幻冬舎大学「一年3セットの服で生きる」講座シリーズ視聴したよの感想#あきやさん講演会
☝視聴は2024.1.12まで☝
🏢是非覗いてみてください🏢
幻冬舎大学3回目は神回、噂されていたのがよく分かる。
インプットとアウトプットはよくしている自覚がありますが、嫉妬や比較はどうしても起こってしまいます。ちょっと諦めつつも、受け入れたんですが、解決の糸口がここにあったみたいです。
他者との比較は、集中して一種のゾーン状態になれば消えるとのこと。
小さくても納得した自己選択を繰り返し、これを累積させ自分軸を生み出すのは、多様な自己啓発の中でも、基本になるのではと思いました。
選択を過小評価しない、曖昧にしない、自分以外に決定させないなど。良くも悪くも責任は自分だけど、結果を信じて選んでいくんですね。
実際、比較と嫉妬が発生すると怒りが生まれます。しかし、この過程は悪ではなく、パターンとして自分の層に累積されるんですよね(他人を物理的・特殊攻撃しない限り)。子ども時代を考えれば、怒りしかないので怒りが出るのは当たり前。大人から嫉妬はダメだよ~って言われてもね、分かりません。私はキレました。でも、自問自答からパターンを把握して「進〇ゼミでやった!」と言えそうな感覚を掴めば、何とかなる気がします。最近それやったしね。
この記録&発散がアウトプットなんでしょう!
インプットと共に繰り返せば、自分の血肉になる!
嫉妬と比較で苦しい人、アウトプットです。
3回目だけでも視聴おすすめです。
「~しなきゃ!」:硬すぎるヴィンテージ糖衣
過剰な適応から、ちゃんとしているように思わせて、自分が認識できないほどに、糖衣を硬くまとっているのかもしれません。本音と建て前を0と100に仕立てる糖衣の鎧。自分を補強して守るためには重要ですが、今見ると過剰な部分があるように思います。あるんですよね!
これは内包する矛盾に起因するものだと考えており、このガチガチの状態が大丈夫だったとは言えませんね。
それは多分後悔や辛かったことから生まれた、「~しなくちゃ」「~しなくちゃいけない!」という否定的な気持ちだと思っています。あれ、裏を返せば「~したくない!」なんですよね。「~したい」と同時に発生する「~しなきゃ」の矛盾。
解決できそうな本で勉強したり、一人で反省会を開いたり、自分に原因があると分析したり… それなりに試しましたが、良くなっていません。過剰な上にヴィンテージな思考の糖衣だよね。ガリッガリで歯が欠けそうです。
無理に適応しようとする反動で生まれた、「~しなきゃ」の先が正露丸なんでしょうね。練習に出してみたら死ぬほど苦しかったです。これが答えなのかなと不安になりつつ、書くことと話すことは得意なので、20年のヴィンテージ糖衣を研究していきます。
服も生活も思考も「これ(で)いい」から「これ(が)いい」と選べるようになりたいね。
自分の言葉で語る:カオナシにならないために
たびたび登場する「カオナシ」を私はこう解釈しました。どういうことだろうかと考えると、身近にいました。依存したい・されたいと近寄ってくる人たちです。
私のためと言って依存させようと束縛してくる人、または「承認されたい!」「励まされたい!」と近寄ってくる人。私の周りにいました。あれ、カオナシのパターンだったんだ。
その人たちを思い返してみると、自分の言葉よりも、世間やルールといった当たり前に執着する人が多い印象です。あとはちょっと繊細で神経質、言い返されると弱いので逃げる・反撃する傾向もあります。まるで自分じゃないかという不安は置いといて、カオナシの1つが「自分を信頼せず、自分以外の存在・考えに依存する人」と言えるかもしれません。
カオナシ化を防ぐのは「自分の取扱説明書」?
カオナシにならないためできること、たぶん自分の欲求や感情を観察する、つまり自己選択の繰り返しとインプット・アウトプットなんでしょうね。
ひとつ視点を変えれば「自分の取扱説明書」を作ることに近いと感じました。これは、私が心療内科で教わったことで、自己理解を深め、相手に理解してほしいことを伝えるツールとして使っています。
きっと、自分が最高と思える制服は、非言語で表現された「自分の取扱説明書」の1つなのでしょう。憧れからエッセンスを受けたコンセプトは取扱説明書のタイトル。自己評価シューズは「わたしは私をこう思っています」、自己紹介バッグは「わたしは○○です」、アイデンティティなアクセサリーは「わたしの個性・本質は”これ”です」と伝えています。
ファッションはコミュニケーションって、こういうことなのかな?
講座①②の内容は「プロが説く、ファッションの自分説明書の作り方」の大まかな道筋でした。ファッション三種の神器の選ぶコツ、ファッションPDCAの回し方がまさに!
一人で活動すると、高すぎる理想に身を焼くような激痛を起こしかねません。周りに合わせて勢いで設定しても、そのギャップに苦しむことになります(私はなりました)。
その為に、今できる範囲のマイベストを評価する、つまり選択した結果を自分がどうみるか。そして、今は段階であると自覚を持ちつつ、自己評価の中に糖衣が邪魔していないかを分別する必要があるようです。
そして、あきや先生の言葉は、頑張る私たちへ軽やかに”あそび”をも与えてくれるようです。自問自答ガールズは孤独のもぐらなので、一人掘り進めていても、パッと洞窟を照らす魔法の言葉なんですね。
どうするよアウトプット、第三の表現
アウトプットの3つ目、言葉以外で表現は何やろう。
わたしに足りないのはたぶんここ。
絵・似顔絵・本や商品のPOP・カラオケ・簡単なアクセづくり…
できることはあるけど…
正直身バレしたくない…!
嫌だ~~~~~~~!
自意識と葛藤しています。
代替案は新技術を得ると思って…テイストを変えるとか?
ここはちょっと保留です。
今は普段着にユーモアをスパイスにする作戦が心地いいです。
焦らずちょっとずつってことで。
まとめ:アウトプットは「トリセツ」づくり
今回視聴した内容はファッションで使えるインプット・アウトプットの方法ですが、内容はファッションだけにとどまらず、分野を超えて使えるものばかりでした。
もちろんインプットの方法も勉強になります。プロが発信する情報を中心に、ネットとリアル両方取り入れる内容は驚きです。
今まで、ファッションは自分には不要で、ステージに上がることもない・許されないと思っていました。でも、ただ上がりたいと思っただけで、既に立っていました。拒否していたのは過去の記憶や嫌な言葉たちで、少しずつ自分で動いていくと遠く感じられるようになりました。執着していたのは私。
というより、立つべきではないからすでに立っていたのは驚きです。過去の柵を超えて、自分は立ってもいい人間だと承認できました。
自分で選び続け、自分が何者かを知るのは、言葉ではない「自分の取扱説明書」を作り上げることに似ています。それは完璧に一度で作るのではなく、未完成を積み上げながら進むので、まるで老舗が足し続けた秘伝のタレを、ゼロから作る様なものです。未熟で未完成なまま発信する勇気を、このコミュニティは寛容に受け入れると思います。そして「いいね」はおまけです。
もちろん、コミュニティを保つために、空気を読みすぎる必要はないと思います。だって自問自答ガールズは孤独のもぐら。掘り進んだ先にあなたがいても「目指すゴールは違えど、お互いが見えることで、結果だけでなく工程を尊重しあえる」土壌は既にあるのです。
書籍から始めたなら!
ここに語りつくせなかったものがあります!
このチャンス、ぜひ掴んでください
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