酔ってでも【課題:魅力ある男】
登場人物
近藤 保(34) 漁師
近藤 幸(30) その妻
中村 竜平(34) 漁師
中村 良子(31) 中村の妻
アナウンサー、客たち
○近藤家・全景(夜)
古民家風の建物。
漁師姿の近藤保(34)とパジャマ姿の近藤幸(30)が玄関から出てくる。
近藤「ほいじゃ、行って来るわ」
手を振り合う近藤と幸。
幸「酔い止めは?」
近藤「飲んだよ」
幸「今日は天気良いってよ」
近藤「じゃあ昨日よりマシかな」
○食堂『紀伊国屋』・外観
店の前がすぐ波止場で、小さな漁船が数隻泊まっている。
『食堂 紀伊国屋』と書かれた暖簾が軒先に掛けられている。
近藤の声「ヴぇー(嗚咽)」
○同・中
『お手洗い』の札が掛かったドアの中から、近藤の嗚咽が聞こえている。
水の入ったコップを持ち、ドアの前に立っている幸。
幸「マシじゃないじゃない……」
食事をしている客達、眉間に皺を寄せて幸に視線を向ける。
その客達に頭を下げながら、
幸「すみません、すみません……」
食事をしている漁師姿の中村竜平(34)が笑いながら、
中村「おい、営業妨害だぞ、営業妨害」
厨房から水の入った容器を持って食堂に来る中村良子(31)、お客のコップ
に水を注ぎながら、幸に、
良子「昨日より酷いね、酔い方」
幸「何年も海に出てて何で慣れないのかな」
近藤がトイレから出て来る。近藤にコップを差し出す幸、飲み干す近藤。
中村、笑いながら、
中村「漁師が船酔いなんて情けねぇな」
中村を睨む近藤。良子にコップを差し出し、
近藤「もう一杯、ちょうだい」
近藤のコップに水を注ぐ良子。注ぎ終わり、すぐさま中村に水を掛ける近
藤。中村、箸を机に叩きつけ、立ち上がり、 中村「てめぇ、何すんだよ!」
近藤「俺の気も知らないで!体質なんだからしょうがないだろ!」
中村「何年漁師やってんだ!自分の体くらい自分で管理しろや!」
取っ組み合いになる近藤と中村。
二人の喧嘩を停めに掛かる幸と良子。
幸「もう、あんた達はすぐそうやって!」
良子、中村に向かって、
良子「カッカすると、また血圧あがるよ!」
幸「また?」
互いを掴んでいた手を放す近藤と中村。
良子「この人、この間の健康診断で血圧高いって注意されたの」
幸「まぁ。ちょっと心配ね」
中村「なぁに。どうってことねぇよ」
近藤「単細胞でもきちんと血は巡ってんだな」
掴み合いになる近藤と中村。
呆れながら停めに入る幸と良子。
○近藤家・居間(夜)
団扇で扇ぎながら、パソコンがある机の前に座っている近藤、『高血圧
が引き起こしやすい病気』というページを見ている。
幸のが居間に来る。近藤の背後から、
幸「何してんの?」
驚いてウェブサイトを閉じる近藤。
近藤「う、うん。今度のボーイスカウトの栞作り」
幸「ああ、海の日のね。海岸掃除するんだっけ?休みの日まで…ご苦労なこと
ね」
近藤「子供はこの海の担い手だからな。海を好きになってもらわなくっちゃ」
幸「船酔いの常習者が言っても説得力ないな」
近藤「海は好きだよ! 船で酔うだけ!」
笑い合う近藤と幸。
○食堂『紀伊国屋』・中
食堂には誰もいない。
テンガロンハットを被った近藤が入って来る。厨房から、
良子「いってらっしゃい。もう清掃終わったの?」
近藤「バッチリ!……アイツは?」
良子「海に出たわよ」
近藤「漁休みなのに?」
良子「なんか、穴場を開拓?するとか言って」
近藤「海が好きなんだな」
良子「あら、たもっちゃんだって。この辺の漁師さん達、みーんな街に遊びに行ってるのに、一人残って」
近藤「休みの日までに船に乗ろうとは流石に思わんよ。生姜焼き定食一つ」
良子「はーい。十二時には戻るって言ってたから、もう帰って来るわ」
近藤「おっと。じゃあ早く食い終わらねぇと」
食堂にあるテレビから時報の音。
テレビを見る近藤。
アナウンサー「お昼のニュースです。日本を通過しないと見られていた台風二号は、進
路を変え、紀伊半島に向かう可能性が……」
店の入口に目を遣る近藤。
澱んだ空が入口の外に見える。
近藤「……」
× × ×
食堂の机の上に、食べ終わった食器と
箸が置かれている。
お茶を飲んでいる近藤と良子。
良子「遅いわ……ちょっと電話してみよう」
席を立つ良子。
眉間に皺を寄せ、唇を噛む近藤。
○海上
空が暗い。やや波がある海面。
側面に『紀伊国屋』と書かれた船が海に浮かんでいる。
船から携帯の着信音が聞こえる。
○紀伊国屋・上
船の床の上に落ちている携帯電話。
ディスプレイ画面、『良子』と表示されている。
○食堂『紀伊国屋』・中
携帯を切る良子。
良子「どうしよう……誰か船出せないかしら」
近藤「何言うんだ、俺が行くさ」
良子「駄目。これから時化るのよ。普段から
あんなのなのにたもっちゃんには無理よ」
近藤「そりゃそうだけど……」
食堂の入口が開く音、振り向く近藤。
息を切らした幸、
幸「大変よ!」
近藤に携帯を見せつつ入って来る。
ズボンや胸元を叩いて、
近藤「忘れてるの気づかなかった」
幸「竜平さん、いないでしょ?」
良子「どうして知ってるの?」
幸「電話があったの、保の携帯に」
驚き、幸の体を揺らしながら、
近藤「出たのか?」
頷きながら、
幸「そしたら声にならない様な声で、『保、
保』って。ねぇ、竜平さんどこにいるの?」
目と口を開く近藤、いきなり店の外に
飛び出す。後を追う幸と良子。
○波止場
側面に『こんどう』と書かれた船に乗
り込み、出航させる近藤。
堤防に着く幸と良子。離れて行く船に
向かって、
良子「私も行く!」
近藤「危険だ!待っててくれ!」
不安げに船を見つめる幸と良子。
○海上
風は強く、波がうねっている。
○こんどう・船上・操縦室
顔を歪ませながら、嘔吐きながら船を
操縦している近藤。
近藤「自分の体くらい、自分で分かれや……」
波が船に激しく打ちつける。
大きく揺れる船体。
近藤「うわぁ!」
胸を擦る近藤、目を見開く。
○海上
紀伊国屋の船上で、近藤に手を振っ
ている中村。
○こんどう・船上・操縦室
船のスピードを上げ、紀伊国屋の船に
近付ける近藤。
エンジンを止め、操縦室に出る近藤。
中村「あはは。何、血相変えてんだよ!」
近藤「……倒れたんじゃないのか?」
中村「俺の迫真の演技に、幸ちゃん騙された
か。わはははは……」
目にいっぱいの涙を溜める近藤。
笑いを止める中村。
近藤「ぐああああ!」
こんどうから紀伊国屋へ飛び移り、中
村に抱きつき、中村の胸を拳で何度も
殴る近藤。
中村「わ、悪かったよ。ごめん……」
中村の顔を見ながら、
近藤「お、お前……体、大事にし……」
中村に背を向け、海に吐く近藤。
呆れながら、
中村「そら、おめーだ」
近藤の背中を擦ってやる中村。
創作の製作過程を覗きみて、楽しんでいただけたら。