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ユートピア③


打ち上げは、小さな地元料理の居酒屋を貸し切って始まった。
アーティストや業界人たちは、満足そうに乾杯し今後の展望を語っていた。



目の前には、憧れのDJ、そして、TVや雑誌で活躍しているアーティスト達がいる。
開始早々、約束通り私と友人は贅沢にもDJの彼から丁寧な紹介をしてもらった。

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今、全員の視線が私に向いている……
《 ワタシ、夢デモ見テイルノカ… 》

しかし、所詮は学生だ。
周りからの質問の波や興味の熱が一通り終わりを迎えると、
特別気の利いた事を発言できるはずもなく、ただただその場の盛り上がりを眺めながら、まだ飲み慣れないビールと冷水を交互に飲むしかなかった。



「もうすぐ《盛り上げ隊》到着しまぁ~す!」スタッフの一人が言った。
数分も経たないうちに、お店の前にタクシーが停車した。
《盛り上げ隊》という名の集団が登場した途端、その場の空気はガラリと一辺した。

有名ファッション雑誌内のストリートスナップを飾ってそうな、容姿端麗でいて完璧なお洒落をまとった美女たちだったのだ。

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「女」としてもきっと酒の席に慣れている彼女たちは、初めて会うはずのアーティスト達の横の席へ抵抗なく座り、彼らと元々友達だったかのように楽しそうに会話し盛り上げ始めた。

今日の主役は彼女たちだったのか…?

眩しすぎる同性の彼女たちに、私は釘付けになった。
彼女たちが登場する30分前まで、本気で舞い上がっていた自分が何か大きな勘違いでもしていたかのように思えた。
初めて味わう苦い感情だ。

淡い憧れを抱いたDJへの純粋な気持ちが、今夜へ繋がる発端だったことすら私の頭の中は忘れ始めていた。



打ち上げ参加者の中に、男女全員から「姐さん」と呼ばれる1人の女性がいた。
ソバージュのかかった黒髪のワンレンロングヘア、
華奢で小柄だがとにかく誰よりも貫禄がある。
誰かの本命彼女という事は、学生の私ですら察する事が容易だった。
煙草と焼酎水割り片手に、誰に対しても臆する事なく愛称で呼び、歳の若いアーティストメンバーはペコペコしている。

学生ながらも、不本意に目覚めた「女」としての欲望とは裏腹に、姐さんは私を妙に気に入っている様に感じた。
気が付けば小さく座る私の隣に、姐さんは存在感たっぷりに座っていた。

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男たちの酒のペースはどんどん進んだ。
これまでTVや雑誌でキメキメな表情しか見た事なかったアーティスト達も、鼻の下が伸びきり、見たことがない酒の席での顔をしていた。

「ねぇ、ちょっと一緒に息抜きしない?」
突然、姐さんが私だけにコッソリ耳打ちした。
祭りの終わりの気配は皆無な居酒屋から、姐さんは私の手を引き連れ出した。

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