【スーツ考】靴底に感じるフェティシズム
街ゆくビジネスマンの足元をよく見るようになった。特に、地面を蹴り上げた瞬間にチラッと見えるアウトソールの素材が気にかかる。遠目にはアッパーの素材が合皮なのか本革なのかの見分けがつかないが、手入れが行き届いているか否かくらいはわかる。その点、アウトソールはわかりやすい。その人が歩いているときにコツコツという音を響かせていればレザーソールでほぼ間違いないし、靴音で判断がつかなければ靴底の色を見ればいい。ソールが黒以外の色をしていたら、たぶんそれはレザーソール。でも、これまでの僕がそうだったように、ビジネスマンが履くシューズのほとんどはラバーソール。
靴底への興味は街の中だけに留まらない。2009年に公開された映画『007/慰めの報酬』を自宅のテレビで観ていたときのこと。作品の中でダニエル・クレイグ演じるジェームズ・ボンドがホテルにチェックインした直後に案内された部屋を歩き回るシーンがあるが、その際に一瞬見えた靴底は無染色のナチュラルレザーだった。あらためて、公開当時の映画館で買ったパンフレットを見てみるとその中にジェームズ・ボンドが愛用するアイテムの解説があり、フォーマルなシーンで履いていたのは1873年創業のイギリスの老舗ブランド《チャーチ》のフィリップというモデルであることがわかった。
僕が今履いているドレスシューズはチャーチに到底及ばないが、それでも初めてこのブランドの靴を手にしたときは、鈍く光る本革のアッパーと遊び心あるキャメルブラウンのアウトソールに造形美を感じたものである。確かに、足の甲を覆う部分から靴底までのすべてが革で出来ているがゆえに、水に弱いというウィークポイントはある。だが、洗練されたレザーソールの美しさはその欠点を補って余りあると個人的には思う。ただ、レザーソールは歩いているうちに地面に削られ、革が毛羽立ってしまう。だから《M.モゥブレィ》のソールモイスチャライザーによる革底への栄養補給が欠かせない。一見すると面倒な作業にも思えるが、丁寧に時間と心がかけられた仕事への敬意と考えればその手間もまた愛おしい。