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自分を苦しめる「理想像」なんて捨てろ
こんにちは、ラブです。
初投稿兼自己紹介では病気のことも含めありのままの自分について書いてみました。
ですが、私は元々自分の弱い部分などを言葉にすることが好きではありませんでした。
好きでないというより「それを言ってはいけない、気に食わない」という感覚に近いですかね。
ずっと様々なことが平均以下で人並みにもなれなかったので「もう馬鹿にされたくない」という思いが人一倍強かったのだと思います。
他者から否定されることにも人一倍敏感です。
一匹狼で突き抜けた強い人間を演じたりした時期もありました。
何を言われても感情的にならず冷静沈着。
そういう人に憧れていたから。
その時は「あんた達に何言われても気にしないけど?」みたいに装っていました。
けれど私の性格とは真逆ですし、無理矢理鎧を着てヨロヨロ歩いているようで滑稽だったことでしょう。笑っちゃいますよね。
要するに私は自分の弱さを認めることができなかったのです。
実は初投稿も「こんなの人様に見せる文章ではない」と何度も葛藤し、
書いては消してを繰り返していました。
「うつ病なんて甘え」
「え?これだけのことで無職になるんですか?」とコメントされる悪夢まで見ました。
やけにリアルで動悸がしました。
だけど他人はどうだろうか。
他の人のnoteを読んでいても弱さをありのままに書いて、共生しているように見える人も多い。
小説や映像の中の人物だって性別問わず弱さの描写は数多くある。
芸能人だって今や弱さが垣間見える人も多い。
犬だって痛ければキャンっと鳴く。
あれ?
弱さが全く見えない人物なんてそうそういないし、そんなのつまらなくない?
そう気が付き、それと同時に
「弱さを許せることもまた強さなのではないか」と。
無理に強がっても上手くいかないのだから。
やっぱり理想を追いかけたい気持ちもあるけれど、自分が苦しくなる「理想」なんて必要なのだろうか?と自分に問いかけています。
「自分に素直であることも強さでしょう?」と。