私と大河ドラマ
やあやあ、我こそはチーニなり!
兵庫県立歴史博物館のレポの記事を読んでくださった方、感謝申し上げる。まだ読んだことない方は是非これから読んでみて頂きたい。
…と武士風に挨拶をしてみた笑。
ではでは、本題へいざ行かん!
歴史と出会いを果たしたのはいつなのか。
それは、2010年度の大河ドラマ「龍馬伝」を母と一緒に見た小学校低学年の時。
たくさんのことに釘付けになった。当時の衣装、世界観、ユニークな人々、何より坂本龍馬という人物。
その時から、龍馬のことになるとジャンルを問わず知りたくなってしまう癖、いわゆる龍馬アンテナが立ち始めた笑。
坂本龍馬が関わっていれば、
どんな内容だ、龍馬は何をしたんや?
と、本でもテレビでもそれが難しい内容でも、聞いておきたい、見ておきたい、とアンテナが感知すれば情報収集。
また、龍馬だけではなく、歴史そのものに興味を持ち出し、小学校の図書室にある、歴史漫画シリーズを借り始め、一回だけではなく何度も何度も繰り返し読んだ。
あまりにも龍馬のことにのめり込んだため、小学校高学年になって歴史を学び始めた時、中学生になって歴史の教科書を開いた時、龍馬が書かれている文や写真が少なすぎたことに、とても残念で仕方なかったことをよく覚えている。(高校生の時は、他の進路に興味を持ち、理系に進んでいたため歴史は履修していない。)
その時はただただ歴史の本を読むことが楽しくて仕方なかった。だが、今考えるとそれだけではないと感じる。
実は私には、先天性の聞き取りのハンデがある。その症状に適する治療は未だはっきりしておらず、まだまだオリジナルの対処法で過ごしていくしかない。私は音や言葉を聞き取るより、目で見て読み取る方が体力を使わずに多くの情報を収集できるかが、その時から無意識ながらもわかっていて、行動に移していたのかもしれない。そのため、何かを調べる時も誰かに尋ねるという選択肢は最初から浮かばず、自分で本や資料を集めて情報収集する方法が理解を深められる気がする。家族も言うのだが、私は人に聞いて情報をもらうより、自分で調べて情報をゲットするらしい。言われた時幼かった私は、そうなんかな?、と疑問になっていたが、今考えると納得しかない。
持っている耳のハンデについて。
先ほどちらっと出したように、私には聞き取りのハンデがある。このことについて、もう少し詳しく話しておきたい。
この症状は、聴覚情報処理障害・略称APDと呼ばれるものだと、最近名前が世間に出てくるようになってわかった。一般的に知られている症状として、本人自身が集中して聞いているにも関わらず、ある単語が抜け落ちて充分に聞き取れてない文章を、脳が処理し、聞き終わった後もう一度良いですか?、と聞き直すと言うようなものである。難聴とはまた違うということもあり、治療方法は明確にわかっていない。が、補聴器を調達して使用する、最近のイヤホンの技術の一つ、ノイズキャンセリングを使用する、など症状に合わせて、より良い生活を送るため、工夫を凝らしている。幼い頃は、外国にいて何を話しているのか理解できていないのと同じような感じだと思ってください、とある一人の先生に診断を受けたと聞く。現在はある程度聞き取れるようになったが、聞き取ることに体力を優先して使うため、体力を使い切ってしまうと、耳に何か覆うものをつけているかのように、言葉が脳まで届かず、音として処理してしまう、というところまで自分で分析できるまでになっている。それでも、音として処理してしまうと会話ができなくなってしまうため、体力作りは欠かせない。(欠かせないと言っているが、めんどい、しんどい、などの理由で延期させてしまうため、まだまだ自分に必要な体力はついていない…笑。)
だからなのかもしれないが、家族は、関西にいるにも関わらず、普段の会話の中で関西弁はあまり出ていなかった。(流石に、あかん、〇〇やね、〇〇やわ、は使う。)
私があまり関西弁を話さないと気づいた、いや、気付かされたのは、
チー二って標準語で話すよね、関西弁で話してるの、あまり聞いたことない。
と友人からの指摘で考えることがあったからだ。
まあ、他の理由もあるが、私がきちんと聞き取れるようにという母の配慮があるのかもしれないと今この記事を書いていて思った。
だが、年齢を重ねていくにつれ、ハンデがありながらも、なんとかきちんと聞き取ろうと勝手に脳が処理するのか、気づかずにも成績に大きく影響することはなく、処理能力も高め、次にハマった2018年度の大河ドラマ「西郷どん」では、方言にも気になるようになった。
流石に家の外では恥ずかしくてしなかったが、家の中では楽しくて、ちょこちょこ鹿児島弁でしゃべることがあった。家族に、
それムカつくから、やめて!
と、怒られてショックを受けて、やめるまで笑。
続けたい欲は結構あったのだが、思っていた以上にショックを受けたらしく、しばらくしてやめてしまった笑。
こんな風に、龍馬から世界へ広がるが、幕末のいわゆる開国派、政府側の人物に軸を据え、興味が広がっていった。
戦国時代の魅力と出会う。
2020年度の大河ドラマ「麒麟が来る」では、新しい出会いを果たした。
今まで、戦争、〇〇の乱、〇〇の変など、戦いによる人の死が頻繁にあった時代は好きになれないと思っていた。もちろん、死が頻繁にあったということに平気になったとか、嫌いになったとかではないが、兜や鎧を身につけて、戦いに挑む武士や、男尊女卑が強い時代の中であったにも関わらず、政治に関わったり袴を履いて武道に励んだり、戦いに挑んでいく女性の姿にかっこいいと思ったからだ。また、当時の政治、江戸時代や現代とは違う登場人物の感情に、大きく揺さぶられたからだ。
こうして、戦国時代、鎌倉時代に興味を広げていくが、広げた先についてはまたの機会に詳しく書くとする。
「龍馬伝」から受ける歴史への影響。
「龍馬伝」の影響は、龍馬の人生からだけではない。監督さんや音楽監督さんからの影響もある。監督さんが作るドラマの世界観、音楽監督さんが作るドラマの雰囲気に心惹かれ、他の作品を調べ、「るろうに剣心」の実写版を見つけた時はとても嬉しかった。「龍馬伝」を手掛けた監督さんと音楽監督さんがこの作品に携わっていたからだ。なんと、「龍馬伝」を基に、役者さん、スタッフさんを揃えて制作されているらしい。鑑賞すると、臨場感半端なく、大きく感情を揺さぶる音楽で、「龍馬伝」と似た感覚を、他作品を感じることができた時は感動した。
このように、今興味を持って、大学・学部・学科にも影響している歴史に、特に中世近世に興味が湧いた。
最後まで読んでくださり、感謝申し上げる。
今回は大河ドラマ編として、書かせて頂いた。
他の視点からいくつか記事を書く予定故、良ければ見にきてくれるとありがたい。
また、今後「私と歴史集(名前は仮名。)」という形で仲間も投稿していくので、そちらも覗いてみて頂きたい。
…と、また武士風に挨拶をしてお別れとさせていただく笑。