雪靴のはなし
【見栄っ張り】
見栄っ張りの意味は、実情は全然ともなっていないとしても、外見上だけ繕って、自分を大きく見せるために、うわべを飾ること。
唐突だが、私は見栄っ張りである。
どのくらい見栄っ張りかというと、ある人に「あの映画見ましたか?」と聞かれれば、見てなくても「あ~あの映画ですよね、俳優の○○さんがでている・・・」とあまり知ってもいないのにうんたらかんたらと映画の知識を語る。また、仕事でやらなければならない業務を、ほかのことに追われすっかり忘れていても、「業務終わりましたか?」と聞かれれば、内心(うわ~やっていない)とドキドキしながらも「あともうすこしで終わります!」などと、今から手を付けるのにも関わらず、あたかももうすぐ終わるかのように返事をしてしまう。ほかの人に、できない人と思われるのが怖いのだ。
話は変わるが、今年はなんと10年に1度の大寒波らしい。
私の住む地域は、よく雪が降るため、大寒波に備えて人生初の雪靴を買った。その雪靴は、防水・防寒であり、この靴を履けば、雪が降ろうと雨が降ろうとスキップしながら歩けるぐらいである。今まで、雪や雨の日は空模様と同じでどんよりとしていたが、靴だけでこんなにも気分が違うのかと驚いた。しかし、この雪靴には一つだけ不満がある。
ダサいのである。いや、雪靴なんだから仕方ないとは思う。それなら、もっとかわいくておしゃれなレインブーツを買えばいいじゃないかと思うだろう。しかし、私が求めていたのは、雨雪に絶対負けない靴であり、今持っている雪靴なのだ。しかし、ダサい。家じゅうのどんなパンツにも合わない。コートを変えてみても、スカートに変えてみてもなぜかしっくりこない。なぜなのか。靴がダサいからである。
ある日のこと私は、図書館へ向かうため外に出た。その日は、天気のいい日であり、雪が解けかけていた。そのため、スニーカーを履いていた。しかし、歩くたびに水が跳ね、靴は滑るし、シャーベット状になった雪に埋まった。いっそ一回家に帰ってあの雪靴で外に出るか。家を出て10歩で思った。あの雪靴なら、ぬれずに、解けかけの雪なんか気にせずに歩ける。あの雪靴にしよう。いや、待てよ。この格好に、あの雪靴、、。5分はうんうん悩んだ。いや、このまま、スニーカーで行こう。別に誰に会うでもなく図書館へ行くだけなのだ。しかし、ダサいと思われたくない。何のために、雪靴を買ったかわからなくなった。あっという間に、私のスニーカーは雪にぬれ、靴下は濡れるし、ズボンのすそも濡れた。しかし、あたかも濡れていないし、すたすた歩けますよ的な面をして歩いた。つらかった。家に帰ってびちゃびちゃのスニーカーを脱いだ時、私は、思った。やっぱり雪靴にしとけばよかったと。
そうである。私は、見栄っ張りなのである。
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