his...彼の、そして彼らの その2

渚はもともとゲイだ。
男の子しか好きになれない。
高校の時そのことが周りに知れて…渚は転校し東京を離れなければならなかった。
その結果親との関係もきっと複雑なものになっただろう。
高校生が親元を離れて一人で住み込みのアルバイトしてるって
これは相当大変なことだったと思う
もちろんこのあたりの事情は旅館のご主人はきっと知っていたはずだ。
千歌のこと、迅のこと、どうなってるんだろうとすごく気にしてる様子が見える。
思えば江ノ島での渚は
自分の殻に閉じこもっていて
誰かに気遣われていることに気づいていなかった。
あの松子先輩でさえ、自分との別れ話に好きな人を連れてきたと千歌に打ち明けた時もそれが男の子だったとは一言も口にしなかった。
(松子先輩大好き。すごくいい子だよね)
千歌と亜子。なんて公平でまっすぐな心の持ち主なんだろう。
想像だけど、渚に白川町の居場所を教えたのは千歌だったのではないか。

迅にとって渚は
初めての恋の相手かもしれないが
渚に去られた後、どうしていたのかというのを少し考えていた。
若い健康な男子であるし
寂しかっただろうし
誰かと繋がりを持つこともあったかもしれない。
渚が結婚して子供ができたと知った時
少し攻めるように渚に「バイだったの」と言う。
高校2年の春休み、もし渚と出会わなければ迅は
"普通に"女の子と恋をして
"普通に"結婚もしていたかもしれない。
でもそうならなかった。

私、東京での回想シーンがすごく気になっていて
「この前辞めたお前の同期の奴に聞いたけど」
「ゲイなの?」
「大学時代同棲してたって」
そしてそのあとに
「その相手は自分がいたら就職の邪魔になるから身を引いたんだって」
あのシーンの違和感。
ああそうだったんだと観客に納得させるセリフだけど
あまりにも踏み込んだ話で。

そう。
誰かと親しくなれば
自分のことを話したくなる。
そしてそのことが自分の首を絞める。

他者との関係。裏切り。そしてゲイなのかと仕事仲間に疑われたこと。
それを「違いますよ」と笑いながら否定する自分に絶望もしただろう。
誰も知らない場所に行き
誰とも親しくならないよう注意深く生活していこうと思ったのだろう。
ちょうど、ゲイがバレて学校にいられなくなって江ノ島に逃げてきた高校時代の渚のように。

渚の香りがかすかにするセーターと
遠距離の時交わし合ったたくさんの手紙と写真。
引き出しを開けるとそこには鮮やかな過去があって
幸せだったと思える日々があって。

「せっかく忘れようとしてたのに」

迅は渚を責めたけど
それは嘘だ。
初めて愛した人を
一生あの日々を抱きしめて生きようと思っていたはずだ。
あの思い出があるから一人でも生きていけると
思っていたはずだ。
いや、思おうとしていたはず。

渚は高校時代にも女の子と付き合って"普通"になろうとした前科があって
またしても同じことをしてまわりの人たちを傷つけた。

どこかで思っていた。
「しょうがないじゃないか。自分はゲイなんだから。許してよ。普通じゃないんだから。」

それは間違っていた。
そして
世間体でもなければちっぽけな自身のアイデンティティでもなく
空と
迅と
生活するということ。
本当の家族になるということ。
ただ愛する人と一緒にいたいという
心の底から望んでいた
たった一つのこと
当たり前の幸せを望む
ほかの"普通の人"となんの違いがあるんだろうか。
自分の過ちを全てさらけだし
許しを乞い
ただひたすら求めた。
希望を。


<続く>





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