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「食品安全文化」の旅
2024年7月23日 愛媛 八幡浜へ
郷土料理・鯛めしの美味しいことが知られる愛媛県の西部に位置する八幡浜市には、その宇和島風・鯛めしと同様の食べ方をする“鯵めし“が有名なお店がある。
“浜味館あたご“である。
このお店は、私の親戚が経営しているお店でもあり、昔、祖父の妹に当たる人が切り盛りをしていた頃、時折、美味しい料理を持ってきてくれる、その人を“あたごのおばちゃん“と呼んでいたことを思い出す。
2024年7月23日、私を含め東京から訪れた3名は、JR松山駅から特急宇和海9号に乗り、お昼前に八幡浜駅に到着した。駅前にはタクシーが待機しておらず、「タクシー会社に電話する?」と暑い日差しが照りつけるなか、過ごすこと数分。
やがて空車タクシーが駅ターミナルに入ってきて「よかった!」という安堵感も束の間、乗り込むと、単語しか発しない無愛想な運転手さんに圧倒されながら、“浜味館あたご“に到着。
予約の名前を告げた私達3名は、2階の個室に通された。「お刺身の盛り合わせはサービスでご用意しています。」という言葉に、それぞれメイン料理の鯛めし・鯵めしを注文した。
宇和島風鯛めし・鯵めし(甘いお醤油主体のお出汁のなかで卵をよく溶き、その中に新鮮なお魚をいれて、そのお出汁をご飯にかけて食べる食べ方で、松山風の炊き込みご飯とは異なる。)は、新鮮な地魚が入った贅沢な卵かけご飯をといった印象である。
写真にある調理された鯵は、テーブルに運ばれた後も、まだピクピクと跳ねている状態で、その新鮮さを示していた。
さて、このように、愛媛の海の幸を堪能した私達であるが、今回の旅の目的は、鯵めし・鯛めしではなかった。私自身が長年、興味を持ち探究している「食品安全文化」に関して、積極的な取り組みをしていると評判の愛媛県八幡浜市の食品企業・オレンジベイフーズ株式会社(OBF社)への訪問ということが目的であった。
今回訪問した3名は、昨年のGFSI(Global Food Safety Initiative *1)ジャパンのFood Safety Day イベントで「食品安全文化」の講演会をした際ご調整いただいたGFSIジャパン・シニアマネジャー大久保氏、日本においては唯一の食品安全文化に関する論文とも言える、学校給食における食品安全文化についての博士論文を書かれた相模女子大 藤崎先生と私の3名で、OBF社QAマネジャー柁谷氏とは、昨年のGFSIジャパンのイベントでご一緒した仲間(と、勝手に“仲間“扱いしていますが)である。
食品安全文化について
「食品安全文化」とは、2000年代以降に、GFSIを中心とした世界の食品安全専門家の間で、その醸成の必要性が謳われ始めた概念である。
その背景にある「安全文化」という言葉は、1986年ウクライナ・チェルノービルで発生した原発事故後、IAEA(国際原子力機関)の発行した報告書に初めて明記された概念である。事故調査の結果、原発事故原因の一つとして、「安全文化」が醸成されていなかった、つまり、組織全体が安全を重要視し、マネジメントは必要な資源投入や仕組みの構築を行い、従業員は業務に必要なスキルの保持とともに、自らの業務が安全に与える影響を認識し、その認識の基づいた行動をとるといった文化が定着していなかったという調査結果であった。
食品分野においては、食品安全文化に先立ち、まず、食品安全全体を強化する取り組みとして、民間の世界的な非営利団体である前述のGFSIのリードにより、管理策が導入されてきた。
その管理策とは、
食品の供給網にある企業は、GFSIが承認した任意の食品安全プログラムによる第三者監査・認証を受けることによって、ある一定レベルの食品安全の取り組みがなされていると認知され、顧客企業によって、取引要件を満たしているとされる。
というものであり、それぞれのステークホルダーのニーズを、商取引の中に上手く取り込んだ仕組みと言えるであろう。
2000年に設立したGFSIは、食品業界全体の食品安全レベルを押し上げていくための強力な推進力を発揮し、この20年余で、世界の食品関連企業の食品安全レベルは確実に向上したと言える。
2020年、GFSI設立から20年、次のステップとして、GFSI承認プログラムに、食品安全文化に関する要求事項も、その第三者監査・認証に追加された。
そのような経緯を経て、食品安全に関して、ある一定レベルの取り組みをしている組織として認められるためには、食品安全管理を運用する仕組みを有するだけでなく、それを運用する人々のあいだに適切な「食品安全文化」が醸成されていることが求められている。つまり、規則や仕組みがあっても、それを運用する人々の間で、そのような認識、行動がとられていなければ、意味がないということである。
*1: GFSI(Global Food Safety Initiative:世界食品安全イニシアティブ)は、フードサプライチェーンを構成する食品事業者、食品規格に係る国際機関、認証機関、学術機関など、食品安全の専門家が集まり、世界規模で食品安全を改善する活動に取り組んでいる非営利団体です。GFSIの運営母体は、CGF(The Consumer Goods Forum)です。(CGFホームページより)OBF社への訪問
OBF社は、米国OSI、スターゼン、地元・西南開発の出資するハンバーガー・パティを製造する工場である。
https://obfoods.co.jp
米国OSIの影響を大きく受けていることを背景に、当OBF社の食品安全及び食品安全文化の取り組みは、前提となるビジョン(目指す姿)等の基本概念がしっかりと設定されており、運用のためのマネジメントシステムがしっかりと構築されている。
食品安全文化については、Food Safety Culture Brandと呼ばれる“Food Safety Always“(いつも食品安全)というコミットメントをわかりやすい形で掲げ、マネジメントを含む全社員が常に食品安全を認識し、行動し、貢献するといった合言葉を設定している。
また、その合言葉を実現するための方策して、
-Look out (皆で状況をよく注視し、食品安全リスクを未然に防ぐ)
-Speak up(懸念事項がある場合は、声を上げ、卓越した状況を目指す)
-Act now(食品安全ルールを常に実施し、すぐに行動に移す)
と、やるべきことが明確化されている。
また、社内外のコミュニケーションを重視し、特に、社内コミュニケーションの中で、「顔を見て話す」であるとか、「相手のやったことを認める、讃え合う」というコミュニケーション術として重要なポイントも取り入れている。
訪問当日、現場見学の時間も設定されていたため、実際の製造現場の確認、現場の従業員の方からのヒアリングもおこなうことができた。
私自身、2003年から工場等での監査員を始めており、GFSI承認プログラム(SQF、BRC、IFS、FSSC22000)の審査員でもあったという過去がある。現在は、フードサービスの会社に所属しており、キッチンの確認は行なっているものの、食品製造工場にお邪魔するのは久しぶりであり、現場に入った途端、今回は、監査ではなく、見学ということであったものの、楽しくて、さまざまな質問が矢継ぎ早にでて、止まらなくなった。(そのため、後半のディスカッションの時間が短くなってしまったことをお許しください。)
総括としては、「改善」に関して前向きに取り組まれていることが、良くわかった。
現場で働く従業員の方にヒヤリングした際も、月2回程度の定期的なミーティングがあり、現場で必要な「改善」に関して話し合いが行われているという言葉があった。OBF社において食品安全文化が醸成されている一番の理由
「食品安全文化」とは、組織文化の一部であり、食品安全に対して、その組織がどのような文化を持っているかという観点から見たものとなる。「文化」というだけあり、人が作り上げるものである。その背景として、マネジメントの関与や資源の投入、文化が醸成されるための仕組みづくり(マネジメントシステム構築や、コミュニケーション他の強化といった文化醸成手法の導入)が不可欠となる。しかし、それを推進する人(ひと)の力は大きい。
OBF社において、その背景となるものは、しっかり導入されていた。そういったなかで、QA Managerで活動を推進をしている柁谷さんの存在は大きいと考える。
食品安全や、食品安全文化に関して取り組まなければならないという要求事項に対して、考えもなく、そのまま表面的に取り入れるということではなく、要求されている項目の背景を理解し、その項目の本質的理解の上に立って、その組織で何ができるかを皆で考えて、取り組む手法を決定し、実行されるということが推進されているかという基本的な姿勢が重要であると私は考える。
そして、私は、OBF社では、食品安全文化の意図するところの本質的な理解がなされ、施策が設定され、現場を含めて全社で実行されていたと判断した。
ちなみに、柁谷さんは、GFSIでもさまざまな要職を経、食品安全文化を最初に提唱したと言われる、元・米国FDA副長官のフランク・ヤヌスの食品安全文化に関する著書も原本で勉強している強者である。
(フランク・ヤヌスは、私がウォルマート時代、世界の食品安全を取り仕切る長であって、私の入社時の面接をしてくれた人だ。)
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前列 ①OBF柁谷QAマネジャー ②筆者 ③相模女子大 藤崎先生 ④OBF横瀬社長
今回の旅では、いろんな方に触れ合うことで、楽しく刺激される時間を過ごさせていただきました。
文化醸成には、「人と人の出会いは欠かせない」と痛感しました。
OBFの皆様、大久保さん、藤崎先生ありがとうございました!