私の価格は何円?
アレセンサの薬価は、6737円。
今は、一日4カプセル服用しています。
「お前にそんな価値はない。俺たちの税金で無駄遣いするな」
という声もあるでしょうが、私は今まで健康保険も年金もちゃんと納めてきました。
年金貰えるまで生きられないんだから、せめて、今までの納税分は、アレセンサ服用させて貰いまーす 笑
ということで、私の現在価格は、アレセンサのお値段ということでしょうか。
では、父にとって、私の価値はどれくらいだろう?
子供の頃、果物が大好きだった私は、1日おきに果物屋さんに連れて行ってもらいました。
そこは、道路沿いにある果物屋さんで、ご夫婦で営んでいました。
お子さんがいらっしゃならないご夫婦だったようで、頻繁に買いに来る私を可愛がってくれました。
「ウチの子になる?」
「なる!」
果物屋さんの子どもだったら、毎日、果物食べ放題!
なんて、安直な考え 笑
ある日、母から「果物屋さんの子どもになる?」と訊かれました。
いつものように「うん」と答えると、母は少しし悲しそうな顔をしたのを憶えています。
ある日、家族で果物屋さんに行きました。
いつもは明るい時間帯に行くのに、なぜかその日は夜でした。
夜だから、外は真っ暗。でも、お店は明るくて。
電灯に照らされた果物が、キラキラと輝いて見えました。
大人達は奥の部屋へ行きました。私は店内で、大好きな果物に囲まれ、絵本でも読んでいたような記憶があります。
あの時、兄はどこにいたんだろう。一緒に店の奥にいたのかな。
その夜以降、果物屋さんに行くことはなくなりました。
子供心に、不思議だなーと思ってました。
どのくらいの年数が経ったでしょうか。
ある日、スーパーで、女の子を連れた女性を見かけました。
母が「お子さん、出来たのね。良かった」と、ポツリと言いました。
「誰?」
「果物屋さんよ。よく行ってた、道沿いの」
「昔は、よくあの果物屋さんに連れて行ってくれたのに。全然行かなくなったね」
と、母に訊きました。
母は、あの夜、何があったのか教えてくれました。
あの夜、私を養子にするか話し合っていたそうです。
果物屋さんは、お子さんが出来にくいご夫婦だったので、「私を養子にしたい」との申し出があったそうです。
「果物屋さんの子どもになる?」の質問は、私への意思確認だったようです。
けど、交渉は決裂して、私は養子にはならず。
それで、足が遠のいたようです。
なぜ、養子に出さなかったのか。
父が、先方の提示する金額に納得しなかったから。
生活に困窮しているワケでもないのに、なぜ娘を売ろうとしたのだろう。
男尊女卑で、息子さえいれば娘は不要みたいな感じだったし。
「私、本当にこの人の娘だろうか?」と、父の態度に、何度も首を傾げることもあったけれど。
殺されるかも、死ぬかもという恐怖と苦しさを味わったこともあったけれど。
それでも
「親というものは、自分の命よりも我が子が大切なんだ」
と、子どもの頃は思い込んでいました。
成長するにつれ、「子どもが一番かどうかは、親によって違う」と、悟りましたが 笑
私が癌であることを父に打ち明けたとしたら。
父は、きっとこう言うでしょう。
「バカが。癌になるとはお前が悪い」
延々と暴言や私を否定する言葉を並べ立て、一通り説教が終わると、自分の身を案じるでしょう。
「俺の老後は誰が面倒看るんだ?」
私が死のうがどうなろうが、父は泣くことはないでしょうから、父に関しては、気が楽です 笑
しかし、何故、父は私を養子に出さなかったのだろう。
習い事や塾、大学までの学費に仕送り等の養育費を払うよりも、タダでもいいから引き渡せば良かったのに。
「お前を見ているとイライラする」と言うくらい私の存在が目障りだったのなら、熨斗つけて差し出せばいいのに。
変な人。
もしも果物屋さんに貰われていたら、大切にされて、生まれてきて良かったと、一度でも思える人生を送れただろうか。
人に愛されるということが、どんなものなのか、知ることができたのだろうか。
そしたら、人並みにでも、自分自身や人を愛せる人間になれたのだろうか。
なんて、「もしも」なんて考えは、無意味だけど。
父と私。
先にどちらが死ぬか分からないけれど。
どちらかが死ぬ時、訊いてみようかな。
「お父さん、いくらだったら、私を養子に出したの?」
「私の価値は、いくらなの?」