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義に飢え渇く人の幸い
マタイによる福音書 5:6 口語訳
義に飢えかわいている人たちは、さいわいである、 彼らは飽き足りるようになるであろう。
義に飢え乾いている人とは、神との正しい関係を求めている人のことを言います。
聖書は、神が人間を創造された時、その関係はとても良好だったと語っています。
しかし、人間が罪を取り込んで。 この正しい関係が崩れてしまいました。
その結果。 人間は神を無視し、悪を行い、争い憎み平安を失い。喜びと感謝を忘れない生き方を方をし、神を恐れるものになってしまったのです。
神と人とは 本来アダムに罪が入る前に持っていた神との正しい関係に入ることを神は望んでおられるのです。
、人が神との正しい関係を求めるなら神はそれを 与えられます。
神はそれを求めています。私達以上にです。
それはアダムとエバがエデンを追放されたその時から神の願いだったのです。
そのことのために。 神でありながら人間となってこの世界に来た方、それがイエス・キリストなのです。
そして、私の中にある罪を十字架で処分し、神との正しい関係を回復してくださったのです。
つまり義に飢え乾いているのは、私たち以上に神ご自身だと言ってもいいのかもしれません。
ですから、義を求める人がいれば、いつでも神は喜んでその人を満たしてくださるのです。
4つの幸いな人がいました。
霊が貧しく乾いている人。悲しむ時神に慰められる人。神に信頼し、全ての出来事を、柔和に受け止めていく人です。そして、神との正しい関係を切望している人です。
この人たちは幸いだとイエスは言われたんです。
神は、この世界で私たちが生きていく姿を見られた時、どう生きることが幸福の道かを伝えたのです。
マタイによる福音書 6:33 口語訳
まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。