泡沫のデュオ【課題:再会】
登場人物
世良 彩音(26/6)OL
進藤 拓人(28)指揮者
世良 節子(50/30)彩音の母
世良 了輔(52/32)オーボエ奏者・彩音の父
○丘の上(夕)
住宅街が一望出来る、なだらかな丘陵。
オーボエを吹いている世良了輔(32)。
芝生の上で体育座りして世良を笑顔
で見つめている世良彩音(6)。
吹き終える世良、拍手をする彩音。
彩音に微笑み、隣に座る世良。
彩音の肩を抱いて、
世良「彩音、困ったことがあれば、ここでオ
ーボエを吹くといいよ」
彩音「どうして?」
世良「彩音の元にすぐ駆けつけるから!」
彩音「お父さん、スーパーマンみたい!」
無邪気に笑う彩音。
彩音を寂し気見つめる世良。
○牧村家・玄関〜門扉〜道
T・数ヶ月後ーーー。
玄関で号泣している世良節子(30)。
家の前の道を歩いて家から遠ざかる世
良、ケースを持っている。
門から飛び出して来る彩音、世良を走
って追いかける。世良に追い付く。
世良、振り返る。世良を睨んで、
彩音「あの丘でオーボエなんて、絶対吹かな
いから!」
走り去る彩音。
世良、手を伸ばして、
世良「彩音! 待ってくれ!」
振り返らずに行ってしまう彩音。
手を下ろし、力なく歩き出す世良。
○牧村家・リビング(夕)
ランドセルを背負い、首から鍵の付い
た紐をぶら下げた彩音が郵便物を手に
誰もいないリビングに来る。
彩音「……ただいまー……なーんてね」
郵便物に目を通す彩音、手が止まる。
『From オーストリア』の調印が
されたエアメール。差出人は世良。
ため息を付き、残りの郵便物を机に置
き、エアメールだけ持ち出て行く彩音。
○牧村家・2F・彩音の部屋(夕)
6畳ほどの子供部屋。
彩音、押入れを開け座っている。
お菓子の空き缶を開く彩音、中は未開
封エアメールの束である。先の手紙を
しまい蓋を閉じる。
押入れの奥からケースを取り出し開く。
中身はオーボエ。オーボエを見つめ、
彩音「……」
オーボエを吹く彩音。
悲しげな表情が徐々に明るくなる。
節子の声「ただいまー!」
ハッとする彩音、慌ててオーボエをし
まいケースを押し込み押入れを閉める。
部屋を出て、廊下から1階に向けて、
彩音「(大声で)おかえりー!」
押入れを一瞥した後、1階へ行く彩音。
○牧村家・階段〜玄関(朝)
T・20年後。
古びたオーボエのケースを持ち、階段
から玄関に降りて来る牧村彩音(26)。
牧村節子(50)が玄関に来る。ケース
を見て不機嫌そうに、
節子「……晩ごはんは?」
少し躊躇して、
彩音「……拓人と食べるから、いらない」
節子「まだ別れてなかったの?」
眉間に皺を寄せて立ち去る節子。
ため息をつき、出掛ける彩音。
○雑居ビル・テナントの扉前
扉の前の三脚で建てられた黒板に『社
会人の休日音楽教室』と記されてある。
○同・テナント内
オーケストラの様に並んで、楽器を演
奏している若い男女達。
一番前で指揮をしている進藤拓人(28)
演奏者に混じってオーボエを吹いてい
る彩音。
× × ×
彩音と進藤以外誰もいなくなった室内。
オーボエを手入れしている彩音。
彩音に近付く進藤。
進藤「……彩音、大事な話があるんだ」
作業を止めずに、
彩音「ん? 食事の時じゃ駄目?」
進藤「ここは2人が出逢った場所だから……」
手を止め、進藤を見つめている彩音。
意を決し、息を吐き、ポケットから箱
を取り出す進藤、彩音の目の前で箱を
ゆっくりと開ける。
箱の中に指輪。
口元を手で覆う彩音。
彩音の左手を取り、薬指に箱の指
輪を填めてやる進藤。彩音を見つめて、
進藤「結婚して欲しい」
指輪に視線を落とし、無言で指輪を見
つめる彩音、複雑な表情。
彩音「(声を絞り出す様に)嬉しい……」
噴き出す進藤。彩音に見つめられ、
進藤「ごめん。全然嬉しそうじゃないから」
彩音「そ、そんなこと……」
真剣な顔になり、彩音を見つめて、
進藤「……お母さんのこと?」
涙ぐむ彩音。彩音を抱きしめる進藤。
進藤「返事は待つから、じっくり考えて」
頷く彩音、進藤の背中に腕を回す。
左手の薬指に指輪が光っている。
○牧村家・玄関・外(夜)
オーボエのケースとカバンを持った彩音が
ドアの前に立ち尽くしている。
薬指の指輪を外し、鞄にしまう彩音。
彩音「……」
彩音、鞄から指輪を出し、填め直す。
大きく深呼吸し、顔を引き締める彩音。
○同・玄関内〜階段(夜)
ドアを開け入って来る彩音。
彩音「ただいまー」
玄関にやって来る節子。
彩音の薬指に気付く節子、驚いた顔で、
節子「あんた、それ……」
何も言わずに、左手にオーボエのケー
スを持ち、階段を上がろうとする彩音。
彩音の左手を激しく掴む節子。
彩音「プロポーズされたの」
節子「!」
呼吸を整えて、節子を見据えて、
彩音「快く、お引き受けしたから」
絶句している節子。見つめている彩音。
オーボエケースに目を遣る節子。
怒りを露わにして、彩音からケースを
引ったくり、床に叩きつける節子。
ケースを庇って、
彩音「何するの?!」
節子「音楽がなくったって、生きて行けるだ
ろ! 家族を捨ててまですることかい!」
彩音「……」
節子「何で音楽なんかやってる奴とーー」
彩音「お母さんと私の人生は違う!」
節子「どんなに信じてても、裏切られる時は
裏切られるんだ!」
彩音「拓人はそんな人じゃない!」
節子「アンタよ!」
彩音「!」
泣き出す節子。
節子「アンタまで私を裏切るのね……」
泣き崩れる節子を見つめる彩音、堪ら
ずケースを持ったまま玄関を飛び出す。
節子の嗚咽のみが響いている。
○丘の上(夜)
灯りが点っている家と消えている家が
半々ほどの住宅街が見える。
オーボエケースを抱きかかえ、丘の上
に立っている彩音、泣いている。
地面にケースを置き、開く彩音。
オーボエを撫でる彩音。
オーボエを持ち、立ち上がる彩音、
しゃくり上げながらも吹き始める。
徐々にメロディーになって行く音色。
大分落ち着いて来た様子の彩音。
段々と泣きっ面が笑顔になっている。
× × ×
フラッシュ。
丘でオーボエを吹いている世良。
世良の声「困ったことがあれば、ここでオー
ボエを吹くといいよ」
× × ×
吹き終える彩音、また悲しげな表情。
彩音「……なーんてね」
オーボエを手に頭を垂れる彩音。
世良の声「……節子?」
目を見開き、息を止める彩音、体を
強張らせる。
ゆっくりと振り返る彩音。
トランクを引いた世良了輔(52)が立
っている。
驚いて口を開いている彩音、世良を凝
視したまま動けないでいる。
目を見開いて、彩音を見つめて、
世良「……彩音……か?」
顔を伏せて走り出す彩音。
手を差し出して、
世良「待ってくれ!」
立ち止まる彩音。
世良「何か……困ったことがあったのか?」
ゆっくりと世良に振り返る彩音。
節子の声「アンタまで私を裏切るのね……」
世良を見つめながら、
彩音「……世良さん……」
背筋を伸ばす世良。
彩音「私も裏切り者になっちゃいました」
目を見開き、驚いている世良。
涙を流し、オーボエを強く握る彩音。
近からず遠からずの2人の間の距離。
創作の製作過程を覗きみて、楽しんでいただけたら。