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日曜の夜はぼんやりと。労働法と経営組織③
こんばんは。lotterです。
日曜の夜はわたしがぼんやり考えていることを書きたいと思います。
今何を考えているかというと、労働者と使用者という雇用関係を考えていても、実際に働く際には「労働者同士の関係」が大事なのではないか。
前回(その記事はコチラ)は、一人一人の労働契約(の束)には解消しきれない組織が存在していて、組織としての自分と組織とは関係のない自分があるということを書きました。そして、それが、個人としての主義主張や性格なんかと関係なく、例えば、「上司としてしっかり指導しなければならない」みたいなものになって現れるんじゃないかと。
これが組織で働くということなのかなと思うのですが、個人とは・組織とは・集団とはというところに踏み込むと、哲学の力なしでは扱えなくなってくるような予感がするので、とりあえずスルーします。
そっち方面ではなく、今ある法律の解釈としてなんか使えないかなー・・・とみてみると・・・民法の組合契約に関する条文を発見しました。
(組合契約)
第六百六十七条 組合契約は、各当事者が出資をして共同の事業を営むことを約することによって、その効力を生ずる。
2 出資は、労務をその目的とすることができる。
なんせ、みんなでなんかやろうぜ!という集団的な契約が組合契約というものです。
ただ、民法の組合契約は労働者同士の関係を考える際にはそのままでは使えません。なぜかというと、
労働者と労働者の間には契約関係がない
からです。この点は決定的に違うのです。たまたま同じ使用者に雇われていますが、それはどこまでいってもたまたまで、労働者同士は法律的には他人なのです。
一緒に働いている隣の人が他人というのはなんともイメージに沿わない。関係ないって言われても、同僚の仕事は自分の仕事にめちゃくちゃ関係ある。これをどうやって法律的に表現するか。
振り出しに戻る!
オチのない話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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