宇宙軍1(眠い)

ヤバイ。もうダメかもしれない。何がだ? と、思わず、つっ込みを入れたくなる。
くっつきそうになる目を何とか瞬かせる。そして、自分にわけの分からない声援を送る。
頑張れ、俺。負けるな俺と、声援を送るのは、朝霞輝(アサカテル)。
階級は大将である。つまり、この軍艦の艦長とも言える。なぜ、その艦長ともあろうお人がこんなに、眠いのかと言えば、そこには同情の余地もない。
何とか眠気を追い払おうと、本人は躍起になるが、今にも目はくっつきそうになる。徐々に輝の思いとは裏腹に狭まる視界。
もう、駄目かもしれないと輝がそう思ったとき、ヌッと差し出されたのは、コーヒーカップ。カップからは、何とも香ばしそうな香りがする。輝は、ボーッとしたままカップを受け取り、画面から顔を上げることなく、湯気につられ、ズズーッと啜る。
「朝霞中将」
「ぅん?」
何とも気のない返事を返す。
「大丈夫ですか?」
苦笑いで、声を掛けてきたのは、輝の直属の部下にあたる上原冬眞(ウエハラトウマ)だった。確か階級は中佐だった気がする。年齢から考えると異例の出世だった。輝は階級などに興味はなかったが、他の者にとっては違うことを輝は心得ていた。だから、冬眞はそれに見合う評価をして、本部に送った。そして、あれよあれよと言ううちに、中佐に冬眞はなっていた。
20代半ば、なのに、どうみても10代後半にしか、見えなかった。まぁ、早い話がただの童顔である。そう言う輝も10代にしか見えないが。要するに、二人とも童顔だった。けど、輝に関しては、実年齢が不明な点で、これが言えるか分からない。階級は上だが、冬眞より下に見えた。
取りあえず、冬眞は童顔だった。そして、軍の中では、珍しいほど素直で実直な真っ直ぐな青年だった。だから、武骨者が多い中で、彼は癒し系と人気を博していた。彼は、知らないだろうが、実はこの艦には、彼のファンクラブまで存在しているのである。そこには、彼に抜け駆けはしないという暗黙のルールがあった。
でもなんと、優しいのだろう。涙がちょちょぎれそうだ。
そこには、艦長は除くと言う項目もあった。迷惑なと思わないでもなかったが、輝はこの際、無視しようと思った。
輝の思いとは裏腹に、同人誌まで出ているぐらいである。
一度、興味本意で見て、二度と手に取るものかと思ったのは、また別の話である。何で、俺があいつに組み倒されなければいけないんだ。組み倒すなら、まだいい。何で、俺が組み倒されるのも出ているんだ。
まぁ、なにもない軍艦では、そう言ったもので、時間を潰さなきゃ、気が変になりそうと言う気持ちは、分かる。分かる。分かりたい。だが、だがである。同じ隊員を使うなよ。と思う輝だった。
せめて鑑以外の者を使え、と思わないでは、なかった。
鑑の奴ではなく、アイドルとかいるだろう?
それを作っているのは女性隊員達だ。で、彼女等はアイドルには全く興味なく、なぜと聞いたら、『所詮アイドルは見る者が作り出した虚像にすぎません。私達が作っているのは、もっと見るものが思わず、のめり込んでしまうそんなものを、目指しているんです』。だそうだ。だから、その同人誌を書いている者は艦内に興味を持っていた。と言うのも、彼女等には、鑑の外のことに、興味はなかった。それもそうかもしれない。彼女達にとっては、この艦だけが、自分達の生活のベースだ。
だけど、止めてほしいと輝は思った。
「何かあったか?」
ボーッとした頭でそう聞く輝に冬眞は、おかしそうに笑って、腕時計を見せながら言う。
「もう、交代の時間ですよ。お疲れさまでした」
「あ~あ、もうそんな時間か。やっと、終わった~」
輝は延びをして、その場でグルグル腕を回す。そして、画面に自分のコードを打ち込み業務終了となる。
冬眞は左斜め下に腰を下ろすと、冬眞も画面にコードを打ち込む。
「今回は何時間、勤務だったんですか?」
「うん? 48時間だ」
それに何でもないことのように言う。
「すごい」
本来、3交代が普通である。それが、越えるということは、それなりに理由があった。
「いや、何のこれしき。今までの最長は64時間だ」
「すごい。それは、すでに人智を越えていますね」
「そうだろう、なのに、変わってくれる優しい奴は、一人もいなかった。冷たいよな」
そう言って、遠い目をする輝。
「あのときは、本当にやばかった」
「それも掛けごとですか?」
「あたぼうよ」
「だったら、自業自得ですね」
あっさり斬って捨てる。輝は何も言い返せない。
「この際、足を洗って、辞めたら、いかがですか?」
何度か冬眞はこう言う忠告をしたが、決まって、輝は、
「こんな、何にもない宇宙で、賭事以外、何の楽しみがあるか?」
だった。
だったら、せめて勝てる方法を少しは探せと、思う冬眞だった。
だってこの輝、持っているカードが顔に全部出ているんだから。ある意味、格好の標的である。一度、鏡を顔の前においてやりたいと思う、冬眞だった。そうしたら、己の表情が分かるだろうと思ったが、他の隊員に辞めてくれと泣かれた。
まぁ、本人が負けても楽しんでいるのだから、いいかと思う冬眞だった。
「う~ん、体が凝った。冬眞君、ジジイにマサージしたくならないか?」
「なりません。何で、自分と年がそう、変わらない人にマッサージしなくちゃならないんですか。大将と僕は、そう年が変わらなかったと思いますよ」
「そうだったか? 余りに宇宙を漂いすぎて年齢も忘れてしまったよ」
「都合の良い頭ですね」
輝は正規の入り方はしていない。何でも、先の戦で功績を上げ、民間から直接入隊したんだそうだ。冬眞も詳しくは知らないし、実は正確な年齢も知らない。
ただ、漠然と見た目から、自分とそう、年が変わらないと判断しただけだ。そのぐらい、艦長は謎な人だ。自分のことを語ろうとしなかった。秘密の多い人だが、そのうち教えてくれるだろうと信じている。
アハハハハと輝は笑う。
「そうだったか?」
「そうですよ」
おかしいなと首を捻る、輝に冬眞はとんでもないことを言った。
「そのうち、私が出世して、大将には楽な隠居生活をプレゼントしますよ。楽しみにしていて下さい」
輝はひきつりながら言う。
「ずいぶん、大きく出たじゃないか」
「ええ、この艦で俺も鍛えられましたから」
「あ~あ、昔の冬眞君カムバックって感じだな」
「いつの頃の話しているんですか?」
「だって、かわいかったんだぜ。少し言っただけで。こう目をウルウルさせてな」
と言って、輝は目をウルウルさせる。
「こうな」
「昔の話です」
怒ったように、言う。
それに、輝は笑う。
「でも、本当に可愛かったんだぜ」
「昔の話です。男がかわいくって、どうするんですか? 男に可愛いなんていりませんよ。不必要です」
「そうは言うが、鑑に一人ぐらい必要だぜ」
「じゃあ、他の人に求めてください。家の艦には、少ないですが、女性もいるんですから」
「冷たいな」
「ところで、艦長がジジイなら、私は何になるんですか?」
「良いとこ、青二才だな」
それに黙ったと冬眞に、輝は慌てて言う。
「怒ったのか?」
「いえ、逆です。ここに来た頃、『帰れ』と言われ、『子供の使いじゃねぇ』、『邪魔』だと、まともに評価してもらったことは一度もない。それが、青二才とはいえ、初めて人間として評価されて、嬉しいんです」
本当に嬉しそうに、冬眞は微笑む。
「そんなことで、喜ぶなよ。お前気づかなかったが、実はマゾだろう?」
「なんで、そうなるんですか?」
「そう言えば、心当たりが」
と言って、輝は、ブツブツ言う。
「勝手に人をマゾなんかにしないで下さい」
「じゃあ、サドなのか?」
「サドでも、ありません」
怒った口調で言う。

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