花飛沫【課題:死】
登場人物
高松 依子(33) ファッションデザイナー
小岩井 ちづる(33) 依子の秘書
杉 庄次(39) 依子の婚約者
神父、スタッフA、針子
○アトリエ『ボーテ』・中
色鮮やかな衣装を着せたマネキンや洋
服のデザイン画がたくさんある工房。
デザイナー達が忙しく働く工房内を、
高松依子(33)が煙草を吸い、様々な部署の
スタッフ達とやりとりしながら歩き回
っている。左手薬指には指輪。
途中で汚れたズボンを履いたスタッフ
に目を止める依子、眉間に皺を寄せ、
そのスタッフに近付き頭を叩く。
依子「何その汚れ!いつも美しいものを身に
着けなさいと口酸っぱく言ってるでしょ」
汚れに気付き、頭を下げるスタッフ。
ちづるの声「ちょっと見て頂けますか」
振り返る依子の目線の先に、小岩井ち
づる(33)が立っている。ちづるの元へ駆
け寄る依子。指差しながら、
ちづる「例のウエディングドレスです」
微笑むちづる。ちづるを見て、
依子「公私混同させる気?」
ちづる「満更でもないですよね?」
微笑み合う依子とちづる。
マネキンが純白のドレスを着ている。
まだ製作段階らしく、針子が裁縫して
いる。針子の動作を見ていた依子、痺
れを切らした様に、
依子「あーもう。私にそんなドレス着させな
いでよ。ちょっとどいて」
針子を押しのけ、裁縫道具を奪い、煙
草と針を口に咥えながら器用に手を動
かす依子。数回小さな咳をする。
回数が増え、次第に大きな咳に変わる。
突然、目を開いて手を止める依子。
異変に気付くちづる。
次の瞬間、激しく吐血する依子。その
まま前のめりに突っ伏す。倒れるマネ
キン。悲鳴をあげる針子。慌てふため
いて依子に駆け寄るちづる。騒然とす
る工房内。真赤に染まる純白のドレス。
○病室(朝)
依子、患者着姿で鏡の前で化粧をして
いる。最後に口紅を差し、口角を上げ
て微笑む。依子の背後には『高松依
子』の名札が掛かったベッドがある。
○病院・屋上(朝)
ちづると杉庄次(39)が柵の所に並んで立
っている。杉の左手薬指に指輪。屋上
から駐車場が見渡せる。
地上を見つめたまま、
ちづる「……3ヶ月かぁ……」
空を仰いで、
杉「結婚式、迎えられるか際どいなぁ」
しばらく黙り込む杉とちづる。
徐に、空を仰いで、
ちづる「神様って、イジワルだね」
ふっ、と笑って、
杉「依子の嫌いな、神様」
目を合わせて吹き出す杉とちづる。
真剣な顔になり、
ちづる「……依子ちゃん、取り乱してた?」
杉「いや。黙って医者の宣告聞いてた」
ちづる「……依子ちゃんらしいなぁ……」
しばしの沈黙。腕時計を見た後、きち
んと杉に向かい合って、
ちづる「辛いのに話してくれてありがとう」
杉「こちらこそ。出社前に来てくれて」
ちづる「主がいなくても城は守りますよ、そ
れが我々家臣達の使命ですから……ん?」
駐車場の方向を見ているちづる。
釣られて見る杉。
お洒落な服装で駐車場を歩く依子。
依子を見つめたまま、
ちづる「杉くん、車の鍵は?」
杉「病室に置いてきた」
慌てて柵から離れる杉とちづる。
○アトリエ『ボーテ』・中
スタッフ達が仕事している。
元気よく工房の扉を開き、
依子「おっはよう!」
振り向くスタッフ達。
スタッフ「も、もう体調よろしんですか?」
依子「病院じゃ化粧は駄目、みすぼらしい服
着せられてさ、嫌になっちゃった」
工房の中で一段高みになった所に立っ
て手を大きく叩く依子。戸惑いながら
もスタッフ達が依子の下に集まる。
依子「おはようございます」
スタッフ達「おはようございます」
アトリエの扉から息を切らした杉とち
づるが入って来る。
依子「お休みしてすみません。そしてもう一
つ謝らなければなりません。私の命は残り
3ヶ月であります」
息を飲んで依子に注目するスタッフ達。
同じく杉とちづる。
依子「驚かせてごめんなさい。でも隠し事は
性に合わないので。ところで皆さん、『散
りぬべき 時知りてこそ世の中の 花も花
なれ 人も人なれ』という句を知っていま
すか?花も人も散り時を心得てこそ美しい
という意味です。私も強く共感します。息
絶えるまで頑張りますが、私の死は覚悟し
ておいて下さい。はい、朝礼以上」
高みから降り、工房内のマネキンを一
体一体確認する依子。スタッフ達は尻
込みして近付けない。
険しい顔の杉がスタッフを掻き分け、
依子に近付いて腕を掴む。黙って依子
を引っ張り工房から出て行く杉と依子。
工房を一望して、出て行くちづる。
○アトリエ『ボーテ』・エントランス前
アトリエ外観。前には道がある。
建物から依子が杉に引っ張られながら
出て来る。杉の手を振り解く依子。
杉「あんなこと言われても、みんな困るだろ
う。どうお前に接したらいいんだ」
依子「急に死なれて困惑するよりいいじゃな
い。一日一日を大切に出来る」
建物から出て来たちづる、杉と依子を
見つけ、様子を伺いつつ距離を詰める。
杉「いつも自分一人で決めて行動して……」
依子「自分のこと、自分以外誰が決めるの?」
依子が服のポケットから煙草を取り出
し吸い始める。怒り露に煙草を奪い、
杉「早く死にたいのか!お前が死ぬことを俺は
認めない!お前一人の人生じゃないぞ!」
立ち止まるちづる。
杉に取られた煙草を取り返し、
依子「人はいつか死ぬのよ。遅いか早いかだ
けなんだから、受け容れなきゃならないの」
杉「何でそんな分別良くいられるんだ……」
ちづる「……」
煙草をふかして煙を吐き、杉を見て、
依子「貴女には分からないわね、きっと」
道を歩いて行く依子。
追い掛けようとする杉を止めるちづる。
ちづる「一人にさせてあげて、今は。大丈夫、
居場所は分かってるから」
怪訝な表情の杉。
○教会・庭園・中
こじんまりとした庭園。後ろにはキリ
スト教の教会が見える。教会の中庭に
『散りぬべき〜』と書かれた石碑があ
る。石碑の前で煙草を吸っている依子。
煙草を持つ手も唇も震えている。
顔を歪めて、鳩尾を摩っている。
神父の声「園内は禁煙ですぞ」
ビクッとして振り返る依子。
教会の窓から依子を見ている神父。
地面に煙草を落とし足で火を消す依子。
依子「あ、あの……信者じゃないと、こちら
に来てはいけませんか?」
少し驚いた後、依子を見つめ微笑んで、
神父「そんなことはありません。どなたでも
大歓迎です……入られますか?」
少し間を置いて、頷く依子。
○教会・チャペル・中
立派なパイプオルガンや正面に煌びや
かなステンドガラスのあるチャペル。
長椅子に座ってガラスを見上げている
神父と依子。ガラスの中央にはキリス
トのイラスト。それを眺めて、
依子「私は神など信じません。人生は自分で
決めるものだと思っていたので」
神父「……」
依子「けれど、死は神が決めるのですね」
視線を落とす依子。
依子「やっぱり、神様のことが、嫌いです」
神父「……」
依子「私は美しいものが好きです。だから死
に際も美しくありたいと思いました」
依子、涙ぐむ。
依子「けど……死に際に怖がる私はどうやら
強くないようです」
依子の横顔を見、再びガラスを見て、
神父「自分の弱さを知っているのは、強い人
間である証拠です」
驚いた表情で神父を見る依子。
神父、依子の顔を見て、
神父「神が人間に死を用意するのは、命に限
りがあることを残る者に分からせる為です。
限りがあるから、生きてる内に周囲の者へ
の感謝を忘れるなという戒めかと思います」
依子「周囲への……感謝……」
もう一度、ガラスを見上げる2人。
依子「私には……その時間はなさそうです」
神父「今です。今が感謝する、その時です」
視線を合わせる神父と依子。
依子「間に合いますか?」
大きく頷き、微笑む神父。
神父「今やらないで、いつやりますか?」
目をつむり、涙を流す依子。深呼吸を
し、ゆっくりと目を開き、背筋を伸ば
す。
※先生の講評……ちづる、何者?
※※文字起こししての私の感想……神父、林先生やん。(こちらを執筆したのは7年くらい前ですが)