難しい部分はほんの僅か 三体Ⅱ黒暗森林【小説レビュー】

 前回レビューした第一部『三体Ⅰ』に続いて、今回は第二部の『三体Ⅱ黒暗森林』のレビューをしていきます。
 綿密な長い描写により読み進めるのがキツかった前作よりも1.5倍の文章量となり、かなりハードになるかと構えながら読んだ第二部。
 冒頭から必要性の疑わしい蟻さんの長い描写があり必要に応じて読み飛ばしていく必要性を感じましたが、そうして飛ばし読みしたのは大体40ページくらいのもので、全体的にかなり読みやすかったという印象が残りました。
 読後の疲れも無く、最初に読んだ時には上下巻を二日かけて読み、二度目の通読は一日で終わりました。
 早く結果が知りたいことが次から次へと起こるので読む手が止まらない、シリーズの中でも一番人気があるパートなのも納得、途中まで読んでからは中断するのが難しいくらいに好奇心を煽られる物語でした。
 私が一番好きなのは一部ですが、二部から読むことを勧める人も多いので今回のレビューはまずこの読みやすさについて述べてこれから読もうとしている人の背を押した後、読んだ人向けにネタバレありの具体的な面白かったポイントについて書いていこうと思います。

抜群の読みやすさ

シーンの切り替えが多い

 長いシーンや綿密な描写といったものは物語の深みを読み取るために必要になってくるものです。
 しかし、それがどのくらい必要なのかは人によってマチマチであり、特に物理学的リアリティを表現する文章はそれを心底理解ていない人にとってはノイズに転じやすい。
 SF作品に対してこういう事を言うのは野暮なんですが、大半の読者はそのようなものを知能ではなく単純な忍耐力によって読み進めているので長く続くと辛くなってきちゃうものです。

 『三体Ⅱ黒暗森林』は群像劇的なシーンの切り替えが多用されることで辛さを感じる描写が始まっても疲れ切ってしまう前に次のシーンへ移ることができ、良い感じに休憩しながら読み進めることができます。
 展開がスピーディで、それは後半へ行くほど加速していき、それに応じるようにして読み進めるスピードも速まっていくのを感じました。
 こうなってくると数ページの小難しい描写を読むことはそれほど苦になりません、むしろよく分からない文章を読んでいる時の方が休憩になってるくらいに事態が急激に進展していくスピード感がありました。

速読のススメ

 難しい描写を読むことに自信が無い人はこれを機に読み飛ばす技術を身に付けることをオススメします。
 やり方は簡単、先が気になって読んでいるのに合間に物理学的なリアリティ表現が挟まってくるのが邪魔だと感じたら、数行先を10文字くらい読んでみてください。
 まだ物理学の話をしていたらまた数行先を読むか会話文のところの直前まで飛ばしてそこを読みます。
 こうしていくらかの文章を一旦無いことにして読み続けたとき、それでも意味が通じているなら成功、ちょっと分からなかったらいくらか遡って我慢して数行読み、意味が通じるまでそれを繰り返します。
 このようにして自分にとっては不必要な部分を無視していく技術が読書家の中では斜め読みと呼ばれており、速読と言われるものの正体ではないかと私は考えています。
 これを身に付けると途中で挫折することがかなり減ると思うので習得にチャレンジすることをオススメします。

 私は『三体Ⅱ黒暗森林』を今のところ2回通しで読んでおり、二回目はこの技術を用いて大体30ページくらいの文章を飛ばして読みました。
 全体の10%くらい、一般的な速読のイメージとはかけ離れた数字かもしれませんが、これによって軽減される疲労感は体感で言うと60%くらいカットできると思います。
 両方足して70%って言うとなんかすげぇ気がしますね!

漫画みたいなルビ

 面壁者 ウォールフェイサー破壁人ウォールブレイカー 精神刻印メンタルシール など、我々日本人には馴染み深い漫画的な表現が沢山出てきます。
 こういうしょうもないところにそこはかとない魅力を感じてしまう生態を持っている人にとって、これが物語が佳境に入るまで読み進めていくための助力になる事でしょう。
 私は一人目の破壁人ウォールブレイカー (登場順で言うと二人目)が出てきてからというもの、次の破壁人ウォールブレイカー が出てくるところまでご飯を食べるのを延期したくらいにキャラクターというかその役割に魅力を感じて結局一食抜きました。

ネタバレあり感想

 ここからはネタバレになるので未読の方は是非読み終わってから進んでください。

 私が面白いと感じたのは物語の核となる4人の面壁者の顛末です。
 協力関係にあるわけではない彼らが独立して行ったことの全てが最終的に一つの作戦としてキレイにまとまるのが気持ちいいですね。
 正直なところ最終作戦以外の完成度はハードSFって言うよりラノベ感があり、現実世界でもお馴染みのものを使った非常に分かりやすいエンタメでした。
 この辺の話は読みながら分かった人も多いと思いますので、そこを中心に感想を書いていくことにしましょう。

蚊群作戦

 一人目の面壁者、タイラーの作戦は簡単に言うと「トロイの木馬」です。
 堅牢な防衛を破るための奇策として世界一有名なんじゃないでしょうか、コンピューターウイルスとして現代でも活躍中です。
 文明力で勝る異星人を倒す手段としてもメジャーな方法ですよね、インディペンデンスデイとかもこんな感じじゃなかったっけ?
 破壁人に速攻で看破されるのも納得のドストレートな作戦は一番手に相応しいものでした、このくらいの分かりやすさが丁度良かった。

自爆

 二人目の面壁者、レイディアスの作戦は簡単に言うと自爆なんですが、作戦の目的は捕食者から身を守るために体内に毒を蓄える生き物と同じような生存戦略です。
 三体人との戦いは生存空間の奪い合いですから、勝利しても目的のものを得られないようにすることで侵攻の意味を奪うことができます。
 タイラ―もそうでしたが、結局のところ実現不可能な作戦であり無視されるものの、破壁人が己の自己満足のためだけに面壁者の元にやってきて推理を披露するところにサービス精神を感じました。
 トリックを楽しむミステリー小説のフォーマットなら誰でもその楽しさを味わうことができます。
 そんなに知能が高くない私のような読者の事もちゃんと考えてくれている、こういうのをホスピタリティって言うのかな。

精神刻印

 三人目の面壁者、ハインズの作戦はシンプルに戦わないことでした。
 兵法書で有名な中国の作品ですから「勝てない戦いをするな」という古の時代から言われ続けている戦略の基本中の基本に反するわけがありません。
 方向性としては最も正しく、それは面壁者ではない章北海もまた別のアプローチで戦わないための作戦を遂行していたことからも明らかです。
 前作『三体Ⅰ』で戦うことの意義を示し、今作では戦いとは安易に戦って死ぬことではなく勝機を見出すための出口の見えない長い苦難と向き合うことであると示しました。
 人の強さとは何か、というメッセージの解像度を一段上げるものでしたね。
 一部を読んでいないとこういうのを感じにくいので私は『三体』は最初から読むことを強くお勧めしています。

黒暗森林

 四人目の面壁者、ルオジーは作中で面壁者かつ自分自身の破壁人であると言っていましたが、それよりは葉文潔の破壁人としての役目を果たしたっていう言い方の方がしっくりきます。
 ルオジーは特に何かを自分で作り上げておらず、誰かが残したものを人類の戦いの集大成として組み上げただけの人物です。
 黒暗森林理論はスターシップアースの顛末を見て、それを葉文潔の言葉をヒントに解釈して生まれたようなものですし、三体人との均衡状態を成立させるための具体的な道具はレイディアスの置き土産でした。
 普通の人間に十分成し得ることをして人類存続の危機を救う、この納得感のあるストーリーが私は非常に好きです。
 物理学的なリアリティーを感じられるだけの知識と知能を持っている人がSFを読んで感じる面白さっていうのはこういう所に対して私が感じている面白さと近いんじゃないでしょうか。
 読めば読むほど模範的普通の人なルオジーは多くの人が共感できるいい主人公でした。

総評

 他の人のレビューを見ていると作中の黒暗森林理論がフェルミのパラドックスの仮説として見事だっていう意見が結構ありますが、私としてはこれは普通のゲーム理論に感じられたし具体的な作戦はレイディアスの作戦と同じで失敗しなかった理由にご都合感があったのでこれを理由には推せません。
 それよりも退屈させない構成と展開の速さ、そしてなによりやってることの分かりやすさ(物理学の事を書いてる部分は除く)はエンタメ力が強く、中断したくないと思うくらい夢中になれる作品だったことを理由にオススメしたい。
 とはいえ黒暗森林理論がオチになる部分なのでそこがビシッと決まらなかった点をどうしても差し引かなければなりません、オススメ度は10点満点中7です。

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