先生が示す怪獣小説のテンプレ 宮部みゆき『荒神』【小説レビュー】

 最新作ではありませんが近頃なんかチラホラ話を聞くことがあり、まぁ宮部みゆきだから面白いだろうということで読んでみた作品のレビューです。
 私実は特に読みたいものが無いけどなんか読みたい気分の時のために宮部みゆき作品はあえて避けておりまして、これは「どうせ面白いんだろう」という信頼の裏返しとしてこうしているという理由があります。
 最高であるかどうかは分からないけどまぁハズレることはないだろう、そういう風に思えるくらい実力のある作家だと思っている人が多いことでしょう。
 おいしいものは最後に食べたい派なのでこの荒神も後回しにしていたわけですが、話題になってたらネタバレを食らいかねないということで読むことにしました。

 読む前に問題ない程度のネタバレは見ていて、それはどうやら江戸時代にゴジラみたいなものが現れて武士がそれと戦うらしいという情報でした。
 私はパシフィックリムみたいないい意味でバカバカしいエンタメ作品が大好きですから、もう読まずにはいられませんでした。
 ロボットがパンチやキックで戦うのが良いのは味がするからなんです、ミサイルのボタンをポチッと押すのでさえロボットに乗ると無意味に気持ちが入ってパイロットが大騒ぎしながら放つものです。
 あたかも自分の肉体に備わっている力を行使するかのようにです。
 そういったなんか肉体的な干渉によって怪物を倒そうと戦っているんだよ、という描写をされると私の中の俯瞰的な思考をする部分が麻痺してしまうため非常に作品を楽しみやすい状態になれるんです。
 この荒神は部隊が江戸時代ということですから刀や槍が武器でしょうし、鉄砲というのもまぁ手に持つ兵器なので大丈夫です。
 これがヘリとか戦車になるとそうでもないのは感情表現が無いからなのかもしれないですね、ともあれ読む前から好材料だらけで期待に胸を膨らませて読みました。
 ネタバレは読書体験を損ねない程度になるようにしてレビューしていきたいと思います。

宮部みゆきを疑う必要は無い

 読み始めから150ページくらいまでは概ね登場人物の背景などを描写しているだけなので退屈ではあります。
 どんな物語でも序盤はそうなのでここに耐えられるかどうかが小説を読める人とそうでない人分ける部分でしょう。
 いかに宮部みゆきといえどもここをどうにかすることはできませんが、とはいえやっぱり抜群に読みやすいんですよね。
 そこまで複雑ではないにしてもシンプルと言うことは決してできない人々やその所属組織の関係性っていうのは、読みながら忘れてしまって前のページに戻って確認しなおすことが本を読み慣れている人間でもなかなかの頻度であるんですよ。
 でも荒神はそういうのがない。
 登場人物が会話の中で頻繁にこれまでの経緯をまとめてくれちゃうんですよね。
 話が進展するたびに「これまでこんなことがあったので結論としてこうなりました、なので次はこうすることにします」とキッチリ整理して進んでいくわけです。
 他の宮部作品がどうだったのか覚えていませんが、とりあえずこの荒神はそうして進んでいくので一切考える必要なく頭の中に入っていきます。
 ちょっと聞きかじった話によると新聞に掲載する形で連載していたもののようなので、恐らくそこを考慮して書いたんじゃないかと思っています。
 新聞だと簡単に前のページに戻れませんからね。
 文庫になってからもその工夫が読みやすさとして感じられます、さすが宮部さんやでという気持ちで更に信頼を深めました。

あっという間に消費される500ページ

 700ページほどある小説を一気に読みきるのってわりと時間的に難しいし、集中力が切れてきたら「明日にしよう」ってなっちゃうものなんですが、荒神は150ページを超えたあたりからご飯を食べる以外のことで中断しませんでした。
 クライマックスまで複数人の視点に切り替わりながら進むので展開が遅く感じてどこかで休憩を入れたくなる量があるはずなのに、いくら読み進めても疲れを感じることなく結局最後まで読みきっていました。
 今どのくらい読んだかなぁとページ数を確認したのは序盤の150ページあたりが最後でしたね、ただ読みやすい文体っていうだけではなく、何か不思議な魔法でもかかっているかのように思ってしまうほどスラスラ読んで気が付いたら読み終えていた感じ。
 そして読後も全く疲れていない。
 作品自体とは何ら関係ない部分なんですがここが実に謎めいていて、何故なんだか気になるところです。
 宮部みゆきの秘術なんでしょうか。

物足りなさを感じる

 読みやすさという観点では抜群に良かった荒神ですが、その内容はというと実はそれほど高く評価していません。
 単純に怪獣との派手な戦いを楽しむ娯楽としてみると盛り上がりに欠けます。
 エンタメ的には宗栄や弾正、そして土御門様第二形態にはもっと見せ場が必要でした。
 キャラは十分に立っているのにその活躍ぶりは非常にあっさりしていてもったいないと思えてしまいます。
 パニックホラーとしても恐怖を感じさせる描写に乏しく、主要人物の主観視点で被害にあうシーンが描かれないので緊張感に欠けます。
 現代にも通じるパワーポリティクス的な話も少し出ていたのにあまり深掘りはされず、ほんの少しエッセンスとしてあるだけで物語に重厚さを加えるものにはなりませんでした。
 連載期間の問題で書ききれなかったとかそういう感じなんでしょうか、まだまだ全然読めるし倍の量に加筆して上下巻にしてくれても大丈夫なんだけどなぁという感じでなかなかの不完全燃焼。
 良くも悪くも余計な肉がついていないシュッとした骨格の小説です。
 これを大方パクッて良い感じに肉付けすると非常に楽しい怪獣プロレス物語ができそう、私はそういうものが読みたかった。

総評

 面白いかどうかで言えば十分に面白い作品ですが、同じようなテイストのものでもっと面白いものを挙げることが出来る人が多いんじゃないかと思います。
 特筆すべき点は読みやすさ、疲労感の無さという物語の内容とは関係ない部分です。
 同じ作者の作品と比較しても火車とか模倣犯とかソロモンの偽証とかの方が面白かったかなぁという感じ、荒神は私の好みのど真ん中の題材ではありましたがその分を加点して考えても上記の作品を上回るものを感じられません。

 オススメ度は5点満点中3
 私がそうしているようになんか読みたい気分になった時のためにとっておくべき宮部作品とお考え下さい。
 3点というのは宮部作品としては最低評価。
 宮部みゆきという小説家は3点以下のものを発表することはあり得ないだろうと思うくらい期待の高いブランドであることを改めて書いておきます。

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