リンダ【課題:誘惑】

登場人物
林田 美男(39) 会社員
林 敦男(39) 会社員 林田の高校時代の同級生
松本 武(21) 林田の部下
林田 理恵(40) 林田の妻
林田 知美(14) 林田の娘

○地下道コンコース
   人混みがあり、賑わっている。
   スーツ姿の林田美男(39)が歩いている。
   林田の背中を追う一人の女性(後頭部
   が映っている)が、手を伸ばし林田の
   肩を叩く。振り返る林田に向かって、
女性「やっぱり林田だ!」
   ギョッとする林田。女性の顔をマジマ
   ジと見てから、
林田「お前、林?!」
   化粧をした顔で笑う林敦男(39)。女装を
   している。
林「久しぶり。前の同窓会以来か?」
   困惑しながら林を見ている林田。
林「ま、聞きたいこと色々あるだろう。これから
 暇?俺のステージ見に来ない?」
林田「す、すてーじ???」

○キャバレー・店内(夜)
   キャバレー風の店内。舞台と向き合う
   形である客席。満員である。
   客席で口をあんぐりと開けている林田。
   色とりどりの舞台の照明が、林田の顔
   に照らされている。
   舞台上で煌びやかな衣装に身を包み、
   踊っている林。締めのポーズを決め、
   観客の拍手喝采を浴びている。
   礼をし、舞台から降りて林田の席へ来
   る林、ボーイからタオルを受け取り、
   汗を拭いながら林田の隣の席につく。
林「汗かいちまった。おい、今日これで終わ
 りだから一緒にサウナでも行くか?」
   じっと考える林田。
林田「お前は、女風呂?男風呂?」
   気の抜けた顔をして、
林「はあ?」
林田「だって、ニューハーフだろ?」
   思いっきり噴き出す林、笑いを堪えて、
林「嫁さんも子供もいるんだぞ。女の格好し
 てるだけさ」
   安堵する林田。林、テーブルの上の新
   しいグラスに水割りを作りながら、
林「部活終わり、よく一緒に銭湯行ったな」
林田「ろくに試合に出れてないのにな」
   笑い合う林田と林。
林田「いやー、長い年月も経てば、そっちの
 気が芽生えてもおかしくないかと思ってさ」
   出来た水割りを一口飲み、
林「長い年月ねぇ……」
   テーブルにグラスを置く林。
林田「でも、なんでまた女装なんか?」
   林田のグラスに水割りを作りながら、
林「林田くん。僕ら『サッカー部の雑木林コ
 ンビ』は、会社でも雑木林に身を埋めてな
 いかい?」
林田「……」
林「けど嫌な時には矢面に立たされる。PK
 戦での守りの様に……長年その形でピッチ
 に立ち続けた侍はこう思うのさ」
   黙って聞いている林田の前に出来た水
   割のグラスを置いて、
林「男でいるのが疲れた、と」
   自分の水割りを一口飲み、
林「で、一度女になってみよう、と」
   林を見る林田。
林「やってみたらこれが開放的でな、楽しい」
   自分のグラスを手に取り、見つめて、
林田「……なるほど。分からんでもない……」
   水割りを飲む林田の方に身を乗り出し、
林「お前もやってみるか?」
   水割りを噴き出す林田。咳き込みつつ、
林田「で、出来る訳ないだろう!」
林「なんで?」
林田「妻や子供がいながらこんなこと……」
林「それ男の悪い癖、妻子を男の大義名分に
 するの。やめとけ、大概裏切られるから」
   タオルでテーブルを拭きながら、
林「ま、いっぺんやってみ。自分らしくなれ
 て、生きた心地がするよ。女装のススメ」
林田「……」

○林田家・リビング(夜)
   21時を指している壁掛け時計。
   ソファでTVを観ている林田理恵(40)。
   林田が帰って来るが、理恵は見向きも
   しない。周囲を見回して、
林田「晩飯は?」
理恵「目の前にあるでしょ」
   テーブルに置かれた即席カップ麺。
   ため息をつく林田。
   段々と大きくなる足音が聞こえる。
   リビングのドアを開ける林田知美(14)。
   すごい形相で林田に向かって、
知美「アンタの靴下やパンツが洗濯機に入っ
 てるんだけど、なんで!気持ち悪いって言
 ってるでしょ、すぐ出して!」
   ドアを激しく閉めて去る知美。
林田「……」

○同・寝室(夜)
   パンツとランニング姿の林田、スーツ
   をハンガーに掛けながら、
林田「大義名分かぁ……」
   クローゼットを閉めた直後、ドレッサ
   ーに口紅があるのを見つける林田。
林田「……」
   ドレッサーに腰掛け、口紅を開く林田。
   恐る恐る唇にさし始める。
   塗り終わり、鏡に映る自分を見る林田。
林田「……面白い……かも」
   我に返り、慌てて口を拭う林田。
   口紅が少し残った、鏡の中の自分に、
林田「何やっとんだ、お前は」
   首を激しく横に振る林田。
林田「でも……林はなんか輝いてたな……」

○オフィス
   課長が腕を組み、不機嫌にデスクに座
   っている。周囲の者達は仕事を続けて
   いるが緊張している様子。
   課長のデスクの前に並んで立つ林田と
   松本武(21)。課長に頭を下げながら、
林田「申し訳ありませんでした!」
   頭を上げて松本を見る林田、不貞腐れ
   て頭を下げずにいる松本の首根っこを
   掴んで、頭を無理矢理下げさせる。
林田「彼がミスしたのは私の不注意でした。
 きちんと教育し直しますので……」
   林田の手を振り払い、オフィスを出て
   行く松本。課長に、
林田「す、すぐに戻ります」
   松本を追う林田。一層静まるオフィス。

○会社・廊下
   ズカズカと歩いている松本。走って追
   い掛けて来た、林田、松本の肩を掴み、
林田「戻れ!」
   立ち止まり林田に向かって、
松本「ミスをしたのは課長でしょう。僕は課
 長に言われた通りに動いただけです」
林田「例えそうであっても、上司である俺の
 命令だ、戻れ」
松本「嫌です。納得出来ません」
   松本の前に立ちはだかり、怒鳴って、
林田「ガキじゃあるまいし!」
松本「ガキでいいですよ!林田さんみたいに
 ならなきゃなんないなら」
   眉を顰める林田。
松本「あんな惨めな大人になりたくないんで」
   歩いて去って行く松本。
   その場で立ち尽くす林田。

○同・トイレ
   手洗い場で顔を洗っている林田。
   洗面台に手をつき、肩で息をしている。
   上目遣いで、水に濡れたままの顔が映
   った鏡を見る林田。鏡の中の自分に、
林田「……なりたくてなった俺じゃないよな」
   唇を噛み締める林田。

○キャバレー・楽屋(夜)
   化粧台前の椅子に座る林田の後ろ姿。
   女装をした林が林田の顔をパフで叩い
   ている。メイクをしている様子。
林「しょうがねーな、今の若いモンは」
林田「俺だって若い時、こんな大人になると
 思ってなかったぞ」
林「憂さ晴らしに女装する大人?」
林田「た、試しにどんな感じかやってみるだ
 けで、店には出ないからな……」
林「あとはウィッグだな。まだ目開けるなよ」
   林田の頭に金髪のウィッグを付ける林。
林「よっしゃ、目開けていいぞ」
   ゆっくり目を開く林田、目を見開く。
   美しく変身した林田が鏡に映っている。
林田「……これが……俺?」
   林田の両肩に手を置き、林田と共に鏡
   を覗き込む様な形で、
林「目鼻立ちがいいから見栄えするな、本当
 に外国人みたいだ……店、出てみろよ」
   見とれていた林田、我に返り、
林田「……何か、良からぬことをしているみ
 たいで、怖いな……」
   何も言わずにしばし林田を見つめて後、
   突然林田の頭を両手で掴んで、
林「今、頭の前にボールが来たらどうする?」
林田「え?」
林「すぐさま、ヘディングするだろ?」
   ぎこちなく頷く林田。
   鏡の中の自分達を見つめる林田と林。
   考え込む林田を諭す様に、
林「考えるより行動が先な時も必要だぞ。新
 しい自分に会いたくないか?」
林田「新しい……自分……」
   鏡の中の自分を見つめる林田。

○同・客席(夜)
   客数人が飲んでいるテーブルに女装し
   た林田が来る。
   客の一人に、名刺を差し出しながら、
林田「新人リンダです。宜しくお願いします」
   『リンダ』と書かれた名刺。


創作の製作過程を覗きみて、楽しんでいただけたら。