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『花様年華』猫の質問にNoと言えるか?

※本記事中の人名は、すべて『BU contents』(以下『花様年華』)のキャラネームです。

『花様年華』において、大きな鍵となるのが「オッドアイの猫」の存在だ。

この物語は、ソクジンが「猫」と出会い、タイムリープの力を手に入れたところから始まる。アメリカからの帰国後、友人たちの悲惨な現状を知って涙する彼の前に現れた「猫」は、こう問いかけた。

「時間を巻き戻すことが出来たら、あらゆる失敗と過ちを正して、みんなを救えると思うかい?」

- LINE漫画『花様年華Pt.0 <SAVE ME>』1話 より

これに対し、ソクジンは「本当にそうすることであらゆる失敗と過ちを正せるなら」「昔の様にみんなでまた幸せになれるなら」「なんだってできる」と考える。つまり、この時ソクジンは「猫」の問いに対して全面的にYESと答えたことになる。そして彼はその言葉通り、「みんなでまた幸せになる」ために、終わりの見えないタイムリープを繰り返すことになった。

しかし、『花様年華』の(現時点での)結末を知っている方ならご存知のとおり、この問いへの正しい答えは「NO」だ。あらゆる失敗と過ちは、正すのではなく受け入れることで幸せになれる。それが最終的にソクジンの行き着いた答えだった。

一見正しいことを言っているふうに聞こえる「猫」の問いだが、それを自分なりの言葉で否定することで、タイムリープから抜け出すことができたソクジン。「猫」は他にも、キャラクターたちにいくつかの問いを投げかけている。その中でも特に重要だと考えられるのが、事故に遭ったジョングクに対して掛けられたこの問いだ。

「生きることは死ぬことよりもつらいのに、それでも生きたいの?」

何が起こったのか理解できない戸惑いと、迫る死への恐怖の中、ジョングクは「それでも生きたい」と強く願う。ジョングクもまた、猫の問いに対してYESと答えたということだ。しかしその結果、彼は次第に仲間たちへの疑心暗鬼を募らせ、他のキャラクターとは対照的に、孤独を深めていくことになった。『花様年華 THE NOTES2』のラストでは、道路の真ん中に空いたシンクホールの暗闇を見つめていたジョングク。2023年現在時点で、彼の物語はここで閉じている。

物語の終盤で描かれた、6人に対して疑念を抱き、ネットゲームにのめり込んではヒョンたちを敵に見立てて撃ち殺し、家にも変わらず居場所はなく......というジョングクの人生は、まさに「死ぬよりつらい生き方」ではないだろうか。

果たして、ジョングクに掛けられた問いの答えは、本当に「YES」だったのだろうか?

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物語終盤のジョングクに関する手がかりは非常に少ない。そのため、この記事もただの憶測に過ぎない。けれどまずは、「猫」に与えられたタイムリープから抜け出して幸せを掴んだ、ソクジンの足取りを振り返ってみよう。

ソクジンは、「猫」の問いにYESと答えたことでタイムリープの力を手に入れた。だがその道のりは辛く苦しいものだった。初めこそ「みんなを救うために」と意気込んでいた彼だったが、次第に疲弊していく。後半部分では、何度やり直しても救えないナムジュンについて「猫」に尋ねている。

「代わりに代償が伴うだろう」

『魂の地図』という重要なヒントを得た代償に、ソクジンは尊い「花様年華」の記憶を奪われてしまう。これによって彼と仲間たちが、更なる苦しみを味わったことは特筆するまでももない。

「猫」の問いによりタイムリープを始め、想像もしなかった困難に悩み、どん底を味わったソクジン。それでも彼は、仲間たちに助けられ、最終的に「猫」の問いへNOと言うことができた。

このことを考えると、「猫」は何かを与える代わりに何かを奪っているようにも思える。ジョングクの時は、どうだっただろうか。

「首が後ろに折れて」「全身が冷えて」と、ジョングクの怪我の具合は酷かった。人通りの少ない道で、何もなければ、そのまま亡くなっていてもおかしくなかったかもしれない。「それでも生きたいの?」と猫が会いに来たからには、「猫」は何かをジョングクに渡しに来たのではないだろうか。

事故の後、入院先の病院で彼は「奇跡だ」と言われるほど軽い怪我だったことがわかっている。では「猫」がジョングクに渡したものが「命」だったと仮定することができないだろうか。「猫」の問いにYESと答えたことで、ジョングクは生き延びることができた、と。

ならば、代償として奪われたものは何か。

ソクジンと違い、目覚めたジョングクは「猫」のことを忘れていたが、その姿は繰り返し夢に見ている。そして、その夢を見るたびに、ソクジンの車を思い出して、彼がどんどん疑わしくなると話している。

「猫」が奪ったものは、「ジョングクの花様年華」ではないだろうか。

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だから、これはただの私の妄想だが、ジョングクもいつか「猫」の問いにNOと言わなければいけないのかもしれない。

ソクジンも、最初は「過ちを全て正せば幸せになれるか」と聞かれ、YESと答えていた。この問いを丸ごと否定するわけではない。「過ちを全て正せば」ここを否定できればよかったのだ。ジョングクも「生きることは死ぬことよりも辛いのに、それでも生きたいか」のどこかをNOと言えたら......。

いくつもの世界線が展開される『花様年華』だが、そのうちでジョングクが事故に遭わない世界線は、現時点で発表されているコンテンツから推測できる限り存在しない。さらに言うならば、事故に遭ったあとで彼がヒョンたちから距離を取らない世界線も、またほとんど存在しない(一つだけ例外はある)。

ジョングクが交通事故に遭うことと、彼が仲間たちに疑念を抱いて孤立することは、セットの出来事なのではないだろうか。だとしたら、描かれていないだけで、彼がこれから乗り越えるべき試練がまだ残っているように思えてしかたがない。