているような気がした。

ーー手は繋いだのか。
ーー抱き合ったか、そういう意味じゃねえけどよ。
ーーキスはしたのか。
ーーおっぱい揉んだのか
ーーまんこ見たか。
ーーお前のは触らせたのか
ーーセックスしたのか

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【#創作大賞2024 #恋愛小説部門】『制服にサングラスは咲かない』12章

【#創作大賞2024 #恋愛小説部門】『制服にサングラスは咲かない』12章

星が見えた。
山は夜になるとやはり冷える。
両肩がひんやりと熱を失う。

僕は肩までお湯に沈めた。

砂を蹴るような足音。

「よう、湯加減はどうだ」

「最高です、ありがとうございます」

「違うだろう」

「あ」またやってしまった。僕は改めて言いなおす。

「最高だよ、久しぶりにお湯につかった気分、それに露天風呂なんてそれこそいつぶりだろう」

「そうか、それならよかった、なかなか乙なものだろ

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【#創作大賞2024 #恋愛小説部門】『制服にサングラスは咲かない』11章

【#創作大賞2024 #恋愛小説部門】『制服にサングラスは咲かない』11章

「おいしい!」

アジサイが控えめにだけれどもきっぱりと叫んだ。

ゲンジさんは炊飯器で炊いてあった米でおにぎりを握ってくれた。
具のないシンプルな塩結び。
この米は近所のーーとは言っても車で10分以上はかかるところにいるーー米農家から貰ったものだと言っていた。

塩結びでも十分なのに、お湯を沸かして即席の味噌汁、それからゲンジさんの畑で取れたキュウリの塩漬け。

失礼だが一見質素に見えるそれらが

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【#創作大賞2024 #恋愛小説部門】『制服にサングラスは咲かない』10章

【#創作大賞2024 #恋愛小説部門】『制服にサングラスは咲かない』10章

いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
ただ眠りは浅かった。
僕の全神経が緊張を知らせる。

納屋の扉が開く音がした。
細い朝陽が太くなっていく。

「誰だ」
扉の先で誰かがそういった。
目を開くことができず、扉を直視できない。
うっすらと目を開けてみても、逆行であることも相まって声の主の姿を捉えることはできなかった。

しまった、まだ誰かが使用していた納屋だったと僕は思った。
もちろん、その可能

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【#創作大賞2024 #恋愛小説部門】『制服にサングラスは咲かない』5章

【#創作大賞2024 #恋愛小説部門】『制服にサングラスは咲かない』5章

一歩進むだけで、僕は孤独になる。
僕の一歩の間に、他の人は5歩も10歩も先を行き、誰も彼もの背中が小さくなって、カゲロウの果てに消えて行ってしまうのを僕は知っている。
それなら進まない方が、僕の前に他者は姿を現さない。

はじめは精神的な話だったのだけれど、22年の歳月のなかで、未だにこの世界のあらゆることをうまく呑み込めず、折り合いもつけられないのが自分なんだと悟った時には、物理的にも誰かと歩く

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【小説】家族の存在証明 -後編-

【小説】家族の存在証明 -後編-

 中学二年の冬、苗字を変えて、母と二人で暮らし始めた。住まいは日当たり不良の安アパートの一角で、風呂とトイレを別々に備えていたが、古畳の部屋が二つあるだけで、延べ床面積はこれまでの五分の一ほどになった。驚くべきことに、俺が通っていた中学校の側だった。
 一部で物笑いの種にされていただろう。世間体を大事にしてきた母が、そんなことを気にしていたら生きてはいけないと言い放ち、俺にも強くあることを求めた。

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【小説】家族の存在証明 -前編-

【小説】家族の存在証明 -前編-

 
 俺には腹違いの姉がいた。彼女の名前を古くさいと貶していた母が、純子というそれを口にする時、頭の濁音はひどく濁った。憎々しげに、この上なく汚い音だった。
 純子と香純。純の読み方は異なり、母の名前に濁音はない。純子は香純さんと呼んでいた。同じ漢字を使うのは運命的な偶然だが、近づけば反発し合う磁石を連想させて、名前すら最悪の相性に思えた。
 ねぇ、俺はそう言って純子に話しかけた。決して姉を意味す

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