社会人生活1日目⑧
不安と疑いにまみれたブラック出版社の仕事は始まった。
大柄で温厚そうなスーツ姿の男性が10時ちょうどに出社してきた。
40代くらいだろうか。
見るからに営業の仕事をしている事は、社会経験がない私にも察する事ができる。
ここ、若者向けストリートスナップ雑誌の出版社では、彼の風貌は明らかに浮いているように見えた。
私は、まだスーツ姿の男性を目の前にする事に慣れていない。失礼のないように、そして、なるべく満面の笑みで挨拶をした。
彼は思った以上に優しく、娘でも見ているような眼差しで包んでくれる人だった。それは、数週間後に私が最終出勤日を迎えるその日まで、彼の態度は一貫して変わらなかった。
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今日から同期となったカメラマンさんは、パソコンへ向かう編集担当の女性と早速業務的な話をし始めた。
社会すら未経験の私は、営業男性の指示で来客用ソファーへと座らされ、先週まではこの場所に居たであろう先輩方がつくってきたバックナンバーを静かにみる事となった。
不思議と各クリエーターさん達が居た気配を確かに感じる。
しかし、どこを探しても彼らはもうここにはいない。
なぜか寂しさと虚しさの様なものが、目の前の空気中を漂う。
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11時前、編集長がやっと現れた。
乱れたスーツ姿にひどい肌荒れ、サングラスに近い茶色がかったレンズのメガネ。ヘビースモーカーなうえ、酒乱であろうことも伝わってくる。
初めての職場、
そしてこの人が、初めての上司か・・・
編集長『おっ!新人君たち!!どうもどうも!待たせたねぇ。ははは!』
そう言いながら、一番奥の席に座るなり、煙草を吸いながらすぐに営業男性と仕事の話を始めた。
なんだか、
物凄く、心が、、重たい・・・
大丈夫なのかこの会社・・・
編集長との人間関係が原因で多くの社員が辞めていったに違いない、
妄想は簡単にどんどんと広がった・・・
つい数か月前に思い描いた未来は、
お洒落でカッコよくて、毎日ワクワク、キラキラした世界だった。
出版社主催でイベントやパーティーなんかも定期的に開催しちゃって。
友人も呼んじゃおうかな。きっとミュージシャンやアパレル関係、業界の仲間もすぐに沢山出来るだろう。
お陰で私の鼻はどんどん高くなっちゃう。
私が存在する今ここは、
物凄いヤニ臭さと不気味な静けさに包まれ、今にも壁は沁みだらけ、天井から今にも崩れていきそうなボロボロの小さな箱の中。
こめかみからジットリ滲み出てくる汗をハンカチで抑える。
あの日、奇跡的に出会う事の出来た憧れの男性DJやジャズミュージシャン達とは、いつ再会できるのだろうか。
彼らはすでに人気者だ。
早くしないと私の存在なんて忘れ去られてしまうのだろう。
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「音楽ライター」✖️「東京」
私の頭の中で思い描いた未来がどんどん遠くに離れていく・・・