アンファン【課題:復讐】
登場人物
大久保 譲(34) 会社員・子供服卸売業
大久保 麻実(34) その妻
部長(50) 譲の上司
医者A、B
○病院・診療室・中(夕)
大久保譲(34)と大久保麻実(34)が並んで座
っている。二人に向き合う形で医者が
座っている。カルテを見ながら、
医者A「授かり物ですから焦りは禁物です」
落胆している大久保。
大久保「……」
医者A「ご主人、あまりご自身をお責めにな
らないで。自然に身を任せましょう」
笑顔の医者A。
心配そうに大久保を見る麻実。
麻実「……」
○道(夕)
大久保と麻実が歩いている。
大久保「麻実」
麻実「うん?」
立ち止まる大久保、続いて止まる麻実。
大久保「赤ちゃん作ってやれなくて、ごめん」
笑顔になり、大久保の手を握る麻実。
麻実「いつかきっと、大丈夫な時が来るよ。
赤ちゃんが来ること考えて、頑張ろう」
頷く大久保、麻実の手を握り返し、
大久保「よし!今晩はウナギでも喰って精を
付けるか!」
繋いだ大久保の手を強く引っ張る麻実。
麻実「焦りは禁物!」
シュンとなる大久保。吹き出す二人。
手を繋いだまま歩き出す二人の後ろ姿。
○会社・オフィス
社員たちのデスクには『輸入子供服
アンファン』と」書かれたカタログや、
『アンファン』の特集が組まれた子供
ファッション誌が乗っかっている。
大久保がデスクで仕事をしている。
電話をしている部長。
部長「アイコールバックアゲイン……バイ」
受話器を置く部長、ため息をつき、
部長「大久保ー!」
振り返り、部長のデスクに駆け寄り、
大久保「はい」
部長「スマンが明日からカナダに飛んでくれ」
大久保「明日ですか?」
部長「問屋と揉めてるらしんだ、長くいて
もらうかもしれん」
大久保「……わかりました」
部長に頭を下げ、席に戻る大久保。
眉間に皺を寄せている。
○街(夕)
歩いている大久保の前からベビーカー
を押した夫婦が来る。
赤ちゃんの笑顔が大久保の目に入る。
家族の姿を見つめる大久保。
大久保「……」
○大久保家・リビング(夜)
ドアを開け、リビングに来る大久保。
夕飯の用意をしている麻実。
麻実「おかえり」
麻実に抱きつく大久保。困惑して、
麻実「ちょっと……」
大久保「今晩、いいだろ?」
麻実「えっ?」
大久保「海外出張が入った、2週間。だから
早めに……」
大久保を振り払い、大久保の目を見て、
麻実「駄目、ゆっくん。焦り過ぎてる」
大久保「お、俺は……」
涙ぐむ大久保。麻実を見て、
大久保「麻実との子供が欲しいんだよ……」
麻実の足元に崩れる大久保の頭を撫で
る麻実。顔を起こした大久保に、
麻実「出張から帰って来たらね。今夜は出張
に備えて休もう。ホラ、お風呂入っといで」
頷く大久保と麻実。微笑み合う二人。
涙を拭い、立ち上がり、リビングを出
てゆく大久保。
顔から笑みが消え、鼻で笑う麻実。
○大久保家・マンション前の道
トランクを引いた大久保、マンション
から遠ざかる。
○同・リビング
携帯をかけている麻実。
麻実「もしもし。今日からアイツしばらくい
ないから大丈夫そう……いよいよね……」
○空港・両替所・前
両替所で換金している大久保。
携帯が鳴る。背広から携帯を出し、
大久保「部長?」
電話に出る大久保。
大久保「はい、大久保です……え?来週に延
期?……はい、わかりました……」
携帯を切る大久保、舌打ちをする。
両替所を見る大久保。
大久保「せっかく変えたのに……来週使うか」
背広に外貨をしまう大久保。
○空港内の銀行・中
入口から大久保が入って来る。
大久保「少し手元に置いとくんだったなぁ」
財布からカードを出し、ATMを操作
する大久保。エラー音が鳴る。
大久保「……えっ?」
『お客様の口座残高は0円です』と表
示されたATM画面。
慌てて操作を繰り返す大久保。
繰り返し出る、先の画面。
大久保「……どういうことだよ……」
背広から携帯を取り出す大久保、麻実
に電話を掛けるが、応答なし。
電話を切る大久保、急いで出て行く。
○大久保家・玄関前〜リビング
汗だくの大久保が家の玄関前、マンシ
ョンの共有廊下を走っている。
家の玄関から、大きい鞄を持った麻実
が出て来る。麻実を見つけ、
大久保「麻実!」
驚く麻実、硬直する。息を切らし、
大久保「大変だ。口座に全然金が無くな……」
麻実の鞄を見る大久保。
大久保「あれ?どこ行くの?」
家の中を見る大久保。廊下の先、リビ
ングに通ずるドアが開いている。
表情を曇らせる大久保、中に入る。
リビングにあった家財一式がキレイに
なくなり、蛻の殻になっている。
リビングから玄関を見る大久保。
玄関に立っていた麻実、急に走り出す。
麻実の後を追う大久保。
○道
逃げる麻実を追い掛ける大久保。
大久保、麻実を捕まえる。
大久保「おい!一体どういうことなんだ!」
揉み合いになる大久保と麻実。
麻実「あ……イタタタタタタ……」
急に腹を押さえて地面に崩れる麻実。
慌てふためく大久保。
大久保「お、おい。だ、大丈夫か!麻実!」
○病院・診察室・中
医者Bと向かい合って座っている大久
保と麻実。笑顔で、
医者B「おめでとうございます。4ヶ月です
ね。何、急に走ったりしたから体が驚いた
だけです。赤ちゃんも問題ありません」
麻実を見る大久保。
麻実はそっぽを向いている。
○喫茶店・中
大久保と麻実がテーブルを挟んで向か
い合い座っている。
大久保「……誰の子だよ?」
麻実、黙ってコーヒーを啜る。
大久保「拒んでたのって、もう子供がいたか
らなんだろ?」
麻実「……」
大久保「荷物や金がなくなってるのはどう説
明するんだよ?」
麻実「……」
激しくテーブルを叩く大久保。
大久保「何とか言ったらどうなんだ!」
大久保を見る麻実、小さく笑う。
大久保「子供欲しかったんでしょ?ちょうど
良かったんじゃないの?私が妊娠して」
大久保「はあ?……俺の子じゃなきゃ……」
麻実「私が欲しいのはアンタとの子じゃない
の。オ・カ・ネ」
放心状態の大久保。しばし沈黙。
麻実「財産目当てで結婚したけどさ、アンタ
といるのも疲れちゃったから、すぐ手に入
るモンだけ持ってバックれようとしたの」
愕然とする大久保、口を震わせ、
大久保「なんで……なんで他の男との子を妊
娠しといてそんなに平気でいられるんだ?」
鞄から離婚届を取り出し、テーブルの
上に叩き突ける麻実。
麻実「産まれて来るのは自分の子じゃないな
んて、アンタ耐えらんないでしょ?アンタ
から解放される為の知恵よ」
水を飲み干し、立ち上がる麻実。
麻実「自分の欄書いて、役所出しといて」
立ち去ろうとする麻実。
大久保「待てよ」
立ち止まり、振り返る麻実。
垂れていた頭を上げ、麻実を見て、
大久保「……俺との子供は欲しくないのか?」
笑い出す麻実。笑いを堪えながら、
麻実「アンタといても子供出来ないじゃん!」
大久保に顔を近付ける麻実。
麻実「この、種なし!」
喫茶店を出て行く麻実。
大久保、離婚届の麻実の欄に目を遣る。
届を手に取り、手を震わせる。
クシャクシャになる離婚届。
憎しみに満ちた大久保の瞳。
※文字起こしした後の感想。
『書いた当時これのどこが復讐やと思って書いとったんや? 復讐の夜明け前のような……』