【宿題2】【仮提出】お金があったらなにしたい?
いちばん難所である宿題2「お金があったら何したい?」についてです。
今の私の状態は、正直幼少期からの夢に近い職業についていましたが、ストレスマッハで休職中です。半場夢破れて~というところにおります、かなしみ。こんな状態なので、正直「やってみたいこと」「今後の夢」が浮かばずにうなっておりました。
とりあえず、暫定でひねり出したものを後悔します。ごめんね!
その1:健康な身体とメンタルが欲しい
この願いはホント切実で、特にメンタルは健康になりたい。
悲しいことに諸々の事情で1か月休職しているのがかなり効いています。特性的にストレスを受けやすくて、馬鹿正直にひとの話を聞いてしまう手前、ひとの何気ない一言で傷ついてしまうことがしばしばあります(逆も叱り)。
こういうとき、ひとはこころに「強さ」を求めがちです。
強くあれば何を言われてもへっちゃら、強くあればしたたかに生きていける、加えて自分に自信が持てる…
本当でしょうか?
確かに言われっぱなしで傷つきっぱなしなのは良くないです。強さを求めるのは仕方がない、それは自分にないものだから。ただ、強さ=傷ついても耐える力とはき違えているなら、今までのわたしは間違っていたことになりますね。この考えは傷ついてもいい存在・自分であることが前提なので、いわば捨て身の状態です。捨て身はいつダメになってもいいからという極限状態を終始続けているので、自分という存在を蔑ろにしていることになります。
365日捨て身daysは、流石に疲れるでしょ…
やりたいことはわからずだけど、叶えるためにも足元はしっかりしたい。
その2:素材と情報が手に入って販売・展示・実験できるラボのお客になりたい。
例えば、まだやったことないですけど「マリーのアトリエ」みたいな、自分で素材を探して錬成して道具を作って…みたいなギルド的なものにあこがれがあります。私はどちらかというと利用する側でいたくて、店主になっちゃうと出かけられないのがリアル嫌なんですよね… やっぱり自分で素材探ししたいし、自分で作って売りたい、だからお客。交流はしつつも、自分の時間をしっかり持ってないと正直ないと無理! ストレスマッハでダウンしてしまいます。そういう場があればいいのに! といつも思ってしまいます。
※正直マリーのアトリエはアーカイブ版を積みゲーしているので、いい加減やりたい。
もうちょっとわかりやすいと、わたしがやっていた「とびだせ どうぶつの森(3DS版)」。大学時代かなりやりこみました。野望の具現化として200時間は軽く飛ばしたと思います。こんな感じで、ちょっと刺激もありながらスローライフ(not田舎暮らし)みたいなのをしてみたいです。(まじめに液晶どきやがれ案件)(やっぱり都会と田舎の間あたりが一番住みやすい)。
ゲームのいいところって、グラフィックと文章と音楽で物語を3Dのように感じられるところなんですよね。本みたいに自分で描写を想像しながら味わうのもいいですが、個人的に本以上に物語を立体的に感じられますし、妄想が止まらなくなります… 本や演劇より歴史は浅いですが、新しい物語を味わう手段として、かなりいい媒体なのでは?とすら思えます。
その3:オープンフィールドVRゲーム制作会社に投資して、画面の向こう側で人生やり直したい?
正直、リアルはクソゲーと思っている節があって、最終的にリアルは神ゲーにできるたらいいなと思っています。思っていますが…
昔からゲームや本、工作で嫌な現実から逃げて、なんとか時間をつぶして、癒されて、それから現実を歩いて行かなきゃいけない苦しさを感じて、どこか違う新天地で人生やり直し体と思っている節があります。
それって、きっと周りの人を警戒して、起きもしないことに恐怖して、不安がって、現実と向き合っていない… と言われれば仕方ないと思います。ゲームの中は、死なない・ケガしない・否定されないし、自分の選択がすぐに反映されるし、なにより気持ちいいんですよね、ゲームとか何かに没頭していると。
例えば、名ピカ映画を体験できるような…SAO的な…あれ…って通じますかね…
ただ、ゲームの世界に行ったところで、いつか私は飽きるでしょう。
この願望に隠れているのは「自分の安全を確立して、失敗してもリスクが少なく、かつやりたいことができる環境に身を置きたい」「安心して遊べる場所」なのかな、とも思いました。私は特性上ストレスを受けやすく、普通にできることはあれどすごい疲れてしまうし、得意なことは永遠に集中できそうなくらいやっちゃうし… そういうこと考えると、自分の得意と世の中のニーズが合致したらいいんだろうな、本当は。
そのためには安心できる環境が必要だし、お互い支えあう(共助)関係が築けたらいいと思います。なんだろう、誰かと専門家(医師ややりたいことに関するプロフェッショナル)とつながりあうネットワークに身を置きたい、社会とはつながっていたい、みたいなイメージです。
幼少期はどんな夢を持っていた?
小さい頃はCAさん、ケーキ屋さん、お店の経営者… あこがれては夢をころころ変えていました。小学校高学年頃は児童書をよく読んでいたので「小説家」に、中学~高校生の頃は「本屋に住みたい」が夢でした。大学になって司書免許を取りましたが… そんな感じです。よく夢が変わるもので、父親からはあきれられていました。
今までの自分の選択に後悔はなく、一人でたった1年の田舎暮らしも、地方Iターンで生活するのも、その時々の最善の結果だったと思います。あの選択がなかったら、私は実家で腐っていたでしょう。自活すること、両親と離れることは、心配をかけますがお互いがいい関係を築けられたので、後悔はないです。
論点:じゃあやりたいことはなんだ?
正直やりたいことはその時々によって変わってしまいます。飽き性といえばいいのか特性なのかわからないけど、体験、がキーワードになるんでしょうね。母に連れてもらった陶芸教室、近所のおばさんがやっていたお菓子教室、パン教室、ステンシル教室、算数教室… 幼少期はたくさんの経験をしてきました。ありがたいことです。今の時点でやりたいことと言ったら、ビーズでイヤーカフづくって売る、絵を描くとか想像性のあることかな。
何かに熱中したい、手を動かして何かを作っていたい、そういうものを探しています。コンセプトが「フラッといなくなっては何か研究してる、情を重んじ闘志に燃える謎のポケモントレーナー」で、この一文の「フラッといなくなっては何か研究してる」は、インプットとアウトプットが入っています。どこかで飽きたらまた別のものを探す、そしてなんだかプロフェッショナルじゃないけど、体験をもとに情報と人をつなげられたらいいな。
…結局、体験→情報→人になってしまいますね。
まとめ:安心して何かに熱中して挑戦してみたい。
いろいろ書き散らしてしまいましたが、今のところ決まっているのは「安心して何かに熱中して挑戦したい」ということでした。
安心は、今まで捨て身同然で過ごしていた傷がいらんとこまで広がっていて、その治療とケアのために安心が欲しいというのが正直なところです。そして、自分の特性である「アイディアマン」「研究」という特性の欲求を満たしてあげられるような状態が必要だということが分かりました。正直幼少期から自分<他人優先でいたために、自分の心と欲求が解離している気がするので、これが本心とはわかりません。ただ、人並みに承認欲求もありますし、今すぐ安心したいのは確かだと思います。
このあたり自問自答ファッション教室でみっちりやるんでしょうけども、とりあえず自分で出せる範囲で出してみました。
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