佳子が出てこないわね~謎めいた鴨場接待~
昨日も寒かったですよ。散歩に初めてダウンコートを着ましたし、ラブにも上着を着せました。散歩の時間も短くし、早々に帰ってきましたよ。雪はまだ苫小牧はないのですが、道内各地は積雪が毎日更新されてます。ラブに靴を履かせようか、という事を最近は悩んでますよ。歴代の犬たちには考えたこともありませんでした。年のせいでしょうか、過保護に傾いてるような気もします。
12月2日の秋篠宮トルコ出発のお見送りに姿を見せて以降、
佳子さんの姿が消えてますね。
12月9日の皇后陛下のお誕生日に合わせるように、
佳子さんの写真集が出版されたニュースがあったくらいですね。
ボンの大学進学で騒ぎになっているのに、話題をそらす意味でも
佳子さんが出てきてもおかしくないのに、と思って見てますよ。
この方が出てこない期間があって、オヤ出てきたわねと思うと
顔の作りが変わってるという事がありましたからね。
というのはですね、鴨場接待の件が引っ掛かっているのですよ。
先月、19日に埼玉の鴨場で行われるはずの鴨場接待には、
敬宮様と佳子さんが出席予定でしたが、
百合子妃の薨去による服喪期間のために取りやめとなりましたね。
これは仕方のない事でした。
ところが先日、12月10日には千葉県新居浜で鴨場接待がありました。
これには常陸宮妃華子様と三笠宮家の彬子さんが出席されたわけです。
華子妃殿下の服喪期間は5日でしたから分かりますが、
彬子さんは30日の服喪期間は明けておらず、しかもこの方は喪主だったわけです。
世間でも49日過ぎるまでは行事には慎重になり派手なことは避けます。
彬子さんは除喪をされてまで参加したそうですが、
そこまでして出席される必要があったでしょうか?
もともと予定されていたものだったとしても、
服喪期間の方に出席いただかなくても佳子さんに出て頂けばよかったはずですよ。
敬宮様はお仕事の都合や、
両陛下の3回目の能登の訪問が控えておられ、準備などで都合がつかないという事は想像できますが、
佳子さんは暇でしょう?服喪期間も明けてますしね。
上皇后もそうですが秋篠宮一家の面々は、
常陸宮妃華子様を苦手にしてるのは見てれば分かります。
だからと言って国内でできる国際交流の貴重な場に、なぜ佳子さんが出なかったのか不思議ではありませんか?
彬子さんに代わって出られなかった理由があると思いますよ。
英会話ができない、華子妃が苦手で園遊会の時のように身だしなみやマナーにクレームが付きかねないことを恐れた、
あるいは想像ですが、またどこぞいじってますかね?
一方で
彬子さんが除喪をしてまで出席されるには、それなりのメリットがあるからです。
三笠宮家の残されたお三方、特に彬子様、瑤子様の
この間の広告塔問題や財団、基金の不透明な資金集めなどから目をそらし、国民の印象操作をし三笠宮家の当主を彬子さんは狙ってますからね。
下の記事に、そのことが書かれてますが彬子さん側に立った記事です。
記事の中で、母親である信子妃が別居を洗濯せざるを得なかったことを
『家出』と一刀両断し、
父親である寛仁殿下の見舞いや葬儀を拒否したのは彬子様であるにもかかわらず、
『葬儀にも出席しなかった』と切って捨ててますよ。
信子妃も三笠宮邸に戻る気がないから、宮内庁分庁舎を修繕するのだ、と言いますが
家の鍵まで変えて入れないようにしたのは彬子様と瑤子様ではないですか?
だから独立するのは当たり前のように書いてますが、
三笠宮の当主狙いのため、平民呼ばわりをし、母親にした非道が許されるでしょうか?
そんな方が皇族だなんて、よく言えたものです。
そしてこのことが女性宮家の伏線であることにも、言語道断と言いたいですね。
あの鴨場接待にもいろいろな思惑がありそうですよ。
今日はここまで
今日も読んで頂きありがとうございます。❤️