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アニサキスにあたったときの話
魚がとても好きでして。
大学時代に海釣りをかじってからというもの、釣ってさばいて食べるまでを毎回楽しみにしていました。釣るのも楽しいし、色々な魚を観察するのが楽しい。そして調理する過程も楽しいし、食べても楽しい。自分で釣った魚はやはり美味しく感じるものです。
ここ数年はあまり釣りには行きませんが、魚を買ってきて調理するのは今でも趣味みたいになっています。
で、一時ハマっていたのが、鯖でございまして。
新鮮で脂ののった鯖で、自分で酢と塩と砂糖を調合した調味液で作る〆鯖ってのは各段に美味い。血合いが新鮮だと赤い。身もしっかりしていて、爽やかな味わい。脂の質も酸化していないので本当に良い。臭みとは無縁です。
それと比較して、安い居酒屋で出されるテロテロの〆鯖なんざ、不味くて食えたもんじゃない(あったら食べるけど。)。
思うに、魚って、美味い不味いの振れ幅が圧倒的に肉より広い。最高に美味い肉よりも最高に美味い魚のほうが美味いが、不味い肉よりも不味い魚のほうが圧倒的に不味い。
さて、数年前のある日のこと。
秋も深まり、鯖が旬だぞということで、いつも買っている実家の近くの魚屋から鯖を仕入れて、〆鯖を作って食べたわけです。やっぱり旨いなぁと舌鼓を打って上機嫌で平らげたわけですが、異変を感じたのはその日の夜中のことでした。
…ん?
なんか腹が痛い気がするぞ? 食いすぎか、はたまた食あたりか。
一瞬アニサキスの可能性も頭によぎったのですが、いや、まさかと。同じ店の同じような鯖で、過去何十回と〆鯖を作って食べてるわけで、安心しきっていました。
まあ気のせいかもしれないし、疲れてるだけかもしれない。寝よ寝よ。ってなわけで、その時はすっと眠りに戻っていったわけですが…。
翌朝、目が覚めたら、夜中の時とは比べ物にならないほど胃がキリキリと痛い。とにかく痛い。平然を装うことも困難なほど痛い。今まで感じた胃の痛みとは、質が異なる痛さである。
そこでようやく、これは間違いない!と確信したわけです。
すぐに病院行かなきゃと思って、近所のクリニックに歩いて出向いたのですが、そこでは内視鏡の処置はしてもらえないそうで。
その日は日曜日。やっていない病院も多いなか、数キロ離れた場所で対応してもらえる別の病院を見つけたので、歩いていくことにしました。
歩いて。
今思えば、なんでタクシー使わんかったのかなと。
地図を見て、なんだこのくらいの距離なら歩いて行けるぞと高を括っていたわけですが、地図ってのは高低差まではわからんもんでして。
その数キロは坂道だらけだったわけです。
そして想定外だったのが、歩きながら、痛みはどんどん増してくること。運動による刺激を与えられた我が胃の中のアニーさんは、内壁にしっかりと齧りついたのでしょう。
さて、アニサキスがどんな痛みかと言いますと、思いっきり腹にパンチを貰ったような鈍重な痛みが全体にある中、一点だけ突き刺されているようなピンポイントでの痛みもある。そんな感じです。そしてそれが、波になって、引いたり痛んだりしながら、徐々に波は大きくなってくる。
そのような状態で、必死こいて歯ぁ食いしばって坂を歩いていたわけです。が、ついに限界に近い痛みに襲われた時、長い坂道を目の前にして腹をかかえて道にうずくまりました。
いやぁ、我が人生で痛みで道端にうずくまったのは後にも先にもこれが唯一ですわ。
しかし、ここでは負けるわけにはいかない!高々1センチ程度の虫に敗北を喫するなど、断じて認めない!とまあ、ロッキーの如き不屈の精神で立ち上がり、何とか坂道を登り切って病院に辿り着いたわけです。
まさに試練でした。
さて、ようやっと到着した病院では、初診だし、日曜日で人も多い。
痛みの大波小波に耐え忍びながら1時間以上待ってから、やっとのことで内視鏡の手術をしてもらい、アニサキスが取り出されたわけです(ちなみにやったことがある方はわかるかもしれませんが、内視鏡手術も嚥下反射が起こるために相当気持ち悪いものでした。オエェェ。)。
取り出されたアニサキスを見せられながら、「これで大丈夫ですよ、数時間すれば痛みもなくなるでしょう。」と言われ、ようやくホッとしたわけです。
とはいえ、会計の段になって治療費2万円程度だったかな。財布がだいぶと軽くなり、高い鯖になってしまったものだと大いに落胆したわけですが、この痛みから速やかに解放されるのであれば、背に腹は代えられぬという思いでした。
まあ、なんにせよ良かった良かった!! 少し痛みも治まってきたし、これで大丈夫と、意気揚々帰宅したわけです。
だがしかし。試練はここで終わりではなかったのであります。
術後数時間は、痛みも治まっていたのですが、その後またキリキリと痛みが始まりました。
…!?!?
これはまさか…。しかし、痛みが明らかなものになると同時に、その疑惑は疑いようもない事実となっていったのです。
「アニサキスは1匹ではなかった。」
絶望。
こんなに絶望したのは、いつぶりだろうか。舌鼓を打って自作の〆鯖を満足げに食べていた昨日の自分は大馬鹿だ!アホの極みだ!!
でも、家に帰ってしまったし、また病院に行くにも、今日はもうやってない。第一また高額な治療費を払うのも嫌である。我が財力にも限度があるし、虫けらのためにこれ以上諭吉を失うのは、それこそ腹の虫がおさまらない。
というわけで、なんとかならないかとアレコレ検索した結果、正露丸がアニサキスに効くということがわかりました。なんでも、漁師の間では民間療法として使われているのだとか。
そうとわかりゃ、すぐに手に入れないと!ってなわけで、薬局へまっしぐら。糖衣に包まれた新しい飲みやすいタイプのものではなく、黒くてプンプンと匂うトラディッショナルなタイプのものを迷わず選んで購入し、帰宅。
その後、水で正露丸を3粒ほど飲み込んで横になり、胃の中で正露丸の成分がいきわたるように30分ほどじっと動かずにいました。
すると、確かに痛みはマシになってきたのです。
これはいけると思いましたが、アニサキスを一回で完全に殺すことはできず、動きを鈍くするだけのようで、時間がたつとまた復活してくる。でも、効くことは確かなようで、また飲むと少し治まる。
そんな感じで、2~3日間くらいは、仕事をしているときも家にいるときも、4時間おきに正露丸を飲んでは1時間ほどじっとする。食事も飲み物も正露丸タイム中は一切摂らない。というのを繰り返し、徐々にアニサキスを弱めて、ついには駆逐することに成功したわけであります。
いやぁ、長かった。
本当に、これ以上の肉体的試練というのは、あまり経験がありません。
中高時代、部活とかで全身筋肉痛で歩くのもやっと…みたいなときはありましたが、この時ほど苦痛ではなかったです。
はい。長々と痛い話をしてすみませんでした。
アニサキス症ってのがどんなのか気になる人も結構いるんじゃないかと思い、自分の実体験を晒すことにしてみました。
本当に苦しかったので、しばらくの間トラウマで大好物だった鯖が食べられなくなりました。(今は全然大丈夫で、スーパーの〆鯖なんかも買って食べてますが。でも、ほんとに鯖が食べられなくなる人もいると思います。)
とりあえず、この時得た教訓や知識としては
1.自分で魚を捌いて食べるときは、アニサキスに細心の注意を払う。
2.アニサキス症は本当に痛い。
3.アニサキスの内視鏡手術を受けるときは、複数匹いることがあるので、1匹取れただけで安心せず、しっかり確認してもらう。
4.アニサキスに正露丸は有効である。
みなさんも自分で作った〆鯖なんかを食べる際には、気を付けましょう。
2025年も明けてから暫く経ちますが、このお正月なんかも、実家でお刺身をよく食べました。幸い、腹の脂肪を多少増やしたのみで、食あたりにはなりませんでした。よかった。
さてそんな風に、お正月を実家で過ごすこととかけまして、アニサキスと解く。
その心は?
どちらも"キセイチュウ"でしょう。
以上でございます。