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「古田ハンマー 爆誕」

昼間、空は灰色がかった雲に覆われ、柔らかな光が街を包んでいる。道行く人々の足音はまばらで、雑音が静寂を破ることはほとんどない。古田は、その薄明かりの中に溶け込むように立っていた。遠くに見える「主婦と生活社」の看板を見上げ、彼の目は一瞬、微かに揺れたが、すぐにその冷徹さが顔に浮かんだ。

彼は一度、周囲を見渡した。商店街の隅、警備員の目線がわずかに逸れ、路地に差し込む光の加減が彼の動きを隠す。人影は少ない。周りの人々は、彼の存在に気づくこともなく、それぞれのペースで生活に埋もれている。無意識の中で「問題なさそう」と感じた瞬間、古田の指先がハンマーの柄に触れた。

手にしたハンマーの冷たさが、彼の指先から体全体に広がる。視界がゆっくりと狭まり、意識はただ一点に集中していく。看板の文字が、まるで彼に何かを訴えかけるようにゆらめくが、その訴えは無視された。彼の中には、もはや恐れも期待もなく、ただ静かな決意だけが満ちている。

一歩踏み出し、彼は軽く息を吸い込むと、周囲の空気を吸い込むような動作でハンマーを振り上げた。その動きは、まるで芸術的な演技のように滑らかで、無駄のない流れで看板へと向けられる。

ドン!

音が街に響き渡った。まるで時が一瞬止まったかのように、周囲の音が全て消え、ただその一打の音だけが虚空に残る。看板が揺れ、金属音が微かに残る中、古田の顔には一切の感情がない。ただ、その動作に意味があったかのように、彼は目線を外し、ハンマーを静かに下ろした。

振り返らずに歩き出すと、周囲の人々は何事もないようにその場を通り過ぎていく。警備員はまだ動いていない。誰もがその瞬間に何か異常を感じていたとしても、それを行動に移すことはない。彼の存在は、システムにすら感知されない――犯罪係数ゼロ、免罪体質の彼には、法の手が届くことはない。

古田はただ、冷たく、そして無情にその場を後にした。周囲の空気は、何もなかったかのように流れ続けている。


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