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小説「オレンジ色のガーベラ」第5話
4話まで読み逃しのかたは、こちらからどうぞ
第5話
正子と真也のカウセリング計画に目処がついたところだった。
お氣に入りの緑茶を淹れて、一口飲む。僅かな苦味と深い緑の香りが口の中に流れ込んでくる。
ちひろはお茶の時間をゆっくりと味わっていた。
一段落したときのこのティータイムは、自分の心と身体を労ってくれる。
ちひろのお氣に入りのひと時だ。
そこに電話のベルが鳴り響く。
「もしもし、初めてお電話差し上げます。岸本徹と申します。娘のことでご相談したいのですが、よろしいでしょうか?」
「お電話くださいまして、ありがとうございます。岸本様、こちらにおいでいただくことはできますか?直接お目にかかってお話しを伺いたいですが」
「今日お時間ありますか?ちょうど仕事が休みなものですから」
「はい、では午後2時以降でいらっしゃれますか?」
「ありがとうございます。では、2時に伺わせて頂きます。お時間いただき、ありがとうございます」
「はい、ではお待ちしております」
昨日の真也親子に引き続いての新しいクライアントだ。商売繁盛なのは、ありがたい。
しかし、神経を使うので、新規のクライアントが立て続けにくるのは負担になる。とはいえ、ちょうどタイミング良く等間隔でクライアントさんが来てくれるはずもなく。
まぁ、嬉しい悲鳴、ということにしよう。
雑務を片付けていると、戸口のベルが鳴った。きちんとスーツを着ている中年の男性が顕れた。
「こんにちは、中川先生。どうぞよろしくお願いいたします」
折り目正しい挨拶をされた顔に見覚えがある。
そうか、この方は岸本と名乗っていた。
あの旅の途中、バス停でみずほが迎えに行った男性は、この岸本徹さんだったのだ。
「岸本さま、もしかしてみずほさんのお父様でいらっしゃいますか?」
「まだ、きちんとご挨拶しておらず、失礼いたしました。岸本みずほの父です。今回はみずほのことでご相談させてもらいに伺いました。
今日はお時間いただき、ありがとうございます」
中に招き入れ、ソファを勧めた。
ゆったりとした動作でソファに座る岸本。その振る舞いに優雅さが醸し出されている。
「みずほが大変お世話になっているようで。先生に何もお礼もせず、大変失礼しております」
「いえいえ。みずほさんは素敵なお嬢さんですね。2年前に入院経験があるお子さんには見えないです」
「あの子はそのような話しまで先生にしているのですか。それなら話が早いです。
ご挨拶遅れました。岸本徹でございます」
頭を下げ、ポケットから出した名刺入れから1枚差し出す。そこには地元県庁の名前が。県の職員さんなのか。
「仕事は県議会の運営に携わっています。普段はほとんど残業が無いのです。しかし、みずほがバス停まで迎えに来てくれた頃は、県議会議員選挙の前で何かと事務仕事に追われている時期でした」
そうか、あの後すぐに県議会議員選挙があった。わたしの知り合いが立候補したが、当選できず残念な思いをしたものだ。
岸本徹の物言いはとても几帳面だ。そして、醸し出す雰囲気も真面目そのもの。
しかし、そこになにかしら息苦しさを感じる。
「今回のご相談とはどのようなことでしょうか?」
「はい。これはみずほには言わないということをお約束いただきたいのですが……」
「もちろん、クライアント様のお話しは守秘義務がありますから、家族といえども、お話しすることはありません。ご安心ください」
「みずほは最近Twitterを始めたようなのです。わたしは公務員なので、自分から発信することはないのですが、情報を拾うためにアカウントは持っております。
みずほの書き込むを見ると、この子はマトモではないのでは?と思うのです。
あまりにも常識外れなことを書いている。
空想の世界、ファンダジーの物語を書いているのならいいです。しかし、意図的に今の世の中を批判している。
いや、わたしが100歩譲りましょう。どんな思想を持ってもいいです。
でも、それを表立って大っぴらに公表しなくてもいいじゃないですか。
わたしはみずほがあらぬ標的になるのではないか?違う価値観の人達から攻撃されるのではないか?そのように心配しているのです。
あの娘はまだ高校生、未成年です。だから、わたしが守ってあげたいのです。
ネットの世界は目が届きにくい場所です。
わたしの知らないところで、みずほが傷つくのだけは避けたいのです」
典型的な頭の固いお役人の思想だ。しかし、娘を思う氣持ちはよく解る。
「岸本さまの考えていらっしゃることはごもっともです。娘さんを危険に晒したくないのが親心ですものね。この案件について、わたしに任せていただけますか?
みずほさんとお話しさせてください」
「では、今回は先生にお任せします。このようなときは相談料は?」
「はい、お話しを伺った時間の分は頂きます。そして、みずほさんの了解が取れましたら、みずほさんとお話しする時間もカウセリング料をいただけると、こちらとしてはありがたいです」
「もちろんお支払いします。
みずほはわたしの話しを聞いてくれるが、行動を変えようとはしないので。
先生、お願いできますか?」
「わたしに出来る限りのことをさせて頂きます」
岸本の顔が緩んだ。緊張が解けたのだろう。
「あら!わたしったら。お茶も差し上げずに。みずほさんも氣に入ってくださった緑茶を淹れますね」
「お構いなく。わたしはこれから休みの日に必ず行く喫茶店に立ち寄るつもりでした。そこの珈琲に目がなくて……」
「そうでしたか。では、緑茶はまたの機会に。
今回の相談料のお支払いの件だけお話しさせてください」
岸本は現金で相談料を払い、深々と頭を下げてその場を後にした。
その支払った紙幣は新札だった。
(第5話2,323文字 トータル10,673文字)
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